第20話 レニくんをいじめたら許しませんよ

 騎士が命を懸け、戦うことを単なる職務と思ってもらいたくない。

 我々、騎士にとっても自身の命は一つ。等しく大切で大事な命だ。

 だが、それでも我々は時に自身の命を懸けてまでも戦う。そこに戦うべき理由があるからだ。


 オレにとって今回の旅の最大の理由、忠誠の儀式を盛大に邪魔しておきながら、勝手にすればいいよ、邪魔はしないから、とはどういう了見だ。


 やはり、ミク殿のいう通り、腫れもの扱いで放置した期間があまりにも長すぎた。

 とはいえ、そうはいっても勇者を傷付けたのは東の王国の主に貴族なのだ

 オレが聞いた話によれば虐待の疑いで保護された当時の勇者は誰とも話すことなく、完全に心を閉ざしていたという。


 母親とは二度と会わないように中央大陸へと移住させたが、それから間を置かずに勇者候補としてどこかで母親が暮らす中央大陸に送り出す大人たちを勇者はどう思っただろうか。


 快く思ったはずがない。それに加えて、勇者を置き去りにしてくるあの事件の発生だ。


 勇者は何も言わないが、報告ではイライアスとの間でもひと悶着あったと聞いている。


 そんなわけで、儀式をぶち壊された意図がわかってしまえば、それでは場所を変えて答えを聞かせてください、というわけにもいかない。


 あれだけ勇者が強い苛立ちを見せたということは、勇者にとってシスターミク殿は唯一と言えるほど、心の寄る辺となる大切な存在なのだろう。


 たった数日で誰にも懐かない勇者をここまで懐柔させたミク殿はやはり素晴らしい女性だ

 どんな状況でもめげずに、誰が相手でも負けん気が強く、それでいて誰よりも人のために戦える勇気を持ったミク殿と共に戦うためなら命を懸けられる。


 しかし、ミク殿がようやく掴んだ勇者の信頼を失うわけにはいかない。


 魔王討伐という最終目標も達成しつつ、忠誠の儀式の誓いの通りに旅に同行し共に戦う、そのためには、とにもかくにも勇者にミク殿との友好的な関係を認めてもらう必要がある。


 それならば、テーブルを叩き割られた意図を汲み取る必要があるだろう。

 今はまだ、ミク殿の心に少しだろうがオレの決意を置いてもらいたくないのだろう。

 他の人間を寄せ付けたくないという拒絶を感じ取った。


 勇者の言う、この街の領主が抱える問題というものをオレが勇者よりも先に解決させてみせ、旅の同行を正式に勇者に認めてもらうこと。

 問題解決の糸口はまずはここからだ。




☆☆☆


 とてもギスギスした空気で皆さんバラバラにカフェを出ると、通りに戻って衛兵団長さんとの合流地点まで戻りました。


 もちろん、カフェの代金はアクセル様がスムーズな動作でお会計を済ませ、女性客から黄色い歓声を浴びておられました。


 堂々と真っ先に無銭飲食で店を出たレニくんも何故か黄色い歓声で見送られていました。


 彼らと同席していた私とフィアさんは、主に容姿について誹謗中傷を受けながら退店し、よくこの扱いを耐えてまでレニくんとデートしたいと思えるなぁと心底女性陣の鋼の心臓に感心しておりました。


 ですが、フィアさんを見ると駆け足でレニくんの隣に追いついて、腕にべったりとくっついてご満悦そうですから、そもそもレニくんのデート相手はレニくん以外見てもいないし、周りの音も聞こえていないのかもしれません。


 ただ、フィアさん、不機嫌なレニくんからは突き飛ばされる勢いで引き離されてますけど。


 私はといえば、お行儀が悪いと承知の上ですが、何かレニくんのご機嫌を直す手立ては無いものかと、買ったばかりの魔導書をパラパラとめくりながら通りを歩いておりました。


 しかし、この本は正式な魔導書というより、民間の伝承や口伝をまとめたものみたいですね。

 言い伝えの中に古い魔法やおまじない、呪術や料理のレシピまで載っております。


 ですが、ぱらりとめくられた一枚のページに私の目はくぎ付けになりました。

 思わず足も止めて、まじまじとページを隅から隅まで読み込んでいきます。


「こ、これは……!?」


 凄い! 凄いですよ! さすが鼻の利くレニくんが選んだ魔導書です!

 なんと炭酸水を生み出す魔法の呪文が載っておりました!


 これでいつでも旅の道中、レモンのソーダ水が飲めますね。

 それに同じページに飲み物を冷やす魔法も載っているのです。

 氷が無くてもいつでもキンキンに冷えたソーダ水が飲めますよ。

 きっとこれでレニくんの機嫌も少しは良くなってくれるはずです。


 私はロザリオを掴みながら頭の中で呪文を復唱しつつ、ご機嫌なレニくんを期待しながら合流地点へと向かいました。


 しかし、十数分後、そこは氷河期といっても差支えない場の空気でありました。


 少し時間を戻しましょう。私たちは衛兵団長さんと無事に合流を果たし、街の一番北にある大きな屋敷へと向かったのです。


 鉄門扉で閉じられた城と見紛うほどの大きなお屋敷の門扉が開かれると、磨き上げられた玄関ホールでお出迎えしてくださったのは白髪のロングヘアーを後ろで一本結びにした壮年の領主様です。


「話は聞いている。入るがいい」


 眉間に深いしわが刻まれておりまして、とても友好な対応とは程遠い厳つい対応で御座いました。


 これに対し、


「˝あ˝あ?」


 ヤンキーがうなりを上げまして、


「急な訪問にも関わらず、お時間と場所の提供に感謝する」


 誠実な騎士様が丁寧な謝辞を述べると、


「っは、てめぇは誰にでもケツを振るんだな。片田舎の領主と王国の公爵家じゃ下げる頭と振るケツが間違ってるんじゃねぇの?」


 機嫌の悪いヤンキーレニくんは全方位に攻撃を撃ちまくって、玄関先からやる気満々ですよ。



「しつけの足りない子供が勇者と呼ばれる日が来ようと、我が屋敷では古の盟約に従い、魔王討伐に役立つ情報であればすべて授けよう。欲しければついて来い。いらぬのなら黙って去れ」



 こうして、玄関ホールに氷河期が訪れたのでした。


 子供に向かって一番言っちゃいけないのは子供発言なんですよ~。

 私はすかさずこめかみに青筋を浮かばせているレニくんのそばに近寄り腕を引っ張りました。


「レニくん! 勇者様冥利に尽きるじゃないですか! どんな身分の方でも勇者様のためなら協力は惜しまないと仰ってくださっておられるのです! 貴重な情報もタダですよ!」


 ハイパー笑顔で飛び跳ねてみせましたよ。私の方が明らかに子供になってしまえばレニくんも子供という怒りの矛先を自分に向けることが出来なくなります。


「……ミクちゃん、超喜ぶね」


 良かったです。呆れてくださいました。そうです、レニくんは悪くないのですから、ここで怒ってはいけません。


「そうですよ~、あのかっこつけの騎士さんのプライドが安くたって別にいいじゃないですか~、それより情報を貰えるだけ貰っておきましょうよ~」


 ああ、フィアさん、余計なことを言わないでください。またレニくんが怒ったらどうするんですか。


 そもそもですね、しつけがなっていないのはここの領主様ですよ。

 レニくんの言った通り、身分としてアクセル様の方が上なんです。


 それなのに無礼な態度を取ったのは領主様ですよ。ただアクセル様はそんなことを気にするお人じゃないというか、とてもいい人過ぎるので、本気で突然訪問したのにお時間取らせてすみませんねぇ、って腰を低くして挨拶をしたものですからレニくんはアクセル様の代わりに領主様の無礼を怒ったのです。


 そこへ追い打ちをかけるようにレニくんを子供扱いなんてされたら私だって怒りますよ。


「さぁ、レニくん行きましょう。喉も渇きましたね。領主様、レモンを絞ったソーダ水も勇者様にご用意してください。絶対に必要ですので。あ、氷でキンキンに冷やしてくださいね」


 無礼には無礼を。私はここをカフェのように扱い、領主様に大声で注文しました。


「……用意してやれ」


 領主様は隣に控えていらした執事さんにしっかりと指示を出されておられました。


「っぷ、くく、あははははは!」


「レニくん?」


 気付けばレニくんがお腹を抱えて笑っていました。


「ははははははは! さすがはシスター様だ! これは誰も敵わないな!」


 なぜかアクセル様まで顔を上げて大笑いです。

 笑われているのはどうやら私のようなので、やはり、領主様に対して無礼過ぎましたかね。


「もう、レニくん、そんなに笑わないでください。あれはレニくんをいじめた領主様に対する意趣返しです。私だってレニくんをいじめられたら、いじめ返すのですよ」


 目じりの涙を拭っていたレニくんは、顔を赤くしてむくれる私の頬を撫でました。


「子供っぽくしてたのもわざと?」


「私たちはそれほど子供ではないと見せつけていたのです」


 ふ~ん、と笑みを浮かべるレニくんは艶やかな唇を舌なめずりして、また妖艶な色気を放っており、あ、マズい、と思ってロザリオでガードしたらギリギリセーフでキスを防げました。


「……察しが良すぎる」


「色気を放つのをおやめください!」


「それほどガキじゃないんでね」


 舌を出して笑うレニくんはそれ以上キスを仕掛けてこなかったですが、機嫌は多少直ったみたいです。

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