第8話 ミクの思いとレニの思い
王城にたどり着くと馬車から飛び降りた私は、銀髪碧眼イケメン親切騎士様を探すために一目散に駆け出しました。
「シスターの姉ちゃん! 馬車は待機しておくからな!!」
「ありがとうございます!! すぐに戻ります!!」
おじさまにお礼を告げると王城へ足は一直線です。
今思えばあの丁寧で親切な騎士様に執務室の場所を聞いておいてよかったです。
しかし、階段を駆け上がると、そこには客室が優に百室は超えております!
王城というものを舐めておりました。しかし、ここまで来て諦めるわけには参りません。
私は深夜にも関わらず大声を張り上げながら、手前の扉から順番に拳でドンドンドンドン扉を叩き、騎士様に呼びかけて回りました。
「騎士様!! 緊急事態です!! 南の外壁が魔族によって襲撃を受けています!!」
廊下を回り、扉を叩き、何週廊下を回った頃でしょうか。
執務室にはいないのかと諦めかけたとき、一つの扉が開かれました。
「シスター様!? こんな夜更けにどうしたのですか!?」
なんという幸運でしょう。銀髪碧眼の騎士様が出てきてくださったのです。
「騎士様! 緊急事態です!! 南の外壁が現在魔族によって襲撃を受けております!! 今すぐ精鋭メンバーを集めて魔族の討伐に向かいましょう!!」
「い、いや、精鋭メンバーと言ってもな、敵の数と親玉がいるのかどうか、まずは状況を確かめてみないことには」
確かに、魔族は近くに親玉がいると力が増強し、凶暴性も増すと言われております。
「確かめている暇はありません! 確かめながら追い払うしかないのです!」
しかし、騎士様は何か思うところがあるのか、困ったように頭をかいてなかなか動いてくれません。
「騎士様!! 時間が無いのです!! 勇者様はここにはいらっしゃらないのです! ですが、外壁は! このままでは破壊されてしまいます!!」
「落ち着いてくれシスター様。聖女様の結界はそう簡単には破れたりはしない。問題なのは、今外壁に集まっているという魔族か魔獣たちに親玉となる存在がいるかどうかだ」
私は一刻も早く外壁を守りに行きたい気持ちを鎮めて、騎士様の話に耳を傾けました。
「シスター様も聞いたことがあると思うが、魔族や魔獣は近くに司令官となる親玉の存在があると力が増大して凶暴性も増す。隊長格のオレたちは中央大陸にも任務で向かうから戦闘に慣れているが、騎士の中には正直、夜間に集められる少数メンバーで向かうことに同意しない奴もいるだろう」
騎士様のおっしゃることはよく理解できました。
確かに王室騎士団のメンバーは総勢二千名を超えておりますし、中央大陸に向かうにしても、数の上で心許なさなどありませんよね。
「わかりました。無理にとはお願いできません。命に代わる輝きなどこの世にはありませんから」
私は踵を返すと馬車へ向かって駆け出します。
小さな背中を追いかけている気分でした。
無理も無茶も承知で送り出された10歳のレニくんは、命を大切にすることを許されたのでしょうか。
「ちょ、シスター様!! 隊長格だけでも集めますからお待ちください!!」
待てるはずがないでしょう。一刻も早く迎えに行かなければ、謝罪をしなければ、その手を引いて安全な塀の内側へと帰してあげなければ、私たちが許されるはずありません。
馬車に一人で戻った私におじさまは仰天していましたが、
「私が倒します!! 早く外壁の近くへと送ってください!!」
「へ、へい!!」
鬼気迫る私の気迫におじさまも閉口したみたいで、馬車は猛スピードで外壁へと戻っていきます。
私の武器も防具も胸に下げられたロザリオのみ。
正直に言えばこれから魔族と一人で立ち向かうことに恐怖を感じて足は震えております。
ですが、ロザリオを握りしめる手はやわらかい温もりであろうと努めていました。
バカみたいだと自分でもわかっておりました。
今のレニくんはどう見ても大人の男性ですし、10歳のころの少年とは違います。
だけど、私はあの日のレニくんを迎えに行って謝りたい。
謝罪する理由を見つけたんです。例え、ここで死んでも構わない。
私の行動がレニくんの耳に届けば、少しは彼の救いになれると思えるから。
☆☆☆
たまに避難場所みたいに使っているダーツバーの隅っこで、ビア樽に腰かけながら精密機械みたいにダーツを投げては真ん中の的へ当て続けていた。
小さな丸に収まり切れなくなったダーツは、元から刺さっていたダーツを外に弾き飛ばして新しく投げたダーツが小さな丸の中に新たに突き刺さり、ダーツというゲームの得点になっていく。
俺もみんなも、この世界もダーツと同じだ。小さな丸を取り合っている。
レモン汁を搾ったソーダ水を飲んで少し休憩をしていると、胸の谷間に金貨を二枚挟んだおねえさんが近寄ってきて俺の腕に胸を押し付けてきた。
「久しぶりじゃん、レニ。ちょうどよかった。わたし今日は羽振りがいいんだよね。金貨二枚でどう?」
この人もこの人の『ダーツ』を楽しんでるんだろう。
人によって小さな丸の意味や場所も違って、得られる得点も変わって来る。
「悪いけど、気分じゃないよ」
空いてる手でソーダ水を喉に流し込むと、おねえさんは小さなバッグからさらに金貨を取り出した。
「おねだり上手ねぇ、五枚出すわ。いいでしょぉ~? これだけあれば遊び放題♪ それに、朝まで乱れちゃえばすぐに気分もノッて来るわよ」
この人の中では俺の顔とスタイルは小さな丸の中に入る得点なんだろう。
たった一晩の体だけの関係に金貨を五枚払っても、俺と寝るだけで何かが満たされる。
「しつこいな。今は金にも女にもうんざりなんだよ。バイバイ」
すげなく言うとおねえさんは舌打ちして帰っていった。
俺はまた精密機械みたいな自分に戻ってダーツ投げに没頭する。籠の中のダーツが無くなれば自分で落ちたダーツを拾いに行った。
「レニ、久しぶりに顔を出したかと思ったら随分荒れてるな。女に過去でも聞かれたか?」
煙草をふかしながら店のマスターが階段を降りてきていた。
ここは地下一階にあるダーツバーだ。地上一階は普通の酒場になっている。
ご丁寧にマスターはレモン汁を搾ったソーダ水のおかわりを持ってきてくれていた。
そのままマスターはカウンターの席に座ってしまったので、お礼も兼ねて少しだけ口を開いた。
「過去の話とか、ずけずけ聞いて来る女にはホントうんざりするよね」
「違うのか?」
だって、何も聞かれなかった。昨日はただピアスを拾ってくれただけ。
今日はピアスを返す時に、『事情は分かりませんが』叱って差し上げなくてすみませんでした、と謝られたのだ。
ミクちゃんは昨日という直近の過去にすら踏み込んでこなかった。
「お節介なんだよ……」
吐き出した言葉と一緒にダーツを投げ放つ。寸分の狂いもなく中央の的に当たるのに、俺には何も得点が加算されず、むしろ減点されていくように感じた。
「ははっ、珍しいな! お前に説教する奇特な女と巡り合ったか!」
確かに珍しい。大概の女は俺に好かれようとするから、説教なんてしてこない。
でも、年上の女性は俺を心配する人も多いし、危ない遊びはやめなさいと注意されたことも何度かあった。
本当に珍しいのはミクちゃんは俺と同じ目線に立っていたからだ。
いけないことをしようとするのを止めるだけじゃなくて、自分もいけないことをしたら、どうなるのか、そこまで考えて止めようとしていた。
「普通さ、言わなくない? 自分から喜んで股を開いた女だよ? 後から顔も名前も思い出せない、そいつと寝たこと思い出してもさ、そいつらと寝た記憶が重なってもさ、別にいいじゃん! 俺はそのとき寂しくなかった! スッキリした! お互いに楽しんだんだよ!!」
何度も何度もダーツを投げつけて、言葉を吐き出して、苛立ちをぶつけまくった。
マスターは俺の話を聞きながら、自分はスコッチを呑んで、アルコールで良い気分になって、二本目の煙草にゆっくりと火を灯す。
ふぅ、とマスターの口から吐き出される紫煙は、パン屋の煙突からもくもくと空に向かって伸び上がる白い煙みたいだった。
うまそう。思わず手が伸びてしまう、そんな煙。手を伸ばすと、子供にはまだ早いと手を叩かれるから、恨めしそうに見つめるだけだけど。
「そりゃ、おめぇ、良いこと聞けたじゃねぇか。普通は言わねぇから、特別な話なんだろ。おめぇの嫌いな過去の話でも、未来の話でもなくて、今のお前さんに心から伝えたかった言葉だ」
わかってるよ、そんなのわかってる。お節介だけど、心から心配してくれていた。
だけど、だから、俺は……!
「……凄くイラついてたし、だけど、頭の半分では、ミクちゃん悪くないってわかってた。だから、俺は、お礼のつもりでキスしたんだ。喜ぶと思ったから」
「ぶはははははははははっ!! 最高だなおめぇ!」
「笑うなっ!!」
マスターは本当におかしそうに目じりのしわにまで涙をためて笑い転げていた。
俺はようするに、あれからずっとショックを受けていた。
すっごく余計なお世話だけど、ありがと。そういう気持ちを込めてキスをしたのに、拒絶されて突き飛ばされて、そういう《普通》の反応をさ、今さら見せられても、傷付いたのは俺なんだよ。
「マスター、聞けよ。笑ってねぇで聞けよ」
「んだよ、まだ笑わせてくれんのか? っくく」
俺はバンッと勢いよくダーツの的を拳で叩いて、今の俺の気持ちを説明した。
「この小さな丸が全部『女』っていう枠組みなら、こいつらは全員、俺のダーツが当たる度に黄色い声を上げて喜んできたんだぞ。それも俺を欲しがる奴が多すぎて、他のダーツを外に弾き出してまでも自分に当たるように金貨を積むような連中だ。これが俺の見てきた『女』の反応のすべてなんだよ!」
あんな反応は予想できない。俺にはできない。だから、俺は悪くないと信じたかった。
でも、マスターは、ダーツの的をじっと見つめて静かに告げる。
「レニ、的の穴を見たことはあるか?」
「穴……?」
言われてダーツの的をじっくりと見てみた。
俺が散々ダーツを投げつけて遊んだ的の小さな丸は穴だらけのボコボコで、見方を変えれば得点を重ねた印というより、傷付けた回数と深さに思えてくる。
「投げる方にとっては得点だけかもな。だが、受け止める方はどうだ? ここに来いって誘ってはいるけどよ、こいつらだって無傷とはいかねぇだろ」
指で的の中心の穴をなぞった。ボコボコになって、何度も何度もダーツの刺さった傷跡を。
傷付くぐらいなら誘うなよ、なんて言えないよな。一人じゃ寂しいと、体を求めたのは俺も同じなんだから。
「……俺が傷付けた女の子もいたのかな」
「そこはお前が言った通り、自分からスカートを下ろした女には同情の余地はねぇよ」
でもなぁ、と、マスターは頭をかきながら当然のことのように言った。
「レニ、お前のこと、本気で好きだった女は泣いただろ。そりゃおめぇ、当たり前だろ」
本気で好き。今はまだその感情を理解できない。だけど、これだけはわかる。
俺が傷つけた女の子は居たんだ。みんな俺に当たれば喜ぶのかと思ってたけど、きっと喜んだ後に痛かった。
俺が名前も知らない顔も思い出せない、何度も繰り返した夜を思い出す度に胸が痛くて苦しくなるように、その時だけ楽しくて、残された思い出は傷跡にしかならないように。
「俺、優しくなかった。あのとき俺は、ミクちゃんを、冷たく突き放しちゃったんだね」
やっと苛立ちが収まって、ようやく、自分が何をしたのか理解できた。
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