第22話 ヤンキーのスイッチは突然オンに入る

「時を戻しましょう。──なんのために魔宝珠ジュエルを残すのでしょうか?」


「ミクちゃん、時戻せんの?」


 戻せます。


「呪術は呪いだ。魂から引きはがされた魔宝珠ジュエルは魔族の魔力でも効果を発揮できる。単純に武器や防具を集めているんだ。勇者出現の噂は魔王の耳にも届いている」


「時戻せんのかよ!」


 レニくん、これが空気を読める大人の処世術です。


「ここからは我らの街ランセプオールの問題だ。この街の近辺に魔族の親玉が根城を構え、頻繁に街を襲うようになった。親玉の存在のおかげで周辺の魔獣や魔族も力は増大傾向にあり、凶暴性も増している。我らも対策は講じているが、正直これ以上攻め込まれたら街がもたない」


 まぁ若干、処世術というより、タイミングを良いように利用されただけのような気がしますね。


 レニくんは勝手に話を進める領主様の態度に苛立ちを隠せないようで、鋭利な歯で氷をガリガリと嚙み砕いておりました。


「単刀直入に言おう。遥か北の大陸に棲み処を構える魔王を倒す算段を今企てている余裕はこの街にはない。だが勇者よ、世界を救うという大義を成すのならば、まずはこの街を襲う親玉を倒したまえ」


 まぁなんという不遜な態度でしょうか。弱者が卑屈である必要は全くありませんが、それと同じく強者に正義であれと誰も強要は出来ないのです。


 我々にできるのは常に願うこと。そして祈ること。信じること。信頼関係を築くことです。 助け合いの精神とはなんたるか、五歳児以下の領主様に神の言葉を借りてメンタルに叩き込もうかと口を開きかけましたら、領主様より追撃を食らいました。


「そもそもこんな事態になったのは貴様らのせいだ。その名前は覚えているぞ勇者候補のレニ。お前と一緒にイライアスというもう一人の勇者候補がいたはずだ。奴が勇者の力を見せてやるとか言い出して魔獣の巣を叩き、無駄に怒らせ、親玉を呼び寄せた挙句に逃げおおせた。どちらが真の勇者かなど我らに関係ない。どちらでもいいから事態を収めろ」


 ああもうイライアスさん!! 何してくれてるんですか!?


「……あいつは見つけても殺していいよね?」


 レニくんの物理的に冷気を放つ殺気が怖いです。私は救いを求めてアクセル様へ視線を送りました。


「イライアスは旅の資金をほとんど持ち去って先行したからな。これで何も成果を挙げていなかったら、捕まえた後は使い込んだ分キッチリ働いてもらうさ。一発で首が飛ぶよりきついぞ」


 顎をトントンと指先で弾いて何やら算段しているレニくんはどちらがより地獄か真剣に悩んでいるようでした。


 しかしまぁ、この領主様の無礼な態度も結局はイライアスさんが原因だったのですね。


 だからといって無関係なレニくんに八つ当たりしていい理由にはなりませんけど。

 大人の事情で振り回された10歳児のレニくんに責任追求なんてしたら私は本気で怒ります。


 そんなレニくんは算段も付いたのか、話題をフィアさんへ振りました。

  

「んで、フィアはこの街に何しに来たの?」


 そういえば、態度が最初からレニくんの熱狂的な信者過ぎて、事情を聞きそびれておりましたね。

 問いかけられたフィアさんは、肩を震わせて顔も俯き、膝の上で拳を握ると小さな声を震わせます。


「……返してください」


 その態度から、フィアさんは領主様に怯えているように感じました。


「もっと腹から声出せないの? 門の前では大声で叫べてたじゃん」


 たまに思うのですが、レニくん、あなた良い子ですよね。


 私はフィアさんを純粋に励ますレニくんの優しさに、じ~ん、と感動しながら、私自身も、フィアさん頑張れと心より応援しておりました。


 きっとアクセル様も応援していたのでしょう。力強い眼差しがフィアさんに向けられておりました。


 そんな私たちの応援が届いたのでしょうか。フィアさんは顔を上げると、真っ直ぐに領主様の顔を見つめてハッキリと告げたのです。


「わたしたち鉄の村から取り上げた魔宝珠ジュエルを返してください!!」


 領主様はフィアさんの真剣な言葉を受けて、ふん、と威丈高な態度で返答しました。


「返してほしくば、そこの真の勇者に懇願するんだな。親玉を早く退治してくれと」

 

 どうして責任をレニくんになすりつけるのでしょうか。

 元はといえばイライアスさんのせいでしょう。

 そろそろ私もテーブルの角で領主様のすねをぶっ叩きたい衝動に駆られてきました。


 しかし、興奮気味の私とは違って、アクセル様はどっしりと構えて落ち着いておられます。


「事情を説明してもらいたい。魔宝珠ジュエルといえば我々人類の武器であり、防具であり、仕事道具でもある。それを取り上げるということは、現状で危機が迫っているという魔族や魔獣に対する抵抗の術を村人たちからすべて奪う行為。虐殺を見過ごしていると捉えられても仕方のない行いに思えるが、そちらに正当な言い分はあるのか?」


 無いのであれば王室騎士団の隊長としては現状を見過ごすわけにはいかない。アクセル様はしっかりと有事の際は己の職権も行使することを領主様にくぎを刺した上で事情説明を求めたのです。


「言い分があるのは当然だ。村には警備の部隊を送っている。村人たちが総出で戦うより勝機もある。それに近隣の村の仕事といえば家畜を育てるか田畑を耕すか鉄を打つくらいだ。普通の道具でも十分代用は可能だ」


 しかし、フィアさんが抗議の声を上げました。


「暴論です! 職人にとって仕事道具は命です! 単なるトンカチで鉄は打てません!!」


「やかましい娘だ。そもそも貴様らの村は警備の経費すら納税できない役立たず。衛兵の兵站にだって金はかかるんだ。それを払えないというから代わりに魔宝珠ジュエルを収めさせたのだろう。文句があるのなら命で作った道具を高く売って金を稼いで納税しろ」


 命とお金を天秤にかける政治は間違っているのではないでしょうか。

 国民の権利、ひいては民衆の権利利益を守るための法律であり、それが政治ではないでしょうか。


「領主、オレには根底から説明してもらいたいのだがな。そもそもなぜ村人の魔宝珠ジュエルを集める必要があるんだ?」


 確かに、そもそもなんで集めているのか、それがわかれば解決の糸口に繋がりそうです。


「街の結界、防壁の魔法を維持するための魔力として使っている。先ほども言ったように、この街は今、頻繁に魔族の率いる魔獣たちに襲われているのだ。街の防衛は喫緊の課題。この街が落とされれば、他の街との流通も途絶え、中央大陸全体の問題にもなる」


 一応、私利私欲のためではなく、ランセプオールという中央大陸の東南に位置する人類の貴重な拠点であり、情報の伝達のためにも必要な要所を守るための致し方ない緊急の処置、と捉えることは出来るようです。


 それと、シンプルにランセプオールの街の皆さんは守られますからね。


魔宝珠ジュエルも近隣の村ばかりから徴収したわけではない。この街の住人にも好意によって集められたものもある。皆、凶暴な魔族たちに怯えているのだ」


 私は領主様のそのお話を聞いて深くため息をつきました。


「そういう事情がおありなのでしたら、どうして最初から素直に勇者様へ丁重な態度で魔族の親玉退治をお願いしてくださらないのですか。勇者様だって人間なのですよ。大義や名誉のために戦っているわけではありません。たまたま力に恵まれた普通の子だと私は思っております」


 レニくんは照れ隠しなのか、私をからかいたいのか、私のほっぺをつんつん指先でつついたり、むにむにと私の耳たぶを揉んだり、好き放題に私の体をいじり倒してきていますが、私は構わず言葉を重ねました。


「もっと気持ちよく勇者様を送り出してあげてください。せめてお願いします、と一言添えて、頭を下げて差し上げるべきです」


 しかし、どこまでも尊大で傲慢な領主様は、ふん、と鼻を鳴らすとソファーから立ち上がりました。


「話は以上だ。村人の魔宝珠ジュエルを取り返したくば、魔族の親玉ギルバを早々に打ち倒すことだな。根城の地図はくれてやる。明日にでも向かうがいい」


 それだけ言い残すとさっさと応接室から出ていってしまわれました。


 私はもう腹が立ったのでレニくんの頭をよしよしと何度も優しく撫でて差し上げました。


「大丈夫ですよレニくん。神様も私もレニくんの頑張りをちゃんと細部まで見届けておりますからね」


 しかし、レニくんは私の手をやんわりと掴むと、いつもより鋭い眼差しを向けてきました。


「俺は五歳児じゃねぇよ。今問題なのは俺の扱いじゃなくて、領主が村人という弱者に対して行った扱いに対してだろ」


 ぐうの音も出ませんね。正論とはまさにこのことです。私の寂しさなどゴミに投げておいてください。


「勇者よ、シスター様は精一杯、お前を気遣っただけだ。牙を向ける相手が違うだろう」


 舌打ちをするレニくんは、とても苛立っているようです。私の手も振り払われてしまいました。


 そしてそのままレニくんは立ち上がると、ジャケットのポケットに両手を突っ込んで出口に向かって歩き出してしまいます。


「レニくん? どちらに行かれるのですか?」


 顔だけ振り返ったレニくんの瞳には暗い夜が映るように、光が閉ざされていました。


「いちいち散歩の許可まで取る必要あんのかよ」


 うぅぅ、語気が強い! どうしてヤンキーは常にけんか腰なんですか! 怖いですよ!


「……ありません。お気をつけていってらっしゃいませ……」


 いわれなくても、という感じでレニくんは誰に挨拶をすることもなく出ていきました。


 少しはレニくんと仲良くなれたと思っていた私は、また唐突といえば唐突に、不機嫌になる要素が重なっていたとしても、置いて行かれたことでしょんぼりと落ち込んでしまいます。


「シスター様、そう気落ちせずとも、勇者も気晴らしがしたいだけでしょう。夜になっても戻ってこなければオレが探しに行きますので、先に宿屋へ向かいませんか?」


 アクセル様、こんなときでも私を気遣ってくださり、とても優しい紳士です。


「そうですね。フィアさんも長旅でお疲れでしょう。私たちは宿屋でレニくんの帰りを待ちましょうか」


「……はい。あの、でも、勇者様は、戻ってきてくださるでしょうか?」


 レニくんが怒っているのはあくまでも領主様の村人に対する対応だと思います。


 私たちと直截けんかをしたわけではありませんから、アクセル様の仰る通り、出ていったのは単なる気晴らし。


「……だと、いいのですけど、ね」


 ああ、私もハッキリ大丈夫とは言い切れません!

 あの子、迷いがちだから。憂いがちだから。傷付きがちだから──


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