第16話 レニくんどっちなの!?
ミクちゃんは大人だ。落ち着いているし、俺を襲ったりしないし、安心感がある。
だけど大人ぶっているだけじゃないのかと疑うときもある。
魔獣や魔族を倒しているときに、木の陰に隠れてガタガタ震えて怯えているときとか。
やたらとキスの受け方が上手いくせにキスを迫ると顔を真っ赤にして逃げ回るところとか。
俺と同じでミクちゃんだって全然まだまだガキなんじゃねぇの。
超寂しがり屋だし、いつも俺のそばに居たがっていること、自覚してないよね。
そんな風に思ってたりすると、不意に大人びた表情で俺のことが心配で目が離せない、とか保護者にでもなったつもりかよ、と思うようなつまらないことを言ったり。
かと思えば、目の前に世界で一番美味しい料理が出来立ての湯気を立ち昇らせながら並んでいるっていうのに、ずっと俺の顔を見て目を逸らさずに。
私だってずっと四六時中俺のこと見ていたい、なんてさ、そりゃ他の女の子と同じことミクちゃんも思ってたって別に構わないよ。
結局はミクちゃんも俺の顔やスタイルは好きなんだろう。
時々、俺に見惚れている発言はしていたし、初めて知ったわけじゃない。
だけど、なんだかな、くそ、ムカつくようで、ムカつき切れない。
キスを受け入れてくれたのも、俺をわかったような言葉で迎えに来てくれるのも、俺の外見を気に入っているからなんて、他の女と変わらない理由なんだとしても、なんでだか突き放せない。
それどころか、俺の言葉が嬉しかった、幸せだったと聞いて、柄にもなく俺も嬉しくなって幸せになったりして。
もう頭の中がぐちゃぐちゃだ。腹の中が甘いものと苦いものでむかむかするような吐きそうな、それでいて満たされているような変な感じで、なんだかもうこのまま自分が変なものに変わっていく前に壊してしまいたい気分だ。
ただ俺は時おり訪れる恐怖感や不安感を消し去るために、大人ぶっっている単なる虚勢だろうがミクちゃんの安心感が欲しいだけなんだ。
ああ、早くミクちゃんと深く繋がりたい。ピアスみたいに、くっついたまま離れないように深くまで繋がりたい。俺の中身に興味がなくたってどうでもいいんだよ。
そうしたら、夜も眠れるのかな。
そうしたら、目が覚めても怖くないのかな。
夜中に起きて、ミクちゃんが隣で寝ているのを確認して、呼吸を整えなくても、眠れるように。
何度も何度も、ミクちゃんを襲いそうになって、自分の体の見えない場所に痣を作るのも、もう痛くて苦しくて寂しくて血にまみれたゴミまで吐きそうだ。
でもさ、ミクちゃん、さっき、肉体と繋がるのは良いことだって教えてくれたよね。
朝は嘘をつくのはいけないことだと教えてくれた。ミクちゃんは嘘をつかない。
本音はわかるけど、建前はよくわからない。そんな難しいことは全然わからない。
だから、嘘つきはいけないことだということは理解した。
いけないことをしなければミクちゃんはシスターなんだから許してくれるんだろう。
顔とか、聖剣とか、そういう付属品じゃなくて、俺を、俺のぐちゃぐちゃの汚くてゴミみたいな中身を見て、それでも俺を見ていたいなんて、いうはずない、俺の中身に興味なんて──
☆☆☆
「本当に何から何までこんなところにまで来て頂いた上に、何度もお助けくださり、ありがとうございます!」
私は騎士様に深々と頭を下げて感謝の気持ちを伝えました。
「いえ、礼を言うのはこちらの方です。どうか顔を上げてくださいシスター様。あなたのおかげでオレは目が覚めました」
とてもじゃありませんが顔なんて上げられませんよ。だって私、この方を蹴り飛ばして逃げ出した女ですから。
とはいえ、騎士様が門前に現れてからというもの、衛兵さんも門番さんも態度が一変しまして、非常に丁寧な対応で、頭に針山の乗っかる少女も街の中へ入れてもらえるようになったのです。
東の王国というのはこの世界でたった一つ残された人類の国家でもあります。
そこの王室騎士団の方たちというのは、ほとんどが貴族様で構成されておりまして、身分的にはこちらの街の領主様とさほど変わりないのです。
さらにアクセル様がわざと威厳をひけらかして暴徒と化していた衛兵さんと門番さんたちを鎮めるために身分を明かしてくださったのですが、ロスバレット家は代々公爵の家系らしく、王族との繋がりも深く、実際に大おばさまは先代の国王様のお妃様だったそうです。
そんなわけで、孤児として修道院に入り、貴族様のノブレスオブリージュによって知識を蓄えてシスターになった私はアクセル様の靴底を舐めて然るべき底辺の存在で御座います。
「ねぇ、こいつ誰? 俺、国王にミクちゃん以外誰も寄越すなって言ったよね? ぶっ殺していいやつ?」
「いけませんよレニくん! 旅は困難が予想されます! 今もレニくんの腕にぶら下がるその少女を救うためだけにとても苦労したじゃないですか! 人生は助け合いです! 騎士さんには助けて頂いたので私たちも恩返しをするべきです!」
レニくんは片腕にぶらーんとぶら下がる少女を見て困ったように眉を下げました。
「あんまりくっつくなよ、動きづらい」
「勇者様、先ほどはお助けいただきありがとうございました。わたしは鉄の村のフィアと申します」
「俺が助けたわけじゃないだろ。街に入れたのは、あっち。あの銀髪で俺のミクちゃんと親しげに話しているアクセルって男のおかげ。あっちにぶら下がってくれない?」
ニコニコとフィアさんにアクセル様をおすすめしているレニくんですが、フィアさんはちらっとアクセル様を一瞥した後、深く頷き、瞳にハートを浮かばせてうっとりとレニくんの美貌をロックオンしておりました。
「勇者様はとても強くて美しく、わたしを真っ先に助けてくださった優しいお心は誰よりも素晴らしいと思います! わたしは感動しました!」
まぁ、レニくんが絶賛されております。これはもしかして、良い出会いに繋がるかもしれません。
確かにレニくんはフィアさんを純粋に助けようとしていましたし、その心はとてもお優しいのです。
そこに気付いてくれたところはポイント高いですよ。人間顔だけではありません。
しかし、その言葉を聞いたレニくんは凍り付いて息の根を止めた害虫を見るような冷たい眼差しで薄く笑みを浮かべておりました。
「お前が感動しているのは、俺という便利な強者と繋がりを持てたことに関する己の幸運にだろ。必死で自分の価値を俺に売り込もうと体すり寄せてるけどさ、その安い体、興味ねぇし、邪魔なだけなんだわ」
あ、あんまりな物言いに私の口が開いて塞がりません。フィアさんも唖然としていらっしゃいましたが、目のハートは消えてもガッツは生き残っていたようです。
「あ、あはは、勇者様かっこいいです~! 女の色気じゃコロっといかないところも素敵♡」
「色気? 媚び売るしか脳がねぇ、本当に色気で俺を動かしたかったら脱げば?」
「お待ちくださいレニくん! どうしてせっかくお助けしたフィアさんにそこまで当たりが強いのですか!?」
私がたまらずレニくんの背中のジャケットを引っ張ると、態度が一変。振り返ったレニくんの表情はまるで水晶に閉じ込められた花園を見つめるかのような彩の中に透明な輝きを放つ、美しさと切なさを胸に訴えかける微笑みを浮かべておりました。
「俺が助けちゃったからだよ。こいつが良い奴か悪い奴か、判断がついていないのにミクちゃんと関わらせるのは危険だから、害虫なら殺すと最初に忠告しておかないとマズいでしょ」
「そ、そんな、それは、レニくんだけが背負う責任ではありません」
ですが、レニくんはフィアさんの腕を振り払い、体ごと私に向き直ると、私の顔を引き寄せて、一瞬だけ私のまぶたにキスを落としていきました。
そして、私だけに聞こえるように、耳元で甘い罠のように囁くのです。
「大丈夫。ミクちゃんが見たくないものは、その目に映らないように俺が消してあげる」
そんなことを望んでいるわけではありません。そんなことをレニくんにさせたくもありません。
だけど、きっと今までレニくんが生きてきた世界では、レニくんの見たくないもので溢れかえっていて、誰も消してはくれず、目に映る世界の残酷さに心を閉ざしてきたのでしょう。
「何も心配いらないよ。洗濯は苦手だけど、ゴミ捨てと掃除は得意なんだ」
私の顔からレニくんの少しだけ温度の低い指先が離れていく。レニくんが行ってしまう。
「レニくん!」
気付けば、離された指先を掴んでおりました。
「ミクちゃん……?」
何をお伝えすればいいのか正直わかりません。私にはまだ、レニくんがどんな人生を歩んで、どんな生活を送り、何を思い、何を感じてきたのか、すべてを知るための時間が足りないのです。
それでも、レニくんと出逢い、レニくんと過ごし、今いえる言葉ならあると思いました。
「私はレニくんを見ていたいです。どんなときも、どんなお姿も、どこにいても」
真摯にお伝えしたつもりです。レニくんはじっと私の瞳を探るように覗き込んでおりましたが、やがてため息にも似た長い息を吐き出すと、頭をかいて困ったように笑いました。
「人が親切にいってやってんのにさぁ、ミクちゃん、結構わがままだよね」
「だいぶわがままです。フィアさんを警戒するのでしたら、優しく面倒を見てあげてほしいのです。私が代わりたいくらいですけど、双方から恨まれそうなので自重します」
フィアさんからは先ほどから嫉妬のこもった熱い視線を送られているのです。
肩をすくめたレニくんからは、「へいへい」と投げやりな返事が返ってきましたが、最後にキュッと私の手を握り返してくれた指先は優しかったです。
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