第4話 超絶イケメンはヤンキーでした

 東の大陸には王国が一つあります。つまり、ここは王都ですね。

 王都の周りにはぐるりと丸く取り囲むように背の高い外壁が聳え立っており、言い伝えでは千年前に聖女様が結界の魔法をかけてくれたようで、外の魔獣や魔族はこの外壁から中には入れません。


 千年の年月を超えても続く魔法も神様の起こした奇跡に違いありません。

 きっと千年前の聖女様の願いは、それはとても美しく輝いていたのでしょう。


 とはいえ、その魔法も千年という時が経ち、魔法自体の効力が落ちたわけではないのですが、魔族の方も千年もあれば成長するものでして。

 ようは魔族の使う魔法の威力が千年前より強くなっているんです。それも加速度的に。

 人類にとって勇者の出現と聖女の再来は悲願というより、差し迫った現実問題といえるでしょう。


 当然ですが、他に国も街もなく、東の大陸は広大な土地をほとんど持て余した状態で、王都の中に住人がすし詰め状態となりました。

 ですが、魔法の中には拡張魔法というものがあります。

 人口が増えるほどに王都もぐんぐんと幅も広く大陸の中で成長というか拡張していくわけです。

 結果、どうなるかというと、王都を外壁伝いに一周するだけで10日間かかります。


 巨大都市過ぎます。案内が無ければ知らない人を探すことなど不可能に近いです。

 レンガ造りの道を歩きながら、先輩シスターさんの姿を見失わないように、私は慣れない街の中を進んでおりました。


 慣れないというのは二つの意味がありまして、16歳まで修行中の身であった私は一人前になるまで修道院から外に出たことが無かったのです。

 ようやく最近はお出かけも許される立場になりましたが、基本的に教会の近くにある朝市のバザーであったりとか、公園近くの露店でお買い物をして過ごすことが大半です。

 そのお買い物も単に孤児院のおつかいが八割を占めており、残り二割は子供たちへのお土産探しです。


 ですから、先輩シスターさんたちが修道院から外に出てずんずんと澱みの無い足取りで繁華街に入っていく姿を見たときは目を丸くしました。


 それが普通の飲食店が建ち並び、女性の好むアクセサリーショップや、服屋の建ち並ぶような繁華街であったのならば、私も興味くらい持ちました。


 ですが、この場所は、この匂いは、この景色すべてがそれらと一線を画す場所だと視界に訴えてくるのです。

 昼間だというのに建ち並ぶ店のほとんどが閉店しており、看板の照明は当然ですが落とされておりまして、看板に貼られた露出の多い女性の投げキッスは灰色の景色の中です。

 さらには閉店しているというのに漂うアルコールの匂い。そこへ店の表玄関に無造作に放り出されたゴミ袋から悪臭が放たれ、ねずみとカラスは列をなしてまでも近寄りたいようですが、私としましては正直、今すぐこの界隈から離脱したい心境です。


 そんな中で先輩シスターさんたちは、

「レニ様はきっといつもの場所よね」

「女に捕まってなければね」


 などという、慣れた会話を楽しそうに弾ませながら、あろうことか路地裏へと入っていきました。

 道に迷うわけにはいかないので先輩シスターさんたちのお姿を後ろからじっと見つめておりましたが、少しばかり異邦人を見る目で見てしまったのは、申し訳なかったですけど、致し方ないことだと私をお許しください。


 そして出来れば、いかがわしい店が建ち並ぶ路地のさらに路地裏に私を導くのもお許しいただきたいです。


「きゃああああ! レニ様ぁ♡ お久しぶりですぅ♡」


「やああああん♡ レニ様ぁ、今日も麗しすぎて花屋の花も大暴落って感じだよぉ♡」


 これはどうやら本当にレニさんがいらっしゃるようですね。

 いささか先輩シスターさんの主語が大きい気もしますが、私も意を決して路地裏へと足を踏み入れました。


 すると、金網のフェンスに背中を預けて、ブロック塀に座り込む、王様のような少年と真正面から向かい合うことになりました。

 なぜ王様かといえば少年に抱きつく先輩シスターさんたちの両手に花の状態と、少年を取り囲むように整地されていない地面の上でヤンキー座りをしている男女5人の姿が目に入ったからです。


「あれ? 昨日のシスターのおねえさん!」


「こ、こんにちは」


 声が震えてしまいました。まさか覚えていらっしゃるとは思わなかったのです。

 というより、顔面に張り付いていた先輩シスターさんたちの腕を全部どけた少年の姿が露わになったとき、私の思考は昨夜のフラッシュバックと共に、軽いパニックを起こしました。


(昨夜は挨拶もせずすすすすみません!!!)


 太陽の下で無邪気な笑みを浮かべながら私に手を振るレニさんは、相変わらずの美しさで、


「美貌が夢幻の彼方まで炸裂していますっ!!」


 口を押えてよろめきながら、私は本音と建て前を逆にして口に出してしまいました。

 キョトンとするレニさんは、軽い笑みで「ありがと」と、軽く私の妄言に返してくださりました。


「おねえさんも俺と遊びに来たの?」


 そうでした。宇宙を創造し得る美貌にパニックを起こしている場合ではありません。

 私は当初の目的を果たすべく、レニさんに近付き、その手を取ると、おもむろにポケットから取り出した昨夜の財布をレニさんの手のひらの上に乗せてお返ししました。


「レニさん、事情は分かりませんが、暴力や強奪はいけませんよ。昨夜は気が動転しており、ちゃんと叱って差し上げなくて申し訳ありませんでした」


 私は深々と頭を下げて昨夜の失態を謝罪しました。

 顔を上げるとレニさんはとても不思議そうな顔をしており、色気よりも可愛さが勝って私の好感度は爆上がりでしたが、それよりも確かめねばならないことがあります。


「教会の扉は私が修繕しましたのでご安心ください。それよりも、レニさんにお怪我はありませんか? 痛いところがあれば遠慮せずおっしゃってください」


 そういうと、レニさんは一瞬、泣きそうな表情を見せました。

 私の胸は不覚にもドキリと鼓動を高鳴らせて、レニさんに手を伸ばしかけてしまいました。


「……胸が痛い」


「打撲ですか!? いけません! 内出血を起こしていたら大事おおごとです! 失礼しますね!」


 今日のレニさんはタンクトップの上から藍色のジャケットを羽織っていましたが、私は患部を確認するため、レニさんの服をめくりあげてタトゥーの全容を見た。……ではなく、黒いタトゥーだらけで判断が難しかったので、失礼ながら胸部を触診しましたが、腫れもなく、赤くなったり青あざになっているような箇所はありませんでした。


「っく、はは、おねえさん、やらしい」


 え、と気付いたときには耳たぶを噛まれ、「ひゃうっ!」悲鳴を上げて離れたら、いたずらに成功したみたいなレニさんの勝ち誇った顔を見て、ようやくからかわれていたことに気付いたのです。


 どうやらレニさんはかなりのいたずらっ子みたいですね。

 周りの方々にもケラケラと笑われてしまいましたが、こんないたずらは孤児院ではしょっちゅうあります。(スカートめくりなど)


 ただ、先ほどは本当に苦しそうな顔をなさっていたので、少しだけ気に留めておくことにします。

 子供の中にはやせ我慢をしてしまったり、いたずらで誤魔化そうとする、心に傷を負った子も少なくないですから、私もすべてがいたずらだと一回だけでは判断できないのです。

 ともあれ、今はレニさんに痛みの件について聞いても答えてくれないでしょう。


 私はしっかりと立ち上がって姿勢を正すと、改めてレニさんと向かい合います。


「お怪我がないようでしたら、お聞きしたいのですが、レニさんは実は武道の達人であったり、ストリートファイトの世界王者だったりしますか?」


「ええと、それなに? 喧嘩強いかってこと?」


 いきなり不機嫌になってしまわれた。後半は声も低くて噛みつかれるかと思いました。


「レニ様は最強だよ~」

「ガチで強すぎてビビる~」

「美しすぎてさらに震える~」


 ぎゃははははは! と周りの方々に笑われていらっしゃるので、どうやらこの話題は笑いのネタにされるので嫌だったみたいですね。

 内心ビビりまくりですけど、ここで怯むわけにはいきません。


「お願いがあって参りました。私は、半年前に行方不明になってしまわれた魔王討伐メンバーを救出するため発足された救出部隊に志願いたしまして、試験に合格し役目を授かったシスターのミクと申します。どうか先発した勇者様御一行の方々をお救いし、お守りするため、救出の旅へ、私と一緒に付き合っていただけないでしょうか?」


 私の言葉を聞いたレニさんの口許には白銀のリップピアス、ではなく……笑み。


「へぇ、あいつら行方をくらましたんだ。っくく、ウケるね」


「あの、本当に窮地の状態で困っているかもしれないんですよ?」


 人様の不幸を笑ってはいけませんよ、と言おうとしたら、今度は言葉も出なかったです。

 だって、レニさんは、また舌を伸ばして黒く光る舌ピアスを覗かせながら不敵に笑うんですもん。


「なんだっていいよ。そんで俺にいくら出す? おねえさん、俺と付き合いたいんでしょ?」


 ……どうやらレニさんは、情操教育がまだの方だったようです。 



☆☆☆

脳内でお気に入りのイケメンイラストをセットしておくと、どこからともなくイケボまで聴こえてくるとか←怪奇現象




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