第25話 アクセル様と夕食会
宿屋についたら早速シャワーを浴びてさっぱりとしました。
香水臭いというのもありましたがレニくんにシャンプーの匂いを嗅がれてしまうので、宿屋さんに併設されている雑貨屋さんで新しい香りのシャンプーを新調しましたよ。
だって、毎日同じ服を着ていると思われるのと同じくらい、嫌ですもん。
いや、実際、修道服の替えは二着しかありませんし、同じデザインなので同じ服に思われているかもしれませんが、でもこれはなんというか、制服ですし、パジャマは替えがありますからね。
ところがレニくんは衣装持ちなんですよ。大抵、動きやすいから、という理由で中はタンクトップを着ていらっしゃいますが、色も素材も毎回違いますし、いつもぶかぶかのジャケットを羽織ってますけど、サイズ以外はデザインも色も違います。ズボンだけはダーク系が多いですね。
お洗濯は私のお仕事ですから、実はしっかり把握してますけど、パンツも色々な種類をお持ちでした。
そういうわけで、オシャレなレニくんに毎回セクハラを受けている私は、いえ、当然セクハラは不本意ですよ。期待しているわけじゃないですよ。
でも、どうせ体の一部を触ってくるわけじゃないですか。
さっきだって、唐突におやすみのキス。うぅ、思い出すと顔が赤くなる!
それなのに、毎回、体の匂いも同じだなんて女性として思われたくないんです。
腕を持ち上げて鼻ですんすんと嗅ぐと爽やかなレモンの香りが致します。
私はご機嫌で新しい修道服へ着替えました。
レニくんの好きなレモンの香りですよ。きっと、私の肌に触れたとき、もっと喜んでくれるはずです。
う~ん、やっぱり私もちょっとセクハラを期待するヤバい女になりつつありますかね。
レニくんがいけないのですよ。具体的に言うと、その、触り方が優しいので、嫌じゃないといいますか、若干、気持ちよさが勝るといいますか……。
頭の中の言い訳で顔が熱くなってきました。シャワーを浴びたばかりなのにあほですか私は。 そろそろお夕飯の時刻ですし、私は部屋に戻らずに、そのまま涼風の魔法が利いている食堂へと足を運びました。
「シスター様! シスター様もお夕食ですか?」
酒場と一緒になっている広々とした食堂に入ると、ちょうど店内の中央でテーブル席に座っていたアクセル様に声をかけられました。
私はテーブル席へ近寄り、レニくんの姿を探しましたが、ここにはアクセル様お一人で来ているようです。
「実は朝食も食べそびれていまして。お恥ずかしながら、お腹ぺこぺこなんです」
「ご一緒しましょう。オレも今来たところなんです。勇者も誘ったんですが、まだ機嫌が悪いようで、シャワーすら浴びずに布団をかぶって不貞寝してしまいましたよ」
参りましたと頭をかくアクセル様の様子にくすくすと笑いながら、私もお言葉に甘えてアクセル様の対面に座らせていただきました。
「私もフィアさんをシャワーと夕食に誘ったのですが、ここまで一人で来る旅路はとても大変だったようで、今はもうただ疲れているので眠りたいと仰られていましたので、しばらくは静かに睡眠を取らせてあげたいと思っています」
そうでしたか、と相槌を打つアクセル様はご丁寧に店員さんを呼び止めてメニュー表を頂いてくださりました。スマートな動作で私にメニュー表を渡してくださる紳士です。
ああ、お腹が空き過ぎて目があれもこれも欲しがる!
ページをめくりながら、どうしようか目玉がぐるぐる回るほど迷っていたら、アクセル様に笑われました。
「ははは、シスター様。オレはこう見えて大食漢です。どうぞ好きなだけ頼んでください。食べきれない分はすべてオレが頂きますよ。それにたくさんの種類が食べられるなんて幸せだ」
なんて紳士! どこまでも紳士! 笑い飛ばしてくれるところが嫌味も無くて紳士です!
結局、私はお言葉に甘えて目が欲しがったものすべてを注文しました。
アクセル様は私が注文している様子を微笑みを浮かべながら眺めていらして、自分はお酒だけ注文すると、本当に私の注文した食事のメニューに合わせてくださったのです。
「アクセル様は本当にお優しい方ですよね。こういうと偏見と思われるかもしれませんが、貴族の方ってこの街の領主様のように傲慢な方の方が多いのだと思っておりました」
先に運ばれてきた生ハムとチーズのサラダを口に運びながら、フレッシュな野菜の瑞々しさと生ハムとチーズの塩味とまろやかなオリーブオイルの奥深い香りの組み合わせに感動しつつ、私は会話を弾ませます。
ちなみにアクセル様には領主様の悪行のことは耳に入れておりません。
お話ししたところで不快な思いをさせるだけですし、基本的に街には街の自治権というものが存在しておりまして、例え貴族であるアクセル様が国王様へ報告を入れたとしても、正直、すぐに改善の余地があるとは思えないのです。
ですので、レニくんにも言いましたが、最善策は私たちが領主様と明確な契約を取り交わして穏便に事態を収めることだと思います。
事を荒立てては村の人たちに迷惑をかけることになりかねませんから、今はアクセル様との食事を楽しみましょう。
「貴族と一言で言っても色んなやつがいますよ。オレみたいにほとんど家には寄り付かず、剣の訓練ばかりに身を投じる戦闘バカもいます。おかげでしがらみも無くて楽ですけどね」
これはアクセル様の戦闘力にはかなり期待がもてそうです。
それに何よりも剣士! お待ちしておりましたよ、レニくんの師範となれるお方を!
アクセル様は性格的にも良心的で申し分なし。あとはレニくんとの相性の問題ですね。
「オレからしてみれば、シスター様こそ、まさに聖典に出てくる聖女様のようにお優しいお方だ。これは噂話でも誰から聞いた話でもなく、オレが実際に勇者と接近して見てきた話ですが、とても、救える状態ではなかった。小さな口論から容赦なく相手を再起不能になるまで殴り飛ばす。誰も信用しようとしない。金さえ積まれればどんな女とも寝る男でした」
思わず細かく刻まれた野菜と肉団子の香ばしいスープを口から噴き出すところでした。
失念しておりました。レニくんの方だけでなく、アクセル様の方もレニくんに対して良い印象をお持ちではないのですよね。
これは私が上手く橋渡しをしませんと、聖剣使いが誕生しませんよ。
「アクセル様、私はレニくんに比べたら甘っちょろい環境ですが、それでも幼少期はレニくんと似たような境遇で育ったのです」
アクセル様は香味野菜のソースがかかったフィレステーキを口に運びながら、真剣に私の話を聞いてくださいました。
「私は五歳で修道院に入りました。好きで入ったわけではありません。他に選択肢が無かったのです。神様なんて大嫌いでした。信じていませんでした。私はレニくん以上に反抗的な子供でしたよ」
くすりと笑うと、アクセル様はお酒を口に運びながら、それは是非とも見てみたかったと、軽口にもお上手に付き合ってくださいます。
「それでも月日が経つにつれて知っていくのです。生きていくためには、この世界のルールに従わねばならないのだと。自由になりたければ、ルールの中で羽ばたく方法を見つけるのです」
真面目な話をしながらも、私の口は美味しい料理をひたすら求めておりました。
だって本当に空腹でして、今朝作った朝食は食べないなら貰うね、と結局レニくんに食べられてしまったのです。
ああでも、空腹は最高のスパイスと申しますか、この川魚のムニエルも皮目がパリパリで美味しいですね。ロックな父が昔、川べりで串にさして焼いてくれただけのロックな川魚を思い出してじんわりと懐かしい思い出と優しい味わいが口の中に広がります。
「私は思うんですけど、レニくんの生きてきたアンダーグラウンドな世界にも私たちにはわからない独自のルールがあったのではないのでしょうか?」
「ヤンキーの世界のルール、ですか?」
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