第28話 勇者様は神様ではありません
「あの、レニくん。そろそろ、その、事情をですね、領主様のご家族に説明しませんと……」
「う~ん♡ ミクちゃん良い匂いがする~♡ 美味しそう♡」
はううう、ぎゅうぎゅうに抱きついたままレニくんが離れてくれません。
「勇者よ、そもそもどうして領主を襲ったんだ?」
「え? フィアちゃんがあいつ殺せば金庫の鍵が手に入って
深いため息がアクセル様と私の口から零れ落ちます。
「レニくん、殺人も当然罪ですが、強奪も罪なんですよ」
「なんで強奪なの? 村人の
狙っているかのように私の胸に顔をうずめていたレニくんですが、ようやく顔を上げてくださいましたので、ここは真面目にお勉強のお時間です。
「領主様の職権の一つに税金の徴収というものがあります。ですが、不作続きの年など定められた金額を収められない村なども出てきますよね。天候の問題だけでなく、田畑を荒らす魔獣や家畜を食べてしまう魔獣もいるからです」
ふむふむとレニくんも理解できているようで相槌を打ってくれました。
「昼間に領主様が仰っていたように、領主様の方は村人たちが安全に暮らせるように警備の部隊を送ったり、定期的に医者や神職のものを派遣して身体の治療や土地の浄化を行います。残念ながらすべてをボランティアで行うわけにはまいりませんので税金の徴収は必要なのです」
それならまぁ仕方ないかぁ、と、レニくんも税金については理解を示してくださいました。
「さて、お金がない場合の対策として、お金に代わるものを税金として収める代替え徴収という制度があります。大抵はそのための対策として村人たちも機織りや陶器作りなど、普段は売りに出さない商品を作っておくのですが、今回は代替えの徴収の対象が
「え~、じゃあ領主の方に選ぶ権利があるっていうの~?」
その通りです、と私はお答えしました。
「そして徴収した金品はすべて領主様の所有物となります。確かに
犯罪はいけません、と念押しすると、レニくんは子供のように「はーい」と素直に返事をしました。
「話はまとまりましたか?」
知らない声が響き、横を見るとドアの入り口に白髪の青年が立っておられました。
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。現領主の嫡男、アルフレッドと申します。父があのような状態ですので、勇者様とのお取引は今後、私の方で進めさせていただきたいと思います」
丁寧に頭を下げてご挨拶するアルフレッド様はお父様の性格をミリも受け継がなかったようで安心しました。
「勇者様、立てますか?」
「もう、名前で呼んでよ。立てるよ、ミクちゃんを抱っこもできる」
「きゃあっ」
どうして私をお姫様抱っこする必要があるのですか!!?
「フィアちゃんの話によれば鉄の村だけじゃなくて、近隣の村のほとんどから
レニくんの意外とたくましい胸に抱き寄せられているせいでしょうか。
それとも華奢だと思っていた腕に軽々と持ち上げられているから?
先ほどまで子供みたいだと思って油断していたのに、急に男性だと意識してしまって胸がドキドキとうるさいです。
「困るよね。俺のミクちゃんは怖がりなんだからさ。今もこんなに震えちゃってるじゃん」
ちち違います! 怖くて震えているのではなくて、ドギマギと心臓がうるさくてですね!
「……父のやり方は多少強引だったと思います。しかし、20万もの住民が住むランセプオールの街を落とすわけにはいかない……!」
アルフレッド様はもう一度、レニくんに向かって深々と頭を下げておられました。
「どうかお願いします勇者様!! 親玉を! バギアを討伐してください!! 近隣の魔獣や魔族が散り散りとなり、再びランセプオールに平和が戻りましたら、必ず村人たちに
お父様である現領主様とは違って、とても誠実な対応だと思います。
レニくんは少し考える素振りを見せましたが、私の目じりをじっと見つめると、何かを思いついたように口を開きました。
「条件を付ける。呪術図師に関する情報を集めておいて」
「呪術図師でございますか?」
これはまた激レアな職種の方に興味をお持ちですね。
レニくんの意図はわかりませんが、知りたいというのでしたら、私に止める権利はございません。
「わかりました。可能な限り情報を集めます。あ、いえ、全力で総力をもってして情報を集めてまいります」
「ん、じゃあ、俺は明日にはバギアの元へ向かう。領主には謝らない。フィアちゃん、泣かせたから。バイバイ」
「はい。こちらもバギアの討伐が果たされましたら父の件は水に流します。お気をつけて」
こうして、息子さんとは上手く約束を取り交わすことが出来まして、私たちはレニくんを連れて宿屋に帰ることが出来たのです。
連れて、というより、私の方が連れられて、といった方が正しいですよね。
「あの、レニくん。もう降ろしてください。自分の足で歩けますから」
「やだ。手を繋ぐより、こっちの方が密着度が高い」
そりゃまぁ、私もレニくんの首に手を回さないと落ちそうで怖いですし、足も背中も支えられてますし。
「オレがいることを忘れていないか?」
「覚えているよ。だから見せつけてあげてるんじゃん。顔面殴ってくれたお礼に」
あら? 言葉はともかく、アクセル様に対する刺々しい態度がやわらかくなりましたね。
本当に、レニくんはフィジカル面での対話が有効なのでしょうか。
「シスター様、オレはあなたを抱えて山を登れます!」
「は? 俺だって山ぐらい登れるし」
え、なんの勝負ですか。この状態で山登りなんて普通に嫌ですよ。
「勇者様ああああ!!!」
妙な勝負をレニくんたちが始めたと思ったら、宿屋の方から聞き慣れた大きな声が聞こえてきました。
「あ、フィアちゃんだ」
「レニくん、ちょっと失礼しますね」
私はレニくんの体から身軽にひょいっと飛び降りると、元気よくこちらに駆け寄って来るフィアさんの方へ歩みを進め、
バシンッ!!
強かにフィアさんの頬を引っ叩きました。
「なっ……!」
「ご自分が何をなされたのか、わかっておられますか?」
フィアさんの目には大粒の涙が溜まっていきます。
「ひっぐ、ゆうしゃさ」
「勇者様は他者を傷付けても己は傷付かない存在だと思っていらっしゃるのですか!!」
久しく忘れておりましたが、私は昔から教典でぶたれるタイプの口の減らない娘でございます。
「……かわいそうな私を助けるために勇者様、力の強いあなたが代わりに血をかぶり、他者の命を奪い、十字架を背負って生きてください、ですって?」
「あ、あの、その……」
私は深夜だろうと声を大にしてフィアさんの心にまで声を届けます。
「冗談じゃありません!! 私のレニくんはあなた方の罪を肩代わりするために、力を持っているわけじゃない!! ましてや傷付くために生まれたわけじゃありませんよ!!!」
フィアさんは青い顔をして硬直してしまいました。
怒りの収まらない私の両肩にレニくんとアクセル様の手が置かれます。
「まぁまぁ、シスター様。フィアさんも追い詰められてて状況がよくわかってなかったんじゃないか?」
「そうだよミクちゃん。フィアちゃん、俺と同じでバカだしさ」
レニくん、それは悪口ですよ。ですがまぁ、確かにフィアさんも追い詰められていたことは間違いないですね。
「わかりました。ですが、二度目はありません。助けを求めることは罪ではありませんが、犯罪に他者を誘い込むことは立派な罪です。レニくんを便利な道具扱いすることは私への侮辱罪とみなし即刻罰を与えます。いいですね?」
フィアさんは怯えたようにレニくんへしがみつこうとしましたが、レニくんがひょいっと身軽にかわしたため、アクセル様の体に体当たりしていました。
「フィアさん、よろめきましたか?」
「あああああの、わざとではなくて、その、勇者さ」
レニくんでしたら私の後ろからべったり張り付いておぶさるように抱きついていらっしゃいます。
「ねぇ、ミクちゃん。やっぱり今夜は添い寝して♡」
「どうしましたか?」
「実は、フィアちゃん、俺の部屋に入って来るなり服を脱いだんだよ。そんでミクちゃん以外抱けないって断ったら泣き出して助けてって。もう俺、今夜は人を信じられない」
「アクセル様、フィアさんのためにもう一部屋取ってください。南京錠を外からかけておいてくださいね。おやすみなさい」
有無を言わさずレニくんを連れて私は部屋に戻りました。
どうしてこの見た目が一番ヤバそうなレニくんが一番被害に遭うんでしょうか。
世の中間違ってますよ!
とはいえ、今夜はレニくんと二人きり。お馬さんもいらっしゃいません。
長い夜になりそうな予感。見上げた夜空にはレニくんの瞳と同じくらい綺麗な星が輝いておりました。
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