第29話 レニくんに見つけてもらえた
部屋に入ると早速レニくんは私の体をコマのように回しまして、自分の真正面へ向かせると、キラキラした笑顔で言い放ちます。
「ミクちゃん、脱いで♪」
いきなりですか!? せめてそういう雰囲気造りとか、予備動作も無しにですか!?
「俺も脱ぐ。結構返り血浴びてて汚い。これじゃミクちゃん汚しちゃう」
って上着を脱ぎ出したので慌てて止めました。
「お待ちください! 浄化の祈りを捧げますね!」
フレッシュに浄化されたレニくんは、一応満足されたようです。
「あの、じゃあ私もお着替えいたしますので、レニくんは頭からお布団をかぶって良い子に待っていてくださいね」
「わかった」
なんだ、よかった。というか、頭の中真っピンクだったの私の方でした。恥ずかしい。
レニくんは窓辺のベッドに潜り込むと、素直に頭から布団をかぶってくれています。
それでも一応、私はレニくんに背を向けてネグリジェに着替え直しました。
「もういいですよ」
がばっと布団から顔を出したレニくんはどこか物珍しそうな表情で私のことを隅々まで、起き上がってスカートの裾を引っ張り上げてまで確かめてました。
「レニくん! パンツ見えちゃいます!」
「足がある! ちゃんと太ももまである!」
「当たり前じゃないですか! 私は人魚姫じゃありませんよ!」
スカートを引っ張るのをやめたレニくんは今度は私の肩から二の腕を持ち上げながら触っております。
「おおお! 肌だ! ミクちゃんに顔以外の肌があったんだ!」
「まぁ、その、修道服って肌を見せないので、お気持ちはわかりますけど、言ってくだされば腕くらい、いつでも見せますよ?」
「足も?」
「あ、足はその、ちょっと恥ずかしいです……」
「じゃあ、特別な日のご褒美だね」
レニくんは本当に軽々と私を持ち上げるとベッドにポンと乗せてしまい、何をするのかと思えば本当にご要望通り、私の太ももの上に頭を乗せて気持ちよさそうにまぶたを閉じておりました。
「今夜はレニくんが眠りにつくまでずっと頭を撫でていますね。あ、ピアスの洗浄もまだでしたね。先にやってしまいましょうか?」
「うん。ピアスやって、耳も唇も洗って。今夜は舌も舐めて♡」
「……舌はダメです。恥ずかしいです」
ちぇー、と言いながらも、レニくんは素直にピアスを外していきます。
金属類はまとめて浄化の祈りで綺麗に洗浄いたします。
耳と唇のお掃除にはちょっとコツがいります。私はお化粧バッグからコットンと細い綿棒を取り出すとコットンに聖水を浸しました。
レニくんの頭を再び膝枕すると、まずは片方ずつ耳の全体をマッサージしながらコットンで拭いていきます。
「ん~、それ気持ちいい~、何度されてもたまらな~い♪」
レニくんは耳のマッサージとお掃除がお気に入りのようです。
次は綿棒の出番ですね。コットンから聖水を吸い取った綿棒でピアス用に空けた耳の穴にズボッと差し込んでくるくると回しながら抜いていきます。
実はレニくんのピアス用に空けた穴は全然細くないのですよ。何を使って空けたのか知りませんけど、全部細めの綿棒がそのまま入るほど穴が大きいのです。
レニくん曰く、穴が小さいとすぐに塞がってしまい、もう一度空ける度に痛い思いをするのが嫌だからだそうです。
痛いのは嫌だというレニくんの本音がそこに出ているんですよね。
その話を聞いたときはあえてスルーしましたが、私の密やかな目標はこのピアスの穴も全部塞ぐことです。
それまでは感染症を防ぐために私が念入りにお掃除をして管理したいと思います。
さて、唇の方はさすがに綿棒がズボッと入る大きさではありません。
私は自身の髪の毛を数本抜くと祈りを捧げます。野戦の医療現場でも使われる緊急用の縫い糸代わりです。強度が上がっておりますので縫うことも出来ますし、浄化もされておりますのでこのような針の穴くらい細い部分の洗浄用としても使えます。
綿棒と同じく洗浄用の髪の束をズボッと差し込んでくるくると回して抜き取れば完了です。
「はい、レニくん。お掃除終わりましたよ」
「舌ピまだぁ」
「唾液に殺菌効果がありますし、
強めに言ったらようやく大人しくピアスを装着し直しておりました。
「ねぇねぇミクちゃん、ミクちゃんはどんな子供だったの?」
舌ピアスの件はあっさり忘れるくらい今夜は機嫌がいいみたいです。
「私ですか? 私はですね、中央大陸のずーっと西の方で遊牧民の両親のもとで生まれました」
レニくんの艶やかな髪を撫でながら、私は昔を思い出して語りました。
「遊牧民?」
くすりと笑みがこぼれてしまいました。きっとレニくんは昔から都市部の生まれなのでしょう。
「村とか町とか長く滞在する居住地を持たずに旅をしながら生活する民族ですよ」
想像してみたのか、レニくんのアメジストの瞳が水晶のように輝いておりました。
「へぇ~、なんかそれ面白そう!」
私も昔を思い出し、笑顔で答えました。
「面白かったですよ。毎日色んな場所に行ってロックな父のギターの音色を聴きながら、羊たちの世話をするんです」
懐かしき日々。父のロックを聴く相手は羊かヤギしかいませんでしたけど。
「ミクちゃんの父ちゃんはロックなの?」
果たしてレニくんにロックが伝わるでしょうか。
「はい。父はロックで母は狩人でした。お母さんは凄いですよ。槍の名手でして、一撃必中です。毎日がステーキです。ロックな父はステーキを餌に川魚を釣っておりました」
母はまさに狩人であり、父はまさにロックな生き様でした。
「う、う~ん? 今のミクちゃんとルーツが繋がるような、かけ離れているような……」
私は情けなくも少しだけ手が止まり、レニくんの揺れるまつ毛に視線を落としていました。
「……一度、途絶えてしまったんです。私の心の弱さです」
レニくんは優しい子ですね。起き上がると、何も言わずに私の手を握ってくださいました。
そういう無償の愛をあなたは誰にでも与えるから、誰よりも求められてしまうのでしょう。
でも、今は私も、こんなことが起きた夜だからこそ、レニくんに聞いてもらいたかった。
「最初に母が魔族に殺されました。羊たちが食われていき、最後に父は命よりも大切なギターで魔族に殴りかかり、私に覆いかぶさったまま冷たくなっていきました。魔族たちは一番美味い子供を誰が食うかでもめておりました。そのわずかな時間が私を救ったのです」
両親が目の前で魔族に殺されたこと。無力な子供には抗う力が無かったこと。
敗北を知った日。すべてを失った日。傷を負った日。きっと、唯一レニくんと心が重なった日。
「当時は王立勇栄軍という名称でしたね。魔王討伐隊が編成されるより前の部隊です。彼らが魔族を討伐してくれて、私を東の王国まで連れて行ってくださいました。そして、修道院に入れられたのです」
「……ミクちゃんは遊牧民だよ。羊とロックの世界で自由に生きるんだ」
本当にレニくんは誰よりも優しくて誰よりも人の心に寄り添える、真の勇者なのだと思いました。
だって、こんな短い思い出話だけで、私の生きたかった人生を代弁してくれた人なんて他にいません。
思わず私はレニくんをギュッと抱きしめてしまいました。
「ありがとうっ、ございます……! 誰かにっ、ずっと誰かにそう言ってもらいたかった!」
「ミク、ちゃん……」
張り裂けそうな胸は涙を一粒零しましたが、これはうれし涙です。
私はレニくんから体を離すと、弱弱しいですけど、なんとか笑みを浮かべました。
「神様なんて大嫌いです。信じていません。だから、何度でも言います。祈りも神の言葉も、美しく見える正義や大義、そんなものは生きるための術でしかないのです」
レニくんは私の目をじっと見つめて、わずかに唇を震わせました。
「……ミクちゃんにとって、生きるって、なに……?」
「そんなの決まっているじゃないですか。誰かを救うために、誰かを守るために、私はたった一人でも誰かを生かすために生きるのです。それが両親に守られた命の使い道です」
私はシスターで良かったと心から今なら思えます。誰かのために祈りを捧げられるのなら、誰かの傷を癒せるのなら、絶望が希望に、生きる勇気に繋がるのでしたら、修道服のルールに縛られた世界で構わない。
こんな世界でもレニくんのようにちょっと危なっかしい子のケアを通じて自分が癒されることもありますからね。
「レニくん、一つだけ私の内緒話を教えてあげます。誰にも言ってはいけませんよ?」
「言わない。絶対言わない」
レニくんは尻尾を振る犬のように話を聞きたがっておられました。
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