二章

第12話 旅の始まり


 ミクちゃんは綺麗だ。子供のころに見た磨き上げられたつるつるでピカピカの飴玉が太陽の光を浴びて色とりどりの光を反射しながら窓辺に虹を作っていたあの日の光景より綺麗だ。


 出逢いは俺の大切なお守りを拾ってくれたことだった。


 俺はとっても臆病だから体中にお守りをぶら下げたり、描いたりしているのだけど、たまに嫌な奴らが俺をからかうために外そうとするんだ。


 耳と唇のピアスは外れやすくて、とっても危険。だけど、ミクちゃんは、ばい菌の方が危険ですよ、といって毎日定期的にすべて外して消毒してくれる。


 前は外れているだけで怖かったのに、ミクちゃんのお掃除の時間はじっと良い子で待てるようになった。


 お掃除の時間はミクちゃんが膝枕をしてくれるからだ。

 俺はミクちゃんと繋がっていたい。ピアスみたいに、物理的に繋がれたらいいんだけど。

 ミクちゃんはピアスだけじゃなくて、俺の耳も唇も丁寧にお掃除してくれる。


 下から見上げるミクちゃんの真剣な表情と、ふと目が合ったときの微笑んだ表情が綺麗だった。


 舌の中もお掃除して、と頼んだら、顔を真っ赤にして、唾液に殺菌作用がありますから大丈夫ですっていうんだけど、だからしてほしいことはどうして伝わらないんだろう。


 かまととぶっている、とはまた違う。経験が浅くて単に恥ずかしがり屋なのはわかる。


 ただ、ミクちゃんを見ていると、精一杯、背伸びして頑張っていますって感じがありありと伝わってきて、俺以上に危なっかしい子供に思えたりもする。


 あんなキスをされたら、放っておけなくなるよ。


 しっかり者で、正義感強くて、俺のことも守ってくれるお姉さんなのかと思いきや、あのとき、俺から逃げないか確かめたとき、ミクちゃんは全身で俺のこと求めてた。


 たぶん、普段は気を張っていられるくらいの余裕はあるんだろう。


 だけど、キスは未経験で、快感も伴うから、ミクちゃんに余裕がなくて本心が出たんだと思う。


 俺は自分で自覚しているくらい超寂しがり屋だけど、ミクちゃんも超寂しがり屋なんだと、あのキスで肌で感じ取ってしまった。


 そりゃ放っておけないよ。涙目で俺のことしっかり掴んで離さなくて、自分じゃ気付いていないんだろうけど、行かないでってミクちゃんの瞳は俺に訴えかけてた。


 正直、求められることは嬉しい。だから、俺としてはまたいつでもキスしてあげたい。


 でも、なかなかさせてくれない。羞恥心とロザリオうざい。綺麗なミクちゃんといっぱいキスすれば俺の中のゴミも浄化されそうな気がする。


 俺が綺麗になればミクちゃんと繋がれる、そんな気がする。


 ミクちゃんは理由があればキスさせてくれそうだから、とりあえず当面は理由を探そうかな。


 馬車を走らせながら、そんなことを考えていたら、闇の気配が強くなってきた。

 理由を作る良いチャンスかもしれない。ミクちゃんは全然気付いていなくて、ずっと隣で俺と馬たちの元気が出るお祈りを捧げてくれている。


 きっと馬は行きたくないだろうけど、ミクちゃんの無邪気なお祈りのおかげで無駄に元気があるから鞭を打てば走るだろう。

 魔族と魔獣の集団が待ち構えている、ここいら一帯の狩場へと──



☆☆☆

 メキメキと骨の軋む音がしたかと思うと、ブシャッ! と、脳漿を破裂させて魔族の一体が絶命致しました。


 レニくんの足元には拳で心臓を潰した魔獣が三体転がっております。


 馬車の周りにはレニくんが足蹴りで頭蓋骨を卵の殻のようにバラバラに砕いた人型の魔族が五体分転がっておりました。


 美味しそうな赤い果実の実る木の陰に隠れていた私は全身をガクガクブルブルと震わせながら、その光景を眺めておりました。


(な、なぜ武力!? 勇者様なのにすべて物理でキル!? 聖剣の存在意義!!)


 頭の中ではツッコミがやみません。怖いので言葉には出しませんが。


「ミクちゃーん、今のが親玉だったみたーい」


 ハッと顔を上げて辺りを見渡せば、高まっていた闇の魔力の気配が消えております。


「レニくん! 今浄化致します!」


 ガクガクと足は生まれたての小鹿のように、まだ震えておりましたが、何もない土に足をつっかけながらもレニくんのところへ駆け寄るとロザリオをかざして祈りを捧げます。


 魔族たちの返り血を大量に浴びていたレニくんですが、清涼な風と水のシャワーで洗い流されて、衣服も肌も洗いたての清潔さを取り戻しました。


 レニくんの異常な力もレベルアップによって高まった気がしますが、私の浄化作用や治癒の能力もレベルアップによって効果や効力が高まっております。


「ガチでミクちゃん便利! 風呂屋もクリーニング屋もいらないよね!」


 アメジストの瞳をキラキラと輝かせて喜ぶレニくんは子供のように可愛いです。


 私は、ガチで勇者様恐怖! 前衛も後衛も武器すらいらないですよね! とは思ってても言えないですけど。


 そんなレニくんは旅立ってからというもの、抱きつきやすいのか、私の体を後ろから抱きしめて耳元でおねだりする技を覚えました。


「ねぇ、ミ~クちゃ~ん、ふぅ~♪」


「ひゃああん! 耳に息を吹きかけてはいけません!」


「やぁだ~、ミクちゃん可愛いもん」


 何度言っても私の弱すぎる耳を狙ってくる困ったちゃんです。


「俺、良い子に魔族退治出来たよね? ミクちゃん、ご褒美くれるよね?」


 さっと私はロザリオを取り出して唇をガードしました。


 後ろからとてつもなく不満そうなレニくんの獣のような唸り声が聞こえます。


「……ねぇ、もしかして、教会のシスターって、神とエッチするの?」


 最近気づいたのですが、レニくんの話題はともかく、発想は五歳児と変わりません。


「しませんよ。神様は世界のすべての皆様にあまねく降り注ぐ超概念ですから」


 私はというと、脳みそが五歳児のレニくんを再教育するべく超現実的思考で育て上げています。


「……ミクちゃんさぁ、よくお祈りの力発動できるよねぇ。シスターがそういうこと言っちゃっていいの?」


「私にとって神の言葉とは生きるために読み解く術に過ぎません。いいですかレニくん、清く美しく生きることは素晴らしい。ですが、綺麗ごとだけで生きていくのは難しいのです」


 するりと抱きしめる腕を解いたレニくんは、私の腕を引いて真正面から、真っ直ぐに私の話を聞いていました。


「欲望という本音も大切にして生きていきましょう。ですが、すべてを明かす必要はありません。隠したい気持ちは建前で上手く誤魔化すのです。大切なのは自分の心にだけは嘘をつかないことですよ」


 じーっと私の瞳を見つめるレニくんの瞳は夏の夜空のように高くて遠い星のきらめきがいくつも降るようで、思わずその美しさに吸い込まれてしまいました。

 まるで夜空のように視界に影が重なり、チュッとリップ音が鳴って我に返りました。


「あ……!」


「えへへ、ミクちゃん、隙あり♪」


 いたずらっ子の笑みを浮かべるレニくんは、真剣に話を聞いていると見せかけて、私の唇をあっさりと奪っていったのです。


(吸引力っ!!)


 やられました。うっかり瞳の吸引力(?)に魅入られてしまい、ガードが追いつかなかったです。


「いけませんよレニくん! キスは好きな女の子とするものですよ!」


「ミクちゃん好きだよ?」


「その好きは、お隣のおねえちゃん好きだよ、の好きと変わらないので無効です」


「じゃあ、どういう好きになればミクちゃんとエッチ出来るの?」


 正解を教えるわけにはいかない問題が来ることもあるのですね。


「私は除外して考えましょう。レニくんにはきっと素敵な女性が現れるはずです」


「何そいつ誰? ミクちゃんとのエッチを邪魔するなら殺してくるけど」


 いけません。五歳児の脳みそにオーバーキルが備わっております。止めなければ。


「レニくん、ハニートーストとカリカリベーコンにポーチドエッグはいかがですか? たくさんお仕事してくださったのでお腹が空いたでしょう」


 素直なレニくんのお腹がぐぅ~と可愛い音を鳴らしました。


「少し馬車で移動しましょうね。水辺の近くに行けるといいのですけど」


「すぐ行く! 俺が連れてく!」


 上手く話を逸らせました。やはり、レニくんの脳みそは性欲、食欲、睡眠欲の三大欲求で満たされた大きな五歳児なのでしょう。


 ちなみに本来の五歳児の性欲とは排泄欲のことです。おしっこしたい、ぞうさん見せたい。


 魔族というかレニくんの圧倒的武力のポテンシャルに怯えていらしたお馬さんも祈りの力で鎮めて差し上げて、馬車は静かに水辺へと向かっていきます。

 御者はレニくんにお任せしておりますので、私は隣で中央大陸の地図を広げております。


「レニくんのおかげで魔族の棲み処となっていた森も三つ越えましたし、もうそろそろ最初の街へ入れそうですね」


「レモンのソーダ水飲みたい」


「そうですよね。レモンは持ち運べますが、さすがに炭酸水は持ち運べませんから、街についたら、たくさん飲んでおくといいですよ」


 レニくんは普段から炭酸水を好んで飲まれているようです。

 理由も可愛くて、アルコールが飲めないのでビールの代わりに炭酸水を好むようになったのだとか。


 不幸中の幸いといいますか、レニくんはグレちゃった時期が10歳と早かったので、お酒と煙草は大人になってから、という一般常識だけは他のお連れ様も守ってくれていたようです。


 性教育については誰も守らなかった点については、レニくんの持って生まれた美貌が悪い作用を引き起こした結果でしょうね。


 ですがレニくんはまだ17歳です。十分、今からでも素敵な恋愛を体験できます。

 私は全力でレニくんの幸せを応援したいと思っております。


 ひよこのすり込みのように、近くにいることでうっかり私が恋愛相手だと勘違いする前に、事前に太いくぎを打っておく必要があるでしょう。

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