第3話「謎多き少女、リリス」
レーションでの簡単な昼食を終え、ヨラシムは大仕事に取り掛かった。そこらじゅうに散らばるエクスケイル"ワイバーン"から、次々と仲間の遺体を回収する。もちろん、可能なものだけ、原形をとどめている物だけだ。
それを
同時に、仲間たちが乗っていた"ワイバーン"の残骸もチェックした。
「酒もたばこもねえがよ、今はこれで勘弁しろや。なあ、野郎ども。」
燃える炎の前で、ヨラシムは敬礼に身を固める。
傾きかけた太陽に向かって、炎と煙が舞い上がっていった。
そして、この
自分の"ワイバーン"を修理するため、仲間たちの残した残骸から使えるパーツを集めるのだ。そう、共食い整備である。傷付き倒れた飛竜は、同胞の血と肉を喰ってでも蘇らせねばならないのだ。
さいわい、"ワイバーン"は旧式の古い機体なので、ヨラシムには運用ノウハウがたっぷりある。
「さて、どこから手を付けるか……ん? ああ、残った施設の非常電源が入ったな?」
静かに地面が振動し、隠されていた地下への入り口がせり上がった。すでに秘密ドッグは自爆して埋まっているが、他の区画に使える場所があるかもしれない。
格納庫まで愛機を運べれば、作業も格段に楽になるだろう。
そう思っていると、シャッターが開いて地下構造物から女の子が駆け寄ってくる。
「おじ様、非常用電源の回復に成功しましたの!」
「おう、上出来だ。サンキュな。さて、こっから先はダンジョン探索だ……あ?」
「おじ様、これを」
リリスはその手に花束を持っていた。
急いで施設内のラボから集めてきたのだろう。リボンも包みもなく、なにかの引きちぎれたケーブルでまとめられている。
だが、白い花びらは秋の風に揺れて香りでヨラシムを慰めた。
「おじ様の、仲間の方々のために」
「気がきくじゃねえか、ありがとよ。あと、おじ様はやめてくれ。ケツが痒くならあ」
「おじ様はおじ様です! わたしっ、母様からおじ様の活躍を沢山聞きました!」
「あんにゃろ……大事な娘を忘れて船出しやがって。はあ、しょうがねえなあ」
花束を
そういう意味でも、重機の
エクスケイル用のキャリアトレーラーなんかもあれば最高である。
ヨラシムはリリスに自分から離れないように言って、巨大な地下への入口へと向かう。エクスケイルでも立って歩ける規模の、いうなればスクランブル時の発進用滑走路も兼ねた道だった。
「ここは……しめたぜ、東側のブロックがまるまる残ってるんじゃねえか?」
「多分、大丈夫ですわ。ただ、エクスケイルの格納庫や司令部、航空機なんかのある西側は」
「まあ、しゃあねーわな。けど、見てみな。工作用の車両もあるし、キャリアもある。ついてるもんだな。……まあ、根本的な解決にはならねー訳だが」
重機の何台かは生きてたし、キャリアにいたっては新品みたいな状態だった。
あとは、駐機場の奥には居住区もあって、明かりがともっている。まず、明日や明後日の飲食には困らないだろうし、雨風もしのげる。
もうすぐ、この地球に夜が来る。
正直今は、熱いシャワーを浴びて食えるだけ食って、一杯やって死ぬほど寝たい気分だ。だが、ヨラシムにはそれに優先して考えるべき案件が目の前に
「おじ様、わたしにもなにか手伝えないでしょうか」
「おいおい、面倒できつくて汚い仕事ばかりだぜ? まずは、戦死者を弔う。だから」
「あっ、わかりましたの! では、わたしはお風呂とお食事を用意しますわ!」
「そういうのはいいからよ……ま、まあ、他になにをやれとは言えねえが」
そう、地球上に二人ぼっちになってしまったのだ。
それも、中肉中背のふとっちょ
そして今、目の前のリリスにヨラシムは道を示してやることができないでいた。
明日起きたら、なにをする?
地球脱出艦隊に合流する手段は?
わからない、なにもわからない。
ヨラシムは傭兵、戦うだけしかできない兵士だ。一人残ったなら、各地を観光気分で回りながらカリギュラを殺せるだけ殺そうと思っていたのだ。
だが、その優雅で贅沢な余生は選択肢から消え去ったのだった。
「では、おじ様っ! リリス・マルレーン候補生、おさんどん任務に突入しますですの!」
それだけ言って笑顔で敬礼すると、リリスは居住区区画の方へと走って消えた。
なんて素直で明るい女の子だろう。
そして、奇妙に思えるほどに芯が強い。
普通、母親と別れて敵だらけの惑星に取り残されたら、あの年頃の子供が平静でいられるだろうか? きっと、ヨラシムの見えない場所では泣いているのかもしれない。
そういう時間も必要だし、彼女の存在がヨラシムに今は責任感を思い出させてくれていた。
「
並ぶ車両の中から、汎用的な準エクスケイルを選ぶ。この手の機体は下半身はキャタピラの車両だが、上半身は人型になっている。もっとも、右手はショベルになっているし、左手は難しい武器や使えないカギヅメ状の三本指だ。
それでも、仲間を埋葬するには十分だろう。
ガラス張りの運転席で機体を起動させ、すぐにヨラシムは地上に戻る。
すでに夕焼けが真っ赤に地平線を燃やしていた。
ここは日本の古い軍港で、
だが、そこから先が今は全く考えられない。
「ったくよぉ! どうすりゃいいんだ! ええ? このクソ戦友野郎ども! 簡単にバタバタ死にやがって! ……俺を、一人に、しやがって」
そして、かつての恋人だった幼馴染、リリィは一人にすらしてくれなかった。本当に孤立した一人だけの今後なら、ヨラシムのやることは決まっていた。
カリギュラを殺すだけ殺して、自分が死ぬまで戦い抜くのだ。
その片手間に、誰もいなくなった地球を旅して、色々なものが見たかった。
だが、そんな彼が抱えてしまった、リリスという一人の少女。
リリィの娘らしいので、放っておくわけにもいかないし、元教官長としてはそれが誰でも見捨てられない。
「……面倒なことになっちまったよなあ? ええ? ま、せいぜいあの世から笑って見てな。あばよ、クソッたれな戦友諸君」
燃え尽きた遺灰を掘った穴に埋めて、最後に廃材で作った十字架を立てる。その根元にリリスが持ってきてくれた花束を置いて、ヨラシムは胸に手を当て祈った。
皆、傭兵時代からの長い付き合いだった。
義理人情に厚く勇猛果敢、怯える弱さを隠して戦う覚悟を持った男たちだった。
ヨラシムと違って、家族を持っていた者もいたのだ。
「……さて、次はキャリアを持ってきて、俺の"ワイバーン"を運び込むか」
仲間たちの機体がそうであるように、
その"ワイバーン"が地に伏して倒れている。
ビームカノンのエネルギー過剰供給による誘爆で、とうとうオシャカになったのだ。
だが、直す……これからどうするにしろ、ヨラシムにできるのはエクスケイルの操縦、そして戦いだけだった。
「あばよ、野郎ども。手前ぇらみたいな腕っこき、地獄の鬼でもびびるだろうさ。しぶしぶ天国につれてかれて、酒池肉林でも楽しむんだな」
それだけ言って別れを告げると、基地のある方から轟音が近付いてくる。
なんと、これから取りに行こうと思っていたキャリアトレーラーが、近付いてくるのだ。手間がはぶけて嬉しいが、誰が……? いや、この状況では考えるまでもなかった。
「おじ様ー! これが必用かと思いましたの! あと、大事な話が!」
「おいおい、お嬢ちゃん! ……ま、まあ、パイロット候補生ならそれくらいは」
「おじ様はそっちの機体で、今日中に使えそうなパーツを拾い集めてくださいな。おじ様の子は、わたしが責任もって基地まで運びますわ」
「お、俺の子!?」
「その子、とてもおじ様に
すぐに近くにキャリアが停止して、備え付けられたクレーンで器用にヨラシムの"ワイバーン"を釣り上げてゆく。この道三十年以上のヨラシムが見ても、手際が良くて無駄のない作業だった。
ああ、と納得がいく。
同じ制服でも、ヨラシムたちがしごいていたパイロット候補生ではなく、別の部署の整備班や開発班の子なのかもしれない。ただ、あのリリィの娘であることは疑う余地がなかった。
咲き誇る花のごとき笑顔は、昔のリリィそのものだった。
「じゃあ、この子を運んでケイジに固定しておきますの!」
「東側の区画にそんな施設が? 俺は知らねーぞ!」
「普通の権限では入れない奥に、兵器開発局の小さな格納庫がありますわ。そこへ」
「……なんだって? 兵器開発局? おいおい、俺は聞いてねーぞ!」
「今、お伝えしましたわ! では、また後程! 夕食は腕を振るったので、期待してほしいですの!」
それだけ言うと、リリスは見事なハンドルさばきで基地の奥へと消えた。
この秘密ドッグを中心とした地中基地に、兵器開発局の拠点が? そんな話は今まで聞いたことがない。大尉待遇なので、ヨラシムも基地の大半に出入りできる立場だったのだが。
謎が謎を呼ぶ中、ヨラシムの背を
とりあえずは首を捻りつつ、ヨラシムはシャワーと飯と寝床を求めてリリスを追うのだった。
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