第19話 レニくんは怒る、アクセル様は跪く

「遅くなったのは本当に申し訳なかったと思っている。だが、言い訳だとしてもオレの事情も聞いてほしい。オレはロスバレット家の跡取り息子なんだ。魔王討伐の旅に同行するとなれば生きて帰れる保証はない。跡目を残せなかったオレは父が死んだあとオレに渡るはずの権利を事前に信頼できるものに託さねばならなかったんだ」


 生前遺産分与というものでしょうか。公爵家ともなれば遺産も莫大でしょうし、確かに、それは数日で片付くようなお仕事ではありませんね。


 しかし、私がふむふむと納得していると、利発なフィアさんが疑問を口に出されました。


「それって、よくご両親は送り出してくださいましたね。平民のわたしにはよくわかりませんけど、貴族様の世界では跡目争いって大問題なんでしょう? アクセル様はまだお若いですし、ご結婚を先に勧められなかったんですか?」


 ああ、なるほど結婚。ありそうな話ですよね。お貴族様といえば社交界というイメージですし、社交界というのはざっくり言ってしまえば結婚相手を探す出会いの場でもありますからね。


「いや、まぁ、それはその、オレもまだ21歳だしな……」


 思ってた以上にお若かったので驚きました。私と2つしか変わらないじゃないですか。

 あれ、そう考えるとレニくんとアクセル様の私との年齢差ってちょうど二人とも2つ違いなんですね。

 2個上か、2個下か。精神年齢でいえば五歳児と五十歳に見えるのに不思議ですね。


 そんな割とどうでもいいことを考えていた矢先、とんでもない感覚がお尻から伝わってきたのです。


「ひゃうっ!!?」


「つまり、フィアのいう通り、魔王討伐は反対されて、先に結婚して子供を作ってからにしろって言われたわけだ」


 レレレレレニくん!? なにを鼻で笑っておられるのですか!? 手が、レニくんの大きくてごつごつとした男らしくもあり長い指先のすべてが私のお尻を撫で回しております!


「女とヤッてから行けって言われてヤリまくって来たわけか」


 畳みかけるようにヤンキー指数が上がっていきますが、私には止める余裕がありません。


「レ、レニくん、いけませんよ、そこは、その同意の上でないと触れてはいけない部分です」


 私はか細い声でレニくんに抗議してみました。するとレニくんはまた顔を寄せてきて、いたずらに笑うのです。


「退屈な話でミクちゃんが疲れているだろうと思ったから、マッサージをしていただけなのに~」


 えええええ? まさかこれが先ほど言っていた責任を取るというお話ですか?


「あのな、結婚の話でもめたことは認めるよ。だが、オレは公爵家の嫡男である前に国民を守る騎士なんだ。オレの結婚話など、魔王を倒し、世界が平和になった後からでもいいだろう」


 アクセル様は同意を求めるように私の方を見つめます。


 ですが、私はアクセル様に救いを求めるための眼差しを送り返すことしかできません。


 なにせ、手がああああああ!!! レニくんの手が太ももの内側に侵入してこようとしているのです! 必死で足を閉じて抵抗していますが、さわさわと優しく撫でる手触りは私の意思に反して心地よく、「……ん、はぁ」という、自分でも情けないと思う吐息が零れてしまうのです。


「……ねぇ、なんで今ミクちゃんのこと見たの?」


 それでどうしてレニくんはこんなに不機嫌なんでしょう。


 実は先ほどから会話の内容が頭に入ってきていないのですが、アクセル様のお話はレニくんの逆鱗に触れるようなお話だったのでしょうか。


「ああ、いや、そういう風に決断できたのも、あのときシスター様がオレに活を入れてくれたおかげだと思ってな。再会したら、真っ先にシスター様には礼を伝えたいと思っていたんだ」


 アクセル様が咳払いをするタイミングで、私の耳朶はレニくんの謎の苛立ちによって噛みつかれました。


「ひゃあんっ!」

「……俺を裏切ったら許さないから」


 ペロッと耳を舐めてから地を這うような声を出されましても、もう私としてはビクビクと体が震えて脳まで痺れそうで、なんのことやら頭がパニックですよ。


 そんな私が真っ赤な顔でオロオロしているところへ、アクセル様は立ち上がり、騎士の命でもある剣を抜くと私の前で片ひざを折り、剣を床に突き立て、まるで神聖な儀式のように厳かに言葉を紡がれました。


「シスターミク殿。勇者レニを支え魔王討伐を果たすという、あなた様の気高き精神に私は忠誠を誓い、共に勇者レニを支え、魔王討伐を果たすことを誓います……!」


「は?」

 と、レニくんは不穏な表情でアクセル様を睨みつけました。


「え?」

 と、私は驚きました。なぜこの誠実堅実、質実剛健を絵に描いたような騎士様が私のような底辺のシスターに忠誠を誓うのでしょう。内容は嬉しいのですけど。


「……銀髪も悪くない……なぜこの女ばっかり……」

 と、フィアさんは恐ろしいほど髪を逆立てて私を睨みつけておりました。


 私はともかくパニック状態も冷めやらぬうちに怒涛の展開でしたが、アクセル様をこのままの状態にしておくことは出来ません。


「どうかお立ち上がりくださいアクセル様! 私如きにもったいなきお言葉です!」


「真剣な気持ちです。シスター様、どうか、あなた様の心の中にオレの決意を置かせていただけませんか?」


 うひゃあああああ!! ちょ、これは下手な恋愛的な口説きよりも胸がドキドキしてしまうじゃないですか!!

 どどどどどうしましょう!? 正直、嬉しすぎます。顔がにやけてしまう。


 しかし、立場から考えて、ここは私も床にひれ伏すべき。そう思い、腰を浮かせたその時でした。


 ドゴンッ!! もはや聞き慣れたと言ってもいい破壊音。目の前でテーブルが真っ二つに破壊されました。レニくんが拳で叩き割ったためです。


「レ、レニくん……?」


 席を立ったレニくんは私と目を合わせようともせず、出口に足を向けてしまいます。


「恩を返せばいいんだよね? なにかミクちゃんも絶対に納得できるような良いことすればいいんでしょ。早く領主に会いに行こう。俺は鼻が利くんだ。問題が起きている匂いを感じる」


 続いて席を立ったのはアクセル様でした。


「勇者よ、オレも簡単に帰る気はない。きっかけは単純だったかもしれない。だが、想いは真剣だ。問題が起きているというならオレも尽力する。もう、お前を腫れもの扱いするつもりもない」


 レニくんはアクセル様の方にだけ一度振り返りました。

 ただし、その目は最初に会った頃のように氷のように冷たく他人を拒絶した眼差しでした。


「……勝手にすればいいよ。俺も邪魔しないけど、俺の邪魔もしないで」


 いつの間にか二人の間には火花がバチバチと弾けております。


 問題は、問題がいつ始まったのか、ということです。

 私は会話を進行させながら寝ていたのでしょうか。(正確にはセクハラを受けていた)


 レニくんの激怒している理由がさっぱりわかりません。


 アクセル様はちゃんとレニくんのことも支えると明言しておられましたし、レニくんにとっても良いことを仰っておられましたよね。

 なのに、今レニくんが怒っているのはどうもアクセル様を除外したいという思いのようです。


 一体アクセル様の旅の目的がなんの逆鱗に触れたというのでしょうか。

 男の人同士はバチバチしながらも分かり合えているみたいですけど、こういうとき、蚊帳の外にいる部外者って事情を安易に聞くこともできなくてもやもやします。


 とりあえず、レニくんの鼻が利いたという領主様が抱える問題は、どうか私も蚊帳の内側に入れておいてくださいと願うばかりです。


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