第10話 7年前の真実
こういうとき、毎回頼りにしてしまうのは銀髪イケメンの騎士さんです。
昨夜も騎士さんは外壁に向かうために王室騎士団のみなさんを説得してくれていたようなのですが、なかなか他の部隊の隊長さんと意見が合わず、結局朝になって様子を見に行ってくれたみたいですが、私が仮の状態ですが結界魔法を張っていたので、見張りの騎士を置くことに騎士団は決められたようです。
そんな感じで朝までバタバタとしており、私もさすがに眠かったので、王城に戻ってからはシャワーを浴びて仮眠を取らせていただきました。
仮眠というかぐっすりと6時間寝ておりました。起きたらもうお昼です。
支度を済ませた私は意気揚々と騎士さんの元へ訪ねようとしましたが、その前に騎士さんの方から昨夜は力になれなくてすまなかったと部屋に謝罪しにわざわざ訪れてきてくれたのです。
こういうところは本当に丁寧で親切な方ですよね。ですので、私はお借りしている客室の中へ騎士さんを招き入れると、しっかり昨夜の弱みに付け入りました。
「騎士様、私は真実が知りたいのです。七年前、王室騎士団の騎士の方々の三部隊は確実に出立致しましたよね? でも、今帰ってきてますよね? レニくんも帰ってきておりますが、昨晩、私が外壁の向こう側で魔獣を眠らせているとき、たった一人駆けつけてくださったのはレニくんだったのです」
この意味がお分かりですよね、といわんばかりに瞳に力を込めて騎士様に私はにじり寄ります。
「現実に魔獣を退治してくださったのはレニくんです。かと思いきや、深夜で集められる小人数では心許ないと動かない騎士団の方々は、旅でもお役に立ったのでしょうか? 私は人から伝え聞いた話よりも、自分の目と耳を信じるタイプです。ですので、この話、裏がありますよね?」
窓際まで追い詰められた騎士様は、目を泳がせておられましたが、私が一切視線を外さずに立ち向かうと観念したように項垂れました。
「……悪かった。実は、レニから口止めされていたんだ」
「レニくんからですか!?」
それには驚きました。てっきり悪い大人の陰謀だと疑っておりました。
騎士様は、とても綺麗な青い瞳を窓の外へ向けて、「本当に、ひどい話だから……」と、苦しそうに眉をひそめたのです。
「国王様は勇者が発現させた
私は黙って聞いておりました。これは修道院で学んだことです。
話の腰を折ると罪人もへそを曲げます。怒りは話をすべて聞き終えてから。それまではじっと耐えましょう。
「勇者候補一行は中央大陸まで足を運んだ。しかし、そこに運の悪いことに魔族の群れと親玉が現れたんだ。魔獣の数も多かったらしく、気付いたときには四方を取り囲まれ、陣形の外側にいたものから食われた」
それはもう凄惨な光景が目の前に広がったことでしょう。子供だったレニくんはどれほど恐ろしい思いをしたことか、想像しただけで胸が張り裂けそうです。
「武力の最も高いモンクが魔族に立ち向かったが、あっさりと腕を折られ、その者は戦意喪失すると一目散に逃げだした。それが、良くなかった。攻勢魔法は既に撃ち尽くした後。討伐メンバーにとって最後の拠り所が武力による反撃だったのだ。それが無効だとわかった途端に陣形は崩れ、我先にとメンバーたちは次々に逃げ出した」
私はその光景をただ想像して小さな背中を見つめようと必死に目を凝らし、涙をこぼして声を震わせました。
「っ、レニ、くんは、どう、どうなされたのですかっ? 戦場に! お一人でっ!!」
「落ち着いてください、シスター様。ご存じの通り、レニは無事です。あの者の力は本物なのです」
「無事なものですか!! 心はズタズタに引き裂かれたでしょう!! なぜ誰一人としてレニくんを! 小さなレニくんの手を引いて帰って差し上げなかったのですか!!」
私の涙を拭う騎士さんの優しい指先の一つでも、あの日のレニくんに届いていたならば。
「魔族によって部隊は二分割されてしまったんだ。もう一人の勇者候補イライアスは自分が勇者だと信じて疑わず、少数精鋭の部隊を自ら選び出すと、レニを置いて先行してしまっていた」
「つまり、イライアス様はこの事態を知らないのですね?」
騎士様は頷きました。私もようやく勇者様御一行の人数の少なさに納得がいきました。
「逃げ帰った者は、国王にこう告げました。片方の勇者候補が殺されたので仕方なく帰って来たのだと。そう言い訳をすれば、無罪放免だとわかっていたからです」
言い訳に使うために10歳の子供を見殺しですか。神様、呪わせてください。末代まで。
「しかし、レニはその後、無傷であっさりと帰ってきました。理由は当然、どこに向かえばいいのかわからないし、思ったより旅は面白くないから、もう出たくないというものです」
姑息な大人たちを責めなかったのですね。神様、祝福を差し上げてください。来来来世まで。
「逃げ帰った者は勇者候補が逃げていいと盾になってくれたんだと英雄譚にすり替えましたが、呆れたのは国王のみならず10歳のレニもですよ。こんな話を広めてほしくない。変な同情も欲しくないし、哀れみもいらない。勧誘したいなら好きにすればいいけど、この話を持ち出すなら絶対に行かない、と言われてしまったんだ」
ここまで話を聞けばもう十分です。早速レニくんのところへ突っ走りたい衝動をこらえて、私はロックに騎士さんのすねを蹴り上げました。
「いでぇっ!!」
「臆病者への罰です!! レニくんのことも魔族や魔獣のことも、ご自身の力で確かめようとせず、諦めるなんて、逃げ帰った卑怯者と変わりませんよ!!」
私は言い終えると、客室から脱兎のごとく逃げ出しました。
完全に言い逃げです。蹴り逃げです。しかし、これもロックです。
さて、王城から飛び出して、どう考えてもロックじゃない方のレニくんを探します。
ですが、なんとなく居場所はわかっておりました。
昨日の昼間に訪れた路地裏に足を運ぶと、先輩シスターさんのお一人と仲睦まじく腕を組んで胸を押し付けられている、レニくんのいかがわしい光景が目に入ります。
「ねぇレニ様ぁ~、あたしと付き合ってよぉ♡ その全身に広がる蛇の呪いも、あたしがタダで治療してあげるからさぁ♪」
ずんずんと私の足は進み、べたべたとレニくんの胸をまさぐる先輩シスターさんの腕を掴み、引っ張りました。
「っきゃ、なに!?」
「この子はまだ17歳ですよ。安い嘘でレニくんを汚さないでください」
ぎろりと睨みつけられましたが、私も負けずにぎろりと睨み返し、悪霊を追い払うように先輩シスターさんの体をレニくんから遠ざけます。
「ミクちゃん……」
「レニくん、あなたは呪われてはいませんが、こんなところにいたら不健康になります。もっと明るい場所へ移動しましょう」
レニくんの手を繋ごうとすると、強い力で横から弾かれてしまいました。
「っいた」
「邪魔しないでよ! レニは蛇に呪われてるんだよ! その呪いの痣を解呪してあげるのは恋人になる私の役目なんだから!!」
まったく、これで私と同じ神職の人間だというのですから、まさしく世も末です。
シスターなんですから、呪いかどうかくらい見ればわかるでしょう。
「レニくんは呪われていませんよ。これは単なるタトゥーです。それに蛇ではありません。これは陰陽師のシンボルマークでもある太極図を模したものです。そして陰陽思想に五行思想を取り入れたものが五芒星。レニくんの体にはそのすべてを守るように星が描かれている。私には呪いではなく、レニくんを祝福しているように感じます」
ミクちゃんが赤くなった手をさすりながら、俺の体に入っているタトゥーの説明をしてくれたとき、またセピア色の古い記憶が浮かび上がって来た。
だけどそれは、不気味な泡のような思い出なんかじゃなくて、あの頃、楽しい思い出なんか一つも無かったような日々で唯一笑っていた時間。
母親が俺を男娼として売ろうとしてた前日の記憶だった。もう買い手も決まっていた。
だけど、風来坊なあの人は『これはお前の守り神だぜ』そういって、全身にタトゥーを入れてくれた。
ミクちゃんに言わせれば、風来坊なあの人にも、俺のタトゥーを理解してくれたミクちゃんにも、俺は祝福されているのだろう。
本当に守り神だったから。こんな傷ものはいらないと言われて、俺は売られずに済んだのだ。
今さらなんて境界線は俺が引いただけの臆病な線引きなんだ。
あの日も今も、もう俺はダメだな、なんて思ったときに、それまでは俺のことなんて忘れていたくせにさ、神様ってやつはいきなり俺を祝福してくれたりするんだ。
冷たく突き放されたら痛いよね。赤くなった手はジンジンと痺れて痛さで寂しくなる。
俺は二回もミクちゃんを突き放して、痛い思いをさせたのに、今度は俺を庇って痛い思いに耐えながら、それでもまた今日も、きっと何度でも、俺を迎えに来てくれると思えて、またちょっと俺は胸が痛くて苦しくて、寂しくないんだよ。
大切なお守りを拾ってくれた人が、俺を叱ってくれたり、体張って守ってくれたり、冷たく突き放しても、また叱りに現れてさ、笑って手を差し伸べて、明るい場所へ導いてくれて──
母親は風来坊のあの人を殴る蹴るで怒りまくったけど、あの人は逃げ回りながら俺に向かって『粋だろ』なんていって太陽のように明るく笑って見せて──
気が付けば、レニくんが声を出して笑っていました。
「っくっくっく、あはははははは!」
「レ、レニくん?」
「ちょっとぉ、レニ様どうしちゃったのぉ? いつものクールな方がかっこいいよぉ♡」
ひとしきり笑ったレニくんは妙にスッキリとした表情をしており、私の手を繋ぐと、昨夜のように私の腰を引き寄せて、あの黒い星型の鋲のピアスが貫通した舌を伸ばしました。
「邪魔だよ。今さらなんじゃなくて今からミクちゃんといいところなんだから、どっか行ってくんない? それとも、ラブラブなところ、最後まで見ていたいの?」
私はレニくんに引き寄せられているので、先輩シスターさんの表情は見えませんでしたが、かなり怒っていたのではないでしょうか。
速足で路地裏から出ていく足音が聞こえました。
「あの、レニくん?」
向き直ったレニくんは舌も引っこめて真剣な表情そのもので、なにやら私は追い詰められておりました。
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