第17話 耳ですよ *背後注意*

 私たちのやり取りを静観していてくださったアクセル様は、レニくんが大人しくフィアさんの相手をしに戻ると私に話しかけてきてくださいました。


「シスター様、道中危険なことはありませんでしたか? オレも早くお二人に追いつきたかったのですが、遅れてしまったこと、本当に申し訳ありません!」


「そんなそんな! お顔を上げてください! 危険なことだなんて、一番危険なのはレニくんですから! 私は常に戦闘中、レニくんのオーバーキルっぷりに震えていただけです!」


 そういうと、アクセル様はようやく顔を上げてくださり、快活に笑ってくださりました。


「ははは! 勇者も相変わらずでしたか。楽しそうな旅路でなによりだ。こんなことなら、オレも早く勇者に声をかければ良かったよ。出来れば、これからはオレも仲間に加えてもらえないだろうか?」


 そりゃもう、私としてはこちらから頭を下げてでもお願いしたいくらいなのですが、レニくんの方をちらっと見ると、うわぁ……もう目つきが完全に殺人者ですね。


「ええっと、レニくん、これから衛兵団長の方が領主様の屋敷へご案内してくれるようですが、その前にカフェにでも寄りましょうか? 喉が渇いたのではありませんか?」


 じとっと座った目つきで私を見るレニくんはだいぶ不機嫌なようでした。


「……ミクちゃんと二人きりで行けるの?」


 今さっきフィアさんの面倒を見てくださいと頼んだばかりですのに、レニくんって基本的に本能で生きていらっしゃいますよね。


 親離れの時期は絶対的に必要かと思います。とはいえ誓いもありますから、徐々に、私は演出係か背景になれるように努めましょう。


「レニくん、それではフィアさんがかわいそうですよ。ここは騎士さんも含めて四人で行きませんか? 私にもレニくんのおすすめのレモンソーダ水のお味を教えてください」


 レニくんは腕に未だにしがみつくフィアさんを見つめると、仕方なさそうにため息をつきました。


 私たちは街の入り口で衛兵団長さんにカフェへの道のりを聞きまして、後で合流することを伝えると、東の王国とは違った石造りの街並みを眺めながら歩き出しました。


 こちらはランセプオールという中央大陸の東南方面にある割と大きな街であります。


 私たちが朝食で寄ったように近くには河川も多く流れており、清らかな水と栄養豊富な土を確保できるため、農作物を育てることが容易く、食料が豊富にございます。

 家畜を放牧している村も近くに点在しており、他にも鍛冶や機織りの村なんかも近くに点在していると地図で確認していました。


 東の王国とは違い、聖女様の結界で街や村が守られているわけではないのですが、神職の方の結界魔法や防御魔法、あとは門前にいた衛兵さんや門番さんのように人力で魔族や魔獣からの襲撃に耐えているようです。


 とても危険であるのに中央大陸に住み続ける理由は人それぞれですが、土着信仰であったり、先祖代々受け継いだ愛着ある土地からは離れがたいなど、宗教、家系、人情、本当に人にはそれぞれの理由で安易に結界に守られた東の王国へ移住できない事情があるのです。


 しかし、魔獣に襲われては家を建て直し、崩れた壁を修復し、ひび割れた道を直して日々を営んできたこの街は東の王国より力強さを感じられます。

 街の住民たちも男性から女性まで軽い武装をしておりまして、住人の方々からも力強さを感じますね。


 そんな風に私が辺りを見渡しながら歩いていると、雑貨屋さんの建ち並ぶ通りで目の前を歩くレニくんとフィアさんが仲睦まじい雰囲気で話している声が聞こえました。


「わたしの村は鍛冶を生業にしている家が多いのですが、わたしには才能が無くて。その代わり、お裁縫が得意なんですよ。勇者様はどんな才能をお持ちですか?」


「うーん? 才能? 良く見える、良く聞こえる、鼻が利く」


「すごぉおい♡ さすが勇者様ですね♡ 誰にもできない才能ですよぉ♡ ああもう、かっこいいなぁ♡」


 そうですよね。普通は大型犬かトンビか鷹くらいにしかない才能ですもんね。

 動物寄りの才能は野性的であるからして、女性から見るとオスらしくてかっこいい、ということでしょうか。


「お前って俺と同じでバカなんだな。意味不明の理由でかっこいいとか言われても、何がかっこいいのそれ」


「え、あの、勇者様はもうお顔がカッコいいじゃないですか!」


「じゃあもう顔だけ褒めてれば?」


「勇者様がそちらの方でよろしければ存分に! 顔ならたくさん誉め言葉も出てきますよ!」


「口を閉じて、俺から離れてくれれば嬉しいけど」


 爽やかな笑みを浮かべながらえぐいことを平気で仰いますよね。フィアさん、黙って腕も離しております。


 レニくんを観察しながら私も恋愛を学ぼうかと思いましたが、なかなか難しいものですね。

 どうも私には恋愛的な感性が備わっていないようです。


「シスター様、少しこちらの古書店に立ち寄ってもよろしいでしょうか? 遺跡の情報や古い地図など、何か今後の旅に役立つものがあるかもしれません」


 さすがはアクセル様です。私のように物見遊山からの人の恋愛を盗み見たり、阿呆な時間の使い方などしませんよね。


「大賛成です。立ち寄りましょう。レニくん! フィアさん! 申し訳ありませんが、少し古書店に立ち寄らせてください!」


 アクセル様は先に店内に入られまして、カウンターに腰かける白髪の眉毛と口髭と顎髭で顔全体が真っ白な毛で覆われたおじいさまの店主様と込み入ったお話を始められました。


 私はのんびりと歩いてこられるレニくんを見ながら、私も何かレニくんのお役に立てられる成長が出来ないかと考えていました。


「レニくん、先ほどフィアさんと話しておられたのを聞いてしまったのですが」


 にやにやと笑うレニくんは腰をかがめて私の耳元に口を寄せます。


「俺が他の女の子と何を話しているのか、気にしちゃったの?」


 あううう、耳元で囁くのやめてほしいです。ぞわぞわします。腰が甘く痺れます。


「ちが、違くてですね! 鼻が利くと仰っていたじゃないですか!」


「うん。ミクちゃんの体からは桃とミルクの香りがする。足の裏まで」


 石鹸の香りです! 耳朶への息の攻撃! 足の裏まで嗅がれる羞恥! 私の顔は熟れたリンゴより真っ赤でした。


「レ、レニくん、いじめないでください。私はただ、今後の旅に役立ちそうな魔導書を探して頂けないかと、お願いしたかっただけなんです……」


 そっと私の耳たぶを触るレニくんは、さわさわと耳の形をなぞるように細くて長い指先を動かして、私の腰が震えているのを楽しみながら囁くのです。


「じゃあ、言って。その唇震わせて、他の女の子と仲良くしないでって」


 ぺろっと、しっとりとした温かい舌の感触と舌ピアスの金属的な冷たい感触が耳の裏を舐め上げて、もはや私の口からは「んあっはっ……!」と、言葉すら出てこない状態です。


 それなのに、レニくんは私の耳のそばでくすっと笑って、指先で耳をいじめながら囁きをやめてくれません。


「ああ、それとも、ミクちゃんも本当は、私を抱いてって言いたかった?」


 つぷっと今度は耳の穴に舌が入り込んでいきました。私はもう酸欠状態で、レニくんにしがみつきながら「ひあっ、んっ、はぁっぁ……!」と、震える声を吐き出しては、敏感になりすぎた耳に届く声にすら快感で脳が痺れる末期状態でした。


「俺はどっちでもいいけど、どうされたいのか、っちゅ、どうしてほしいのか、ほら、よだれ垂らしてる自分の口でいってみなよ」



(うああああああああああ!!! もうだめ! もうだめ! 耳! 耳がぞくぞくする! 指先と甘い吐息とキスと言葉責めの四点責めって拷問じゃないですか!? もうなに言われているのか全然わからないいいいいいい!!!)



 私は頭を沸騰させながら意識はエデンに足を踏み入れており、立っていられたのはレニくんが腰を支えて抱いてくれていたおかげです。


「ねぇ、早く」


 普通の声量で言われたので意識が急速に覚醒した私は顔を真っ赤にしながらレニくんの胸元を掴んでご要望通りに唇が震えるほど叫びました。



「レニくん! 他の女の子を(こんな風に)抱かないでください!!」



 私の耳までキーンとするほど大きな声が出ました。

 ですが私の意志は伝わったはずです。

 このようないかがわしい行為を、お付き合いする前の女性にしたら犯罪ですよ。


「……ミクちゃん、そこまで言うなら責任取ってくれるんだよね?」


「え?」


 顔を上げると妙に真剣な表情のレニくんが私を見下ろしていました。


「シスター様! どういうことですか!? 勇者とはそのような御関係なのですか!?」


「ええ!?」


 なぜかアクセル様までカウンターからすっ飛んでまいりました。


「……そんなのズルい。勇者様はみんなのものよ」


 フィアさんには睨まれております。

 私、何かマズいことでもいってしまったのでしょうか。


 オロオロしていると、レニくんが一冊の魔導書を棚から取り出して私に渡してくださりました。


「嬉しかったから、お礼。それに、言わせたのは俺なんだから、責任を取るのは俺だよね」


 腕の中に収まる魔導書は私も嬉しいですよ。

 ですが、アクセル様から寄せられる仰天しているかのような視線とフィアさんから寄せられる嫉妬の込められた視線が痛すぎます。


 そして、全く持ってわからないのは、私は一体、レニくんになんの責任を取って頂くのでしょうか。


 でも、領主様にご挨拶をしたら、早速責任を取っていただくのもいいかもしれません。


 もう耳と腰が悲鳴を上げているんですよね。マッサージでしたら、正直ありがたい、そんな風に考えながら、レニくんの鼻歌を奏でる横顔を眺めておりました。    


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