第24話 綺麗だから、夜に消えてしまわぬように
「昔さぁ、イライアスにハメられたことがあって」
「ええ……!?」
むかつく話だし、当時はやられっぱなしで何もできなかったことが情けないから、本当は誰にも話したくなかったけど、他に話すこともなかったから、仕方なく話してた。
「特殊な魔族だったんだよ。そこら一帯の親玉だったけど、双子でさ。二人一緒のときは大して強くなくて、戦闘にも参加しなくて、指揮しているだけで。んで、イライアスが一人を引き留めておくから、もう一人をその間に倒せって言ったんだ」
幼い俺は指示された通りの場所に走りながら、もう一人をおびき出した。
「逆だった。俺が一人をおびき出している間にイライアスが片割れを倒したんだ。そうしたら、急に残された片方の魔力が五倍くらい跳ね上がって、周りの魔獣や魔族たちも一気に強くなった」
「ま、まさか、イライアスさんはそのことを知っていらして……?」
俺は頷いた。ミクちゃんは青い顔をしていた。
「勝ち誇った顔で崖の上からいわれたよ。お前の
ミクちゃんは青い顔から一転し、真っ赤な顔で叫んだ。
「何様でございますか!! なぜあなた様にそのようなこと言われなきゃならないのです!!」
まぁ、正義っぽいミクちゃんなら怒ると思ったけど、やっぱズレてるよな。
「熱くなるなよ。ただ俺は、
びっくりした。怒っていたかと思えば今度は俺の顔見ながら透明な涙流している。
「美しいから、うぐ、ですよ。レニくんの、ぐす、心が、とても美しく輝いていたからです」
マジで何言ってんだって、口がパクパクと金魚みたいに開け閉めするだけで言葉が出てこない。
俺が何も言えないでいる間に、ミクちゃんは涙を拭って、凛として羽根を広げる鳥のように両腕を広げると微笑みを浮かべた。
「確信しました! この世界が例え辛く厳しい闇に包まれていようと、レニくんの美しい光がすべてを照らしてくれる未来があるのだと! あなたは誰よりも、ものの見方が美しいからです!」
言いたかった言葉がすべて吹っ飛んだ。そんなぶっ飛んだこと言われるとは思わなかったから。
だって俺は怒ろうと思っていた。すぐに
ミクちゃんなら、そんな非道なことは許しませんってすぐに領主を叱りつけて取り返してくれると期待したのに、そうしてはくれなかった。
見当違いの優しさで、俺を慰めて。
そういって、俺は怒るはずだったのに、怒っていたはずだったのに、ミクちゃんは俺とは違う世界を知っていた。
「この街で暮らす人々にも、村の人々にも日々の生活というものがあります。私たちのような旅人がその場限りの善意で強引に
俺の知りたかったことをミクちゃんは俺が知ろうともしないうちから説明してくれていた。
「ですから、私たちはできるだけ穏便に事態を収める必要があります。レニくんが仰ったように、
ミクちゃんのいっていることは正しいんだと思う。凄く真っ当で、正義で、美しい。
なんで俺は疑うことしかしないのかな。最初から、ミクちゃんの考えを聞けばよかった。
それこそ、五歳児にだって聞けるだろ。なんで? ただそれだけを聞けばミクちゃんなら、今みたいに理由を丁寧に説明して俺の理解を求めたはずだ。
逆だろ。ミクちゃんのものの考え方が美しいんだよ。俺は汚くて臭くてゴミのような考えだ。
二度と奪われないように。それだけでいいのなら、いくらだってやりようはある。
だからこんな汚い世界にミクちゃんを連れて来たくはなかった。
「それにしても、レニくん置き去り事件の首謀者がまさかイライアスさんだったとは思いませんでした。そうやって凶暴化した魔族と分断されたために部隊も連携が取れなかったのですね」
こんな汚い世界を見せたくなかった。知られたくなかった。
「ですが、こうして今はアクセル様という心強い騎士様も部隊に戻ってきてくださっています。きっとイライアスさんも、今のレニくんを見たら驚くでしょうね。こんなに立派になられ、て!?」
ミクちゃんの腕を掴むとこんな場所から一刻も早く遠ざけたくて宿屋に向かって足早に歩き出した。
「レ、レニくん!?」
「早く帰ろう」
汚い路地からはとっくに離れている。だけど、公園にいれば夕日が沈んで、俺の目の前でミクちゃんを夜の世界に引きずり込む。
こんな世界、どこに行っても本当は綺麗で美しい場所なんかないのかもしれない。
そうだとしても。
隣で俺の歩幅に合わせてほとんど走りながらなのに、優しい笑みを浮かべるミクちゃんは嬉しそうに話していた。
「私、イライアスさんに会ったら、お話ししたいこといっぱいあるんです! レニくんにたくさん助けられたこととか、レニくんがフィアさんを救った話とか、レニくんが事件の暗部を暴いた今回の大活躍も自慢出来ちゃいますね!」
本当にズレてるんだよなぁ。俺としてはさ、イライアスに生涯出逢わないでくれた方が、何よりもありがたくて嬉しいって、なんでミクちゃんに伝わらないんだろう。
イライアスはミクちゃんに会ったらハズレを引いたというに決まっている。
俺を引き当てたことはハズレだったと、そういわれたら、ミクちゃんだって。
「あのさ、ミクちゃん」
「はい!」
思わず足を止めて、ミクちゃんの顔をじっと見ていた。
心の中は暗い夜のとばりが下りて、じりじりと溜まったゴミが焼けて焦げてシミになっていく。
イライアスの言葉に嘘はないと思っていた。
例え、ミクちゃんがどんなものの見方をしようが、俺の心の中は見せない。
ハズレと聞いてミクちゃんが怒っても泣いても、俺を慰めても、いつもと同じで、誰とも変わらずに、ゴミのように捨てられたって。
「レニくん?」
自分だって情けないくらい、ミクちゃんの前では強がった笑みを浮かべて虚勢を張っている。
「俺がハズレでも汚いゴミでも、俺はミクちゃんという当たりを引けたんだから平気だよ」
いつだって俺を見つめるその瞳の中に疑いや嫌悪感がないから、俺に顎を掴まれて簡単にキスされるんだよ。
「っん……!」
「っちゅ、……おやすみ」
「あ、まっ、レニくん!!」
もう宿屋の前だし、ミクちゃんとはそのまま別れた。
俺がもし絶望というもので心が満たされたとしても、この世界で唯一、美しくて、綺麗で、輝いて、やわらかくて優しい場所はミクちゃん以外にあり得ないから、俺がどんなとき、どんな姿で、どこにいても、ミクちゃんを探しに行くから。
俺の最後にミクちゃんの隣で眠れるのなら、もうなんだっていいや。
だから、ミクちゃんはそこにいて。もう、俺を見つけに来ないでいいから。
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