第11話 君を確かめたい *背後注意*

「──ねぇ、ミクちゃん。俺をこれ以上、一人きりで放って置かないでよ」


 泣きそうな顔を見てしまったら、拒絶の言葉なんて出てこなくて。


「わざわざ俺を迎えに来たってことは、ミクちゃんは他のやつと違って逃げないってことを確かめさせてくれるんだよね?」


 そうでした。レニくんのこれは単なるいたずらではなく、逃げ出した卑怯者たちとの違いを確認するためのいわば通過儀礼。


「わかりました! キ、キス……ですよね?」


「さすがに、それ以上はベッドのないところだとミクちゃんに怒られそうだし」


「一応言っておきますけど、ここもロケーション最悪ですからね! 私キスだって二回目だし、ファーストキスもここでしたし!」


「それってワンチャン、ベッドなくても怒られないの?」


「良い方に受け取らないでください! キス以上は絶対にダメです!」


 ちぇー、と子供のように不貞腐れるレニくんは不覚にも可愛すぎました。


 でも、私の顎を持ち上げて慣れたように口づけをするレニくんはやっぱり可愛くないです。


 じっくりと落ち着いて唇を受け入れてしまうと、レニくんのしっとりとした唇のやわらかさとか、リップピアスの金属的な冷たさとか、リアルに感じられて、胸がドキドキとうるさく鳴り響いています。


 ちょっと長くないですか。確認作業とは一体なんの確認なのか今さらながら考えていると、


「ん、ふぅっ!? んんっ」


 し、舌ぁ!? 舌入ってきましたよ!? そ、そりゃまぁ確かにこちらもキスに含まれるでしょうし、キス以上ではないでしょうけど、ふわわわわわ、ねっとりとした舌が私の舌の裏をなぞって、腰の付け根がぞわわわわと電気が走ったかのような感覚が走り抜けていき、もう立っていられないと思ったら、がっしり腰を掴まれて、退路を断つことにも抜け目のない仕草とか! 


 もう10歳のあどけなさとか海に投げたに違いないレニくんは、仕上げとばかりに私の舌を吸い取るように絡めとりながら、黒い鋲のピアスの冷たさと鋭利さで絶え間なく刺激を与え続け、ぴちゃぴちゃと水音が耳まで責め立てる羞恥に私は完全にノックアウト。


 ビリビリと脳が焼け切れるような感覚に溺れて、途中から意識はエデンの階段を上り始め、酸素を求めるようにレニくんのことを必死に求めていたのだと気付いたのは、顔を離されたときに、レニくんの手を強く握りしめて、片手はジャケットを掴んでレニくんの体を引っ張り寄せていた自分の体勢に気付いたときでした。


 お恥ずかしながら、口からはまだ唾液が糸を引いており、羞恥で真っ赤な顔はレニくんのアメジストの瞳から目が離せませんでした。


 レニさんも、私と似たような表情で私の顔を見つめていたのですが、だんだん、疑惑に満ちたような表情に変わっていきます。


「はぁ、はぁ、あ、あの、逃げないと、おわかりいただけましたでしょうか?」


 じーっとレニくんは私の顔を見て、首を傾げると、なぜかまた唇を寄せてきたので今度はロザリオでガードしました。


「な、なんですか!? ご確認は済んだでしょう!?」


「おかしいよ。ミクちゃん、初めてなのになんでそんなエロい顔できんの? キスの受け入れ方が上手すぎる。俺以外のやつとキスしたの?」


 なんて恥ずかしい誤解なんですか!


「レニくん以外とキスの経験があるわけないでしょう! 私は修道院育ちですよ! 昨日がファーストキスだと言ったじゃないですか!」


「だって、すごく良かった。こんなに気持ち良かったのなんて初めてだ。ミクちゃん、なんか魔法使ったの?」


「どんな魔法ですか!? あっても修道院で教えるはずありません!!」


 まだまだレニさんは疑うようにじーっと私の瞳を覗き込んでくるのです。

 勘弁してください。これでも持てる勇気を総動員して頑張ったのに……!


「てかさ、ガチでミクちゃん光ってるよね? 俺も若干光ってるよね? ホタル?」


「え?」


 あれ、そういえばレニくんの輝きが増しているなと思ったら、これは物理的にほのかな光をお互いに纏っていますね。


 私はまさかと思い、口に出しました。


「ステータスオープン!」


 目の前にステータスウインドウという私たちの能力を数値化したグラフが出てきます。


 個人情報も軽く載っておりまして、例えば私の【ミク】という名前の横に【年齢;19歳】というように偽れない身分証代わりにもなっております。


「ああ! レベルが上がっております!」


 私はレベルが記載された箇所を指差して叫びました。横からレニくんも覗き込んで確認しております。


「ミクちゃんは基礎レベル3なんだな。でもなにこれ? 聖女補正レベル+3。んで、合計6レベル?」


 今、レニくんが口に出したようにステータス画面にはそのように記載されているんです。


「レニくん! レニくんもステータス画面を出してください!」


「なんで? いいけど、ステータスオープン」


 私は勢いよく目を走らせてレニくんのステータスを確認いたしました。


「やっぱり……! そうか、そうだったんだ……! 真の勇者はレニくんだったんですよ!!」


「おお、俺もレベルが上がってる。相変わらず基礎レべはゼロの雑魚。でも、勇者補正レベル+3ってのが付いてる。合計3レベルだって。ねぇねぇ、ミクちゃん、これなに?」


 私は自分の魔宝珠ジュエルロザリオが持つ『勇者様と聖女の相互補正』の能力についてレニくんに説明いたしました。


「ふんふん、つまり、お互いに精神的に成長していれば相互作用でドーンとお互いにレベルアップができる」


「はい! 今の状態ですね! 一気に3レベルも上がるなんて凄いですよ!」


 私は両手をぶんぶんと上下に振って喜びが隠せません。


「でもですね、そこが重要なのではなくて! 私の能力はと聖女の素質がある者にしか反応しないということです!」


 しかし、レニくんはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべております。


「でも、もっと重要なのは片方が怠け者でも、片方が頑張ってれば、やっぱり相互作用でお互いにレベルアップするってことだよね?」


「う……そ、その通りですけど、私も頑張りますので、レニくんも頑張りましょう!」


「やだぁ、俺、頑張るのとか嫌いだもん」


 まぁ、そんな感じですよね。頑張ってヤンキーやってます、ってあまり聞かないですし。


「でも、旅には行くよ。ミクちゃんの美味しさの秘密を旅の途中で確かめよう」


「え?」


 顔を上げると、レニくんの子供のように無邪気な笑顔がありました。


「ミクちゃんは俺が行かなくても一人で勇者じゃなかった方の救出の旅に行っちゃうもん。だから俺は、ミクちゃんともっとキスしたいし、ミクちゃんのこと全部欲しいからついて行く」


「ええ!?」


 ついて来てくださるのはとても嬉しいのですが、そういう理由なんですか!?


「じゃ、行こっか、ミクちゃん」


 無垢で無邪気な笑顔で手を差し出してくるレニくんは、確かに年相応の少年に思えてきました。


 手を握り返した私は、ようやく掴めたレニくんのやわらかい手を温もりで包めたのです。


「レニくん、私は自分の命の灯が消えるその瞬間までレニくんの隣で祈りを捧げ続けます」


「うん」


 私の歩幅に合わせて歩いてくれるレニくんは、嬉しそうに繋いだ手を振りながら私の話に耳を傾けてくれました。


「レニくんがピンチのときは、この身を盾にしてでもレニくんを最後までお守りします」


「うん」


 朗らかな天気に合わせるように、青い空と白い雲に言葉を弾きだして、人々の営みの匂いが乗っかる風を切って足を前へ進ませると、隣の長い足も追いついて、追い越していく。


 これからはこうして二人で旅をするんだろう。

 それはなんだか昔から続いていた懐かしい遊びのように、体に馴染む行進でした。


「そして私は、何があっても絶対に、レニくんを置いて逃げたりしないと誓います」


「待って。それはちょっと訂正して」


「どうしてですか?」


「逃げない、じゃなくて、何があっても俺を置いて離れないって誓って」


「なにか違うんですか?」


「全然違う」


 レニくんがそういうのでしたら、きっと何かが違うのでしょうね。


「わかりました。私は何があってもレニくんを置いて離れたりしないと誓います」


 そういうと、レニくんはピタリと足を止めて、また私の腰を抱き寄せます。


「レニくん?」


「つ~かま~えた♪」


 ニコニコと笑みを浮かべるレニくんは本当に嬉しそうで楽しそうなのですが、若干、黒い闇を纏っているのはなぜでしょうか。


 しかし、すぐにその理由は判明しました。

 私たちは王城へと戻り、レニくんは7年ぶりに国王様と謁見したのですが、


「聞いてください! いえステータス画面を見て頂ければわかります! レニくんが真の勇者様だったんですよ! ほら、レベルアップしていますし! 装備品のところにもちゃんと聖剣って書いてあります!!」


「んなあああああんとおおお!!! おおおお真の勇者よおお!! わしもお前じゃと思っとったぞ!! ようやく旅立つときが来たのだな!!」


「なにしれっと最初から始めようとしてんだよ。俺は一度行っただろ。んで、勇者じゃない方のイライアスが行方不明なんだろ」


「じゃって勇者よ、最初からその舌ピアスが装備品のところに聖剣って自己アピールしといてくれればわしじゃって、わしじゃって……」


 国王様は瞳にうるうると涙をためて泣き出しそうです。


「レニくん、国王様をいじめちゃかわいそうですよ。舌ピアスさんはレベルが上がったので聖剣としての能力に目覚め、正式に装備品の欄に聖剣と名称が載ったのでしょう」


「勇者よおおおお!! 今度こそ優秀な人材をかき集め!」


「いらない。ミクちゃん以外、誰もいらない。寄越したら殺すから。金だけ出して」


「い、いや、しかし、」


「じゃあ魔王倒さない。ミクちゃん連れて移住する。バイバイ」


「わわわかったあああ!!! 金は出す!! 望みのものは出すから魔王を倒してくれ!!」


 こうして、馬車に食料と金貨を詰めるだけ詰め込んで、本当に二人だけの旅立ちとなりました。


「あ、あのな、こんなこと頼む義理もないんじゃが、もし旅の途中でイライアスを見つけたら、助けてこっちに帰してやってくれるかの?」


 人の良い国王様のお頼みでしたら当然お助けしなければいけませんね。


「早く見つけてあげましょうね」


「見つけても乗せる場所はないからね」


 当然、馬車を操る御者さんの姿もありません。


「二人っきりだね、ミクちゃん♪ これからはミクちゃんの望み通りにいっぱい、めいっぱい、お互いを分かり合おうね♪」


 中央大陸を走り出した馬車はレニくんの操縦によってけもの道を爆走していきます。


「寝るときも一緒。お風呂も一緒。ずっと一緒。離れないでね、ミクちゃん」


 離さないのではなく、誓った手前、私が自主的に離れないのです……。


「もしも、そばから居無くなったら俺、今度は失望したり諦めたりしないでミクちゃんを全部食べようと思うんだ。骨の髄まで」


 その手に持っているのはフォークでしょうか、ナイフでしょうか。


「レニくん、私、骨までは美味しくないと思うんです……」


「大丈夫だよ。全部舐め尽くしてあげるから。当然、そのやわらかい皮膚の上から」


 あああああ貞操の危機です! なぜあのとき軽々しく誓ってしまったのでしょうか!


 離れたら罰として、離れなかったら合意とみなされるに決まっています!


 勇者様御一行救出作戦改め魔王討伐の旅の第一目標が決まりました。

 ぶっ壊れたレニくんのインモラルをクリーンに再生することです。


 魔王を退治して世界を再生するその前に──







☆☆☆

ここまでお付き合いいただきありがとうございます。

ごちシスもようやく一章終了です。

次回より新キャラも交えた二章突入です!


ちなみに、ごちシス第一部は五章構成です。

最後まで楽しんでいただけると嬉しいです( *´艸`)


また本作はカクヨムコンに参加しております。

少しでも面白いと感じましたらハートや星や作品へのフォローで応援していただけると嬉しいです!

よろしくお願いいたします。


 

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