第23話 美貌は男にも有効

 知らない街といっても、道行く人々の顔はどれも似たようなものばかり。


 金が無さそうな男は陰気臭い顔で酒を煽る。甘いお菓子を口にくわえた小さな子供の手を引く母親は野菜の値札を睨みつけていた。


 価値観なんて人それぞれだと思うけど、個性は価値ではないのだろうか。


 魔宝珠ジュエルは武器とか防具とか仕事道具とか、色々いわれているけれど、この世で二つとして同じものは存在しないなら、魔宝珠ジュエルは俺たちの個性だろ。


 どんな事情があっても取り上げるなんて間違っている。それも権力を振りかざして弱者から取り上げるなんて、そんなの俺が日常的に繰り返してきた獲物を狩るだけの汚いけんかと変わらない。


 勝つことがわかり切っている一方的な蹂躙。強者のための一方的な醜い世界。そこには、美しいものも、綺麗なものも、輝くものも、やわらかく優しいものも、何一つなかった。


 気付けばまた、俺は街の中でも汚い場所を選んで歩いている。

 酒の匂いとゴミの匂いと、女の香水の匂いが混じり合い、くすんだ壁にはペンキの落書きが雨に濡れて文字もかすれて消えかけていた。


「ピュー♪ 兄ちゃん、随分お綺麗な顔をしてるじゃねぇか。売りか?」


 開店しているのか閉店しているのか、判断の付かない飲み屋の前でたむろしていた数人の男の中の一人に声をかけられた。


「情報を買いに来たんだ。誰かここの領主に魔宝珠ジュエルを売りつけている連中を知らないか?」


 案の定、というか、予期していたことだが、たむろしていた男たちは武器を取り出して、俺を囲んだ。


「どこでその情報を手に入れた?」


「領主本人だ。善良な町民も魔宝珠ジュエルを提供してくれたと言っていたからな。そりゃさぞかし親切な運び屋が魔宝珠ジュエルを集めたんだろうと思ってなぁ」


 ひゅっと風を切ってナイフが顔に向かってきたが、俺が避ける前に、最初に声をかけてきた男がナイフを持つ男の腕を掴んで止めた。


「やめろ。こいつの顔見ろよ。魔宝珠ジュエルより高く売れるぜ」


「へへ、確かにそうだな。ネーブルのババァどもなら金貨出すよな」


 この顔はクズたちには金貨に見えて、俺の目には便利な交渉道具に見える。

 女たちには、こんな世界でも美しく見えるというんだから、きっと目が悪いんだろう。


「いいよ。女とヤれる上に情報も貰えるなら、俺は報酬はいらない。ウィンウィンじゃん」


 ピースして告げてやったら、男たちは武器を収めて肩を組んできた。


「なんだよ、話がわかるじゃねぇか。乗ったぜ」


「そんかし、領主にはおれたちがゲロったとか言うなよ」


「言うわけないよ。あんたたちを覚えておくわけないし」


 本当のことだ。こんな俺と同じクズのことなど、別れた瞬間には顔も忘れている。


「まぁ実行犯はおれたちじゃねぇけどな。もっと上がいんのよ。借金で首が回らねぇやつとか、そいつらのシマではしゃいだ奴らからぶんどって、一か所に集める。おれたちはお前の言うとおり単なる運び屋。貰った報酬の一部を懐に入れさせてもらって、あとはポストに投函」


 それでお仕事終了、と、男たちは上機嫌で話してくれた。


「随分、用心深いんだな」


「そりゃあな。この依頼主、あとで領主からだと上の人から聞いて知ったけど、最初はマジで殺し屋とか絡んでるのかと思ってビビったぜ」


「殺し屋? なんで?」


 男たちは顔を見合わせて、気まずそうな困ったような、曖昧な笑みを浮かべていった。


「生死は問わねぇって言われてたんだ。つまりさ、まぁ、そういうことだよ」


「逆らったやつは殺されたんだな」


「バカ! デカい声で言うな!」


 領主もとことんクズだな。借金あったら殺しても良いのか。街のマフィアは一つは便利な道具で他は殺すのか。それが街を守るやり方だというなら、弱者は街に居ながら街に追いやられて行き場所を失くした敗者なのだろう。


「んじゃ、金貨10枚は稼いでくれるよな!」


「まぁ、体力的に三人が限界だけど」


「お前なら大丈夫だ! 四人はイケる!」


 一人も相手にするつもりないけどな。聞きたいことは聞けたし、そろそろこいつらもぶっ飛ばして、綺麗な場所に行きたい。


 そう考えていたら、背後から、なぜか雨も降っていないのに緑色のレインコートに身を包む傘を差した女性が声をかけてきた。


「あの、すみません。わたくし、そのお方に一目惚れしてしまいましたの。今夜一晩、金貨20枚でわたくしのお相手をして頂けないかしら?」


「金貨20枚!?」


 妙に甲高い声で喋る雨合羽のカエル女の提案に目玉を飛び出させた男は、女から金貨の入った袋を受け取ると、中身を確認して、口角を上げた。


「へへ、姉ちゃん。随分羽振りがいいな。でもなぁ、生憎こいつは今夜予約でいっぱいでよぉ」


 倍の額を用意したのに、さらに吹っ掛けられるとは思わなかったのだろう。

 傘をくるくる回して焦るカエル女は、こともあろうか、震えた声でこんなことを言い出した。


「そ、それでしたら、そのお方を除いた皆さまで、わたくしを買っていただけませんか? あの、ここでは恥ずかしいので、どこか遠くで」


 はぁ、毎度ながら人を助けようと思うときだけ、本当に軽々と身を捨てる。なんなの。


 そんなに簡単に捨てていい体なら、身持ち固くしなくていいじゃん。さっさと俺に食われれば?


「へぇ、へへ、いいねぇ! おれたち今日はついてるぜ!」

「いや、最悪の日じゃね」


 一瞬で、手が伸びる位置に居たし、足も届いたし、男たちは殴り飛ばして蹴り飛ばして路地から消え失せてもらった。


 空っ風の吹く路地の上ではカエル女と向き合う俺が二人きり。


「では、わたくしはこれで」


「何しに来たのミクちゃん?」


「…………なんのことかしら? わたくしイケメンに目がないカエリーヌと申しますが」


「じゃあ金貨20枚分、抱いてやるよ」


 逃げる前に腕を掴んだら、「ごめんなさい!! ごめんなさい!!! お許し下さい!!」と、猛烈な勢いで謝られた。


 結局、領主の家を出たあと、間を開けずにミクちゃんは俺の後をつけていたらしく、匂いでバレないようにと香水を振りまいた後、レインコートを羽織り、傘を差して顔を隠していたらしい。


 ここまで怪しい恰好をしていても俺が気付かなかったのは、逆に怪しすぎて俺の警戒心になんら反応させなかったのだろう。


 傘は邪魔なので外させたけど、レインコートは脱ぐと香水臭いので脱げませんといわれて、首から下がカエル色のシスターミクちゃんと公園にやって来た。


 ベンチに並んで座ると、目の前では夕日が沈んでいく様子が見える。

 夕日は好きじゃない。これから長い夜が始まると思うといつも憂鬱になる。


 いつもは楽しいミクちゃんとのお喋りも、今は何も話したくなかった。

 それでも、俺が引き留めてしまったわけだし、ミクちゃんも俺に気持ちを伝えようとしていた。


「……まさか、領主様があのような非道な手段を用いて魔宝珠ジュエルを集め、そしてレニくんがそれに気付いており、一人調査をしようと思われていたとも知らずに、見当違いの慰めで余計な苛立ちをさせてしまい、誠に申し訳ありませんでした」


 ミクちゃんに教えるつもりもなかったし、余計なことを知られたせいで、俺は先ほどより苛立っているわけだけど、ミクちゃんの横顔以外に綺麗なものも見当たらないから、本音を言ってミクちゃんまで汚せない。


「うん。ミクちゃんは、たまに見当違いのところで怒っているし、謝っているし、俺を心配しているよ」


 ミクちゃんが縮んでいく。落ち込んでいるのはわかるけど、俺のことをそこまで気にしてくれるのが嬉しくもある半面、こんな俺なんか早く見捨てればいいのに、とも思う。


「俺は、ミクちゃんなら怒ってくれるんじゃないかって勝手に期待してた」


 ミクちゃんは俺の話の真意を探るように俺の横顔をじっと見つめていた。


 とはいえ、ここで正直に話すのも面白くないし、いくらミクちゃんでも期待を裏切った上に勝手に汚い世界にまで足を突っ込む真似までされて正直に打ち明けるほど俺は親切でもない。


 だから、違う話をしてみた。

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