第21話 シスターだって冗談くらい言います
その後、大きな屋敷の廊下を歩き、応接室へ招かれました。
ローテーブルを挟んで六人掛けの大きなソファーにレニくんを中心にしてフィアさんと私で両隣を挟み、私の隣にはアクセル様が座りました。
対面には同じく六人掛けのソファーに領主様がお一人で中央に座ります。
仕事の早い執事さんが人数分のレモンのソーダ水をテーブルの上に運び終えると、足を組んだ領主様が口を開きました。
「魔王軍に関する情報から話そう。一部の呪術師が魔王軍に肩入れしているとの情報を得た」
呪術師ですか。言葉の響きは闇っぽいですか、呪いには呪いで対抗するのが最も効果的なんです。
つまり、魔族や魔獣の扱う呪いの魔法に対して呪い返しという攻撃的手法で戦う魔法使いのことを呪術師と呼びます。
七年前に私のロザリオへ呪いをかけたのも呪術師の男でしたね。
ですが、決して人類の敵ではなく、彼らも人類です。とはいえ、領主様のお話によれば一部の呪術師が魔王軍に加担しているおそれもある、という事実確認を急いだ方がよさそうな情報があるようです。
私が頭の中でメモを取っていると、隣のアクセル様が生まれてこの方無精ひげなど一度も生えてきたことが無さそうな形のいい艶やかな顎を撫でながら、何かを思い出しておられました。
「あ、それ、オレも古書店の店主から聞いたな。確か人間の
なるほど、やり方がまさに呪いっぽいですね。呪いの類は八割霊魂、残る二割も大抵は魂になんらかの制限や制約などで縛り付ける悪質かつ押し売り系の手口なんですよね。
しかし、私には疑問の残る話です。
「現存できたとしても
まさか美しい宝石を身につけたいとかではないでしょう。
いやでも、死者の宝石を身につけたい魔族はあり寄りのありで居そうですね。
想像したら背筋に悪寒が走りました。しかし、私がわずかにぷるぷると震えていると、隣のレニくんは何を思ったのか耳元にソーダ水で濡れた唇を寄せてきて、吐息混じりに囁きます。
「パンツ、濡れちゃったの?」
「どうしてですか!? なぜなのですか!? 普通聞きますか!?」
私が震えるとトイレに間に合わなかったことが確定されるんですか!?
羞恥で真っ赤になる私を見て皆さんポカンとした表情ですよ!
レニくんまでポカンとした表情で納得できませんよ!
慌てて私はレニくんの腕を引っ張り、耳元でこそこそと真実を語りました。
「違うんです。魔族の方は死者の宝石を愛でる嗜好があるのかと思い、それって童話や神話などで語られる、お、おばけと変わらないじゃないですか! だからですね、私はその、不気味と申しますか」
「怖かったんだ?」
ニヤニヤと笑っておられるレニくんは明らかにミクちゃんバカみて~と、心底バカにしておられました。
「そ、そうですよ。私にだって怖いものはあるんです。だから、レニくんがちゃんとそばにいてくださいね」
どうせからかわれるのでしたら、レニくんのこともたまにはからかってやろうと思いました。
掴んでいた腕を自ら胸に抱きよせるように抱え込むと、恋人のように甘えて見せたのです。
どうです? 少しは恥ずかしい気持ちを理解できましたか? という期待を込めて上目遣いでレニくんの方を見ると、あらまぁ、固まっていました。効果てきめんですね。
まぁたまにはこのくらいの冗談くらい許されるでしょう。私をバカにした罪は重いのです。
ただ、完全に離れるタイミングを見失いました。真面目な話の腰もバッキリ折ってます。
居た堪れないです。いつもなら空気クラッシャーのレニくんがどんな空気も物理でぶち壊してくださるのに、こんな時に限って私と見つめ合ったまま機能を停止していらっしゃる(私のせいです)
ですが、救いを求める私の期待に応えるように、レニくんの他にも空気の読めない空気クラッシャーは居たのです。
「美貌が太陽光を超越していて直視できません!! 輝かないでください!!」
「いってぇええええええっ!!!」
私でした。レニくんの顔をまともに直視することに耐えられず、モルフォルチョウの羽ばたきの如き揺れる長いまつ毛から密やかにのぞくレニくんのアメジストの瞳にチョキで物理的攻撃を仕掛けておりました。
「ミクちゃんひでぇよ!! 目潰しなんてヤンキーでも禁じ手だぞ!!」
「すすすすみません!!! これ以上見つめられたら私如き下等生物は輝きに焼き殺されるかと思いましてつい!!」
赤い目で涙をぼろぼろ流すレニくんには速攻で治療の祈りを捧げました。
「ミクちゃん、俺の顔に惚れるの禁止。いい? 今から俺の外見に惚れるの禁止だからね!」
「……はい。慣れます。大変申し訳ございませんでした」
深々と頭を下げて謝り、この一件はようやく収まったのでした。
表面上は。
「……くそ、言うつもりなかったのに……!」
なにやらレニくんの中では収まりきらない感情があるようでしたが、レニくんはもう目潰しに懲りたのか、私と目を合わせようとしませんでしたし、その割には私の手を握って離さない。
私もですね、不覚にもこういう予測不能な態度を取られると感情を上手く説明できなくなるんですよ。
だからもう、お願いですからレニくん。これ以上、私をドキドキさせないでください。
☆☆☆
フィアちゃんと出会ってから心が不安定になっているのを自覚していた。
ミクちゃんから感じるような安心感がまるでない。昔の自分を見ているようで心がざわつく。
そこに加えて余計な邪魔者まで。アクセルは見るからに良い奴そうで、ミクちゃんが好きそうなタイプだ。
苛立った。でもやっぱり、ミクちゃんと触れ合うと心が癒される。
俺が今まで見てきた世界。きっとミクちゃんは知らないだろうし、知る必要もない。
だけど、俺のことをどんなときも見ていたいと願ってくれたミクちゃんをあんな世界には絶対に連れて行かないと決心するには十分な心を見せてもらえた。
それに、今まではなんとも思わなかった言葉で甘くなる体験もできた。
他の女の子は抱かないで、か。言われてみると良いものだな。
そんなつもり、全然ないんだろうけど、まるでミクちゃんが俺を独占したがっているように聞こえて可愛かった。
俺と同じで、絶対に占有できない人の心を縛り付けたい気持ちがミクちゃんにもあるのなら、俺はもう、ミクちゃんでいいよ。俺のことあげるから、ミクちゃんをちょうだい。
だけど、心が不安定な時にミクちゃんで遊びすぎるのは危険だとわかった。
なにあれ。可愛すぎたんだけど。よくわかんないけど、あれがミクちゃんの正義の心が燃えている状態ってやつ? 俺がいじめられてたらいじめ返してやるとか可愛いこと言っちゃうし。
てかさ、そんな強気なこと言ってるくせに怖いから離れないで、とか反則でしょ。
今まで色んな女の子と遊んできたけど、ミクちゃんの心だけは予測できない。
何を考えているのか全くわからないのに、ミクちゃんには安心感がある。
別に目ん玉つつかれたっていいよ。そんなにこの顔好きなんだなって、ここまでくると笑っちゃうし。
でも、失敗した。外見を好きにならないでって言っちゃったら、ミクちゃんは俺の中身を見ようとするかもしれない。
怖い。今さら知られることが怖くなった。でもどうしよう。本当に俺の中身を見てきたら、どうしよう。
俺のこと、どんなときも、どんな姿でも、どんなところにいても見ていたいといったね。
いつもの、ハチミツみたいな甘い眼差しで、俺の中身を見つめたまま、蕩けそうな苺のジャムみたいに頬を染めて、その心のままに俺をずっと見つめていたら──
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