第7話 全面的に大人が悪い
「18歳の少年、イライアスの方は白銀の剣を生み出しました。一方、レニくんの方は強いトラウマによるものと思われますが、黒い星型の舌ピアスが発現したのです」
まさか、あの舌ピアスが
「その直後、わたしはご神託を受けとりました。今ここに聖剣【星降りの剣】が誕生した。それを発現したものは必ず魔王を打ち倒すだろう、とね」
ここまでは私が聞いた通りの話ですね。
「そして、国王様は勇者候補のお二人を連れて中央大陸へ魔王討伐隊と一緒に旅へ出されたのです」
「お待ちください!? 勇者候補のお二人!? 誰と誰ですか!?」
私は思わず体を前に乗り出して聞いておりました。
「お、落ち着いてください! もちろん、イライアスとレニくんのお二人です!」
「なぜレニくんまで!? 彼は当時10歳の子供ですよ!?」
しかし、落ち着けと両肩をがっしりとホールドされた私は噛みつかんばかりに吠えながらマシュー司祭の話を一応聞いていました。
「わたしが悪いのです! ご神託の内容が曖昧で御座いました! 最後の言葉を覚えていますね? それを発現したものは必ず魔王を打ち倒すだろう! ぶっちゃけ大人たちの間で舌ピアスってなに? 仕事道具として何に使うの? これが最終形態と考える方が不自然ではないか? という声が多く、剣の姿をしていてもイライアスが真の勇者と断定する材料が無かったんです!!」
物凄く納得できないけど、腑に落ちてしまう……! 舌ピアスってなんなの!?
でもでも、じゃあ、今この街にいるレニくんはどうなったというのですか!?
「レニくん、街にいるじゃないですか! 大体、最初から私はこれを聞きたかったのですけど、いつものように国王様から派遣されて来るシスターってなんのことですか!?」
マシュー司祭は露骨に顔を背けました。冷や汗をだらだら流しながら、私の目を見ようともしません。
「や、やましいことは何も。単なる癒しですよ。治療です」
「今も治療に通うほどに大きな怪我を負わせたと仰るのですか!?」
もはや掴みかからんばかりに怒気が湯気となって白い煙を発する私に恐れをなして、マシュー司祭は聖典を投げ出して祭壇の裏へ逃げ込みました。
「ちち違いますよ!! メンタルケアです!!」
「ひぃいいい!!! 10歳の子供に!? 既に虐待という心に爆弾を抱えた心に!? 傷を!?」
怒りで血の気が引いた私はその場で卒倒しかけました。青い顔でなんとか膝から崩れ落ちただけで済みましたが、これ以上、真実を聞く勇気はありません。
「わ、私は謝罪の言葉を考えてまいります……謝罪の内容については、私の心が持ちませんので、自分で考えたいと思います……」
「そ、それがいいと思いますよ。なにも難しい話ではありませんから」
「マシュー司祭は反省なさっていてください!!」
「はいぃいい!!」
そうして私はふらふらと教会から抜け出して、街を南下していくことになったのでした。
勇者様御一行救出の旅は困難が続くものだと覚悟していましたが、レニさん、いえ年下でしたね。レニくんのメンタルケアの方が最優先であり、最難関であると実感しております。
こんな話を聞いた後では、路地裏で傷付いた顔をさせちゃったのも私が悪かったのかな、とか罪悪感が芽生えてきますよ。
傷付けたことに思い当たることといえば、キスをされた後で突き飛ばしてしまった(私の非力さではレニくんの足は一歩も下がっていないとはいえ)そういう拒絶とも取れる……いえ、明確に拒絶した態度が悪かったのかな、と思うくらいなのですが、私の言い分も聞いていただきたいです。
ファーストキスだったんですよ! いきなり奪う男が超絶イケメンだった場合は合意の上だとみなされるとでもおっしゃるのですか!!
人間顔だけじゃありませんよ! 私のように地味な女でも人権くらいあると信じたいです!
……ですが、それでも、傷付けた私には罪があります。
叶うのであれば、もう一度レニくんにお会いして直接謝罪をしたいです。
でも、中身の無い謝罪など意味がありません。
私は今夜一晩じっくりと考えて謝罪する理由を見つけなければいけないのです。
気付けば日もすっかりと暮れて、私は外壁にほど近い最南端の区画へと足を踏み入れていました。
さすがにここまで徒歩でやって来る愚か者は私くらいなものなのでしょう。
草がのびやかに夜風に揺られてさわさわと心地いい音を響かせる牧歌的なこの場所には、馬車がたくさん停めてあり、厩舎も多く見受けられました。
レニくんへの謝罪の理由が思いつきましたら、私も馬車で帰ろうと思います。
とりあえずは一晩の宿。こつこつと貯めてきたお小遣いで、出来ればパンとスープも頂きたいところです。
幸いにも宿屋はすぐに見つかりまして、壊れた納戸を修理して差し上げましたら、お風呂を頂くこともできました。
やはり、助け合いの精神は大切です。
窓の外からはぽくぽくとしたお馬さんの足音が聞こえてきて、田舎の風景も相まって、幼かったころの自分を思い出します。
たまには初心に返るというのもいいですよね。
幼き日の無垢で純情だったあの頃を思い出し、穢れちまった心を洗い流そうぜ☆
レニくんの姿を思い出すと、ロックだった父を思い出しますね。
今は天国で母とベリーダンスでも楽しんでいる父も、まさか娘が将来シスターになるとは思わなかったでしょう。
レニくんもヤンキーではなくロックの方でしたら、私にも熱き迸るパトスを直感的に届けられそうな気がするのですが、どう考えてもロックじゃない方の世界の住人ですよね。
ですがそのとき、私の脳内にピカッと閃きが、ドゴオオオオオオオオオンッ! という物理的な破壊音と共に、築数十年と思われる宿屋を軋ませる断続的な響きと地鳴りが!!
(ななななにごとですか!?)
何かを閃いたと同時に、何かが盛大に破壊活動を行っている音と地響きが起こり、今日何度目かのパニックに陥りました。
ですが、直感的にこれは良くないことが起こっていると察した私は素早く着替えを済まして宿屋の外へと飛び出したのです。
私の他にも何名か、男の方が多かったですが、外に飛び出てきた人たちがいたので、近くにいたおじさまに声をかけました。
「今の音と地響きはなにごとでしょうか?」
「こりゃマズいことになった! 今のは外壁から聞こえた音だ! 魔族がこの王都に侵入しようとしているんだよ!」
(なんですって!?)
レニくんの問題も差し迫った喫緊の課題で間違いありませんが、その前に人類は既に魔族からの攻撃という種族全体に差し迫った問題も抱えているのです。
「どなたか馬車を出していただけませんか! 私が国王様へ報告して魔族を退ける手立てを持ち帰ってまいります!!」
「おれが出すぜ! シスターの姉ちゃん乗りな!!」
「ご協力感謝いたします!!」
こうして私は馬車に乗り込み、すっ飛んで王城へと戻ったのでした。
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