第26話 怒れる騎士と揺れる勇者

 いまいち釈然としないといった感じのアクセル様ですが、私の話は最後まで聞いてくれるようです。


「ヤンキーたちだって周りが全員敵だったら、とっくの昔にレニくんが東の王国の世界王者になって喧嘩をする相手もなく、奴隷たちとレニくんを求める女性たちに囲まれた比較的平和な生活を送っていたことでしょう」


「なるほど、確かにそれは一理ありますね。そうなると、彼らの世界は力だけがすべてというわけではないんだな」


 私もうんうんと頷きながら、きのこと青菜のソテーを口に運び、シャキシャキとした青菜の歯ざわり、そこに合わさるきのこの芳醇な香りとぷにっとした食感の違いを楽しみながら、そろそろ胃袋の限界を感じていました。


「レニくんの中には自分のパーソナルスペースの内側に入れるもの、外側に弾き出すもの、これの明確な違いがルールとして存在しているのでしょう。そして、ややその線引きは私たちの常識に照らし合わせると過剰な線引き、つまり、弾き出すものに対する愛着や信頼はゼロに等しく、外に弾き出す手段として暴力に繋がってしまうのだと思います」


 ふんふんと相槌を打ってくださるアクセル様はご自身を大食漢だと称した通りに、テーブルに並べられた料理がまるですべて飲み物であるかのように彼の口の中へ吸い込まれていきます。


「オレたちが勇者と分かり合うためには、そのルールの解明が必要になって来るな」


 私はすっかり満腹になり、食後の紅茶を堪能していました。


 ちなみにデザートと思ってケーキやプリンやパフェも頼んでいたのですが、現在、最後のパフェをアクセル様が飲むように口の中へかき込んでおります。


「彼らはとても繊細で傷付きやすい。いえ、傷つけられた子供たちといって差支えないでしょう。ですから、彼らの作り上げたルールというのは形式的なものではなく、もっと自分自身のフィジカルに寄ったもの。ファッションにこだわりが強いのもその一環かもしれません」


 思わずアクセル様の盛り上がる上腕二頭筋に目が行ってしまいました。

 フィジカル面でしたらこの方完璧ですよね。よく食べるし、全部筋肉になっていそうだし。


「肉体ですか。意外でした。オレはてっきりメンタルの方かと思っていましたよ」


「いえ、もちろん、根本的な問題はメンタルにあるのです。しかし、そこはおそらく本人すら踏み入れない禁じられた聖域とさえいえます。いきなりそこに接触を試みるのは見えている地雷を踏みに行く行為と変わらないでしょう。彼らは繊細だと言ったでしょう。むしろ、そこにたどり着かないように、あらゆる武装で守り、遠回りをし、視線を逸らすはずです」


 私も見たくないものから目を逸らしたい気持ちはよくわかるんです。

 明日の体重計から目を逸らしたいとか。


「頭脳戦じゃなくていいのでしたら、オレも気軽ですけどね。しかし、具体的にはどうすれば勇者と少しでも分かり合えるでしょうか?」


 やはりアクセル様はとても良いお方ですね。あんな失礼な態度を取ったレニくんと分かり合おうとしてくださっている。


 私も全力で応援したいです。


「手前味噌な話ですが、私の場合、皮膚の接触で信頼を得ることが出来ました。あのときはどうしてこれが必要な作業だったのか、わからなかったのですが、やはり、内側のメンタルと切り離せない問題があるからでしょう。とても単純な話、直接触って確かめたいみたいです」


 つまり、言葉という形式的なものでは内側まで響かない。肉体を通して内側まで心を響かせる必要があるのだと、私は考えたのです。


「皮膚の接触? 失礼ですが具体的にはどことどこを?」


 いえいえまさか具体的にはお答えできませんよ!


「拳と拳ですよね! 男の友情を確かめるにはこれしかありません! アクセル様にピッタリの方法だと思います! どうかお互い死なない程度に殴り合ってレニくんの信頼を勝ち取ってください!! ファイト!」


 無責任な応援まで添えて、笑顔で話を逸らしました。


「わかりました。やってみます。それで、勇者とはどこの皮膚を接触されたのですか?」


 あ、意外と強敵でしたね。そりゃそうですよね、国で一番強い騎士ですもんね。

 退かない、惑わされない、直球で聞いて来て、退路を断つ。


「些細なところですので、お気になさらないでください」


 謙遜してみました。


「オレは女性の方こそ繊細な生き物だと思っておりますよ。ガサツな男にとっては些細なところだと思っても、肌の一部と接触することをすべての女性が快く思うはずがない。ましてや、あのときのあなたと勇者は出会ったばかりでしょう。言いたくないのでしたら、指先で示すだけで構いません。他言もしません。ただ、男として、勇者の行いを許せるのか確かめたいのです」


 ああ、万事休す。この誠実さを絵に描いたようなお人がレニくんのセクハラ行為を許すはずがありません。


 ですが、私は本気の嘘はつけません。


 私の指先は紅茶で濡れた唇に触れました。レニくんの聖剣マスターの道が途絶えた瞬間で御座いました。


 それからは電光石火の勢いでした。アクセル様は財布の中身をテーブルに投げ出すと、弾丸の如き勢いで宿屋の客室の方へ駆けていきます。


 私は今にも剣を抜きそうなアクセル様の気迫にビビりながらも、懸命に後を追いかけました。


「勇者あああああ!!! どこに逃げたああああ!! この卑劣者があああああ!!」


 この怒声。部屋の中を見なくてもわかりますね。レニくんは部屋の中に居なかったようです。


「あの、アクセル様。私は犬に嚙まれたと思って気にしておりませんので」


「あなたが気にしなくてもオレが気にするんです!! もはやこれはあなただけの問題ではない!!」


 どこまでも責任感の強いお方です。アクセル様が責任を感じていらっしゃるみたいでした。


「探しに行きます! シスター様は部屋に南京錠と結界を張ってお眠りください!」


「いえいえ、レニくんの行方は私も心配ですから、探しに行きます。ちょっとフィアさんにも事情を説明してきますので宿屋の中を探しておいてください」


「わかりました。では正面玄関で合流しましょう」


 というわけで、一度アクセル様とは分かれて、私は渡り廊下を歩き、フィアさんの眠る客室へと戻ってまいりました。


 まだ眠っておられるかもしれないのでそっとドアノブを回して中に入りましたが、部屋の中はとても静かです。


 静かすぎる気がします。何やらおかしいと思って明かりをつけると、ベッドは空っぽ。


 なんとフィアさんまで行方不明になっておられました。


 私が慌てて正面玄関に行くと、走り回って来たアクセル様と合流出来ました。


「大変ですアクセル様! フィアさんも部屋にいらっしゃいません!」


「いえ、シスター様、事態はもっと深刻なようです。勇者の部屋にフィアさんが入っていくのを見た者がいます。数分後に一人で出かける勇者の姿を見た者も。ここに来て、フィアさんが勇者に頼みごとをするとしたら一つしかない」


「まさか一人で親玉を退治しに行かれたのですか!!?」


 頭がくらくらとしました。レニくん、どうして、そばにいてもいなくても、あなたはこんなに私の胸を締め付けるのですか。


 悩ませないでください。心配させないでください。お願いですから、これ以上傷付かないで。





☆☆☆

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