第22話 月例試験・実技課題4(魔法解呪法)
翌日は月例試験は「魔法解呪法」の実技課題だ。
内容は「自分の陣地に向かって来る複数のゴーレムを出来るだけ食い止める事」だ。
ゴーレムは魔術によって動いている。
よってマナが尽きるか、魔法が解呪されれば動きを止める事ができる。
だが試験中の短時間でマナが尽きる事などあり得ない。
つまりゴーレムにかけられた魔法を解呪するのが一般的だ。
しかしブロンズ3の生徒には、魔法解呪など出来はしない。
そこで俺は課題から「ともかくゴーレムを食い止めればいい」という事を思いついた。
そしてその役に適任なのは神原亮介だ。
彼の防御魔法は優れている。
特に最近身に着けた『守りの城壁』ならば、ゴーレムごときは寄せ付けないと考えたからだ。
試験開始の直前、教頭の赤マントが全生徒の前に演壇に立った。
「本日の実技試験を始める前に、生徒諸君に伝えたい事があります」
生徒たちは「何事か?」と赤マントを見る。
「今日の課題である魔法解呪法のゴーレム、魔法探知の小ドラゴン、この二つはどちらも生徒に向かっては攻撃しないように制御されていました。ですがこれでは実戦的ではないのではないか、という意見が出ました」
(そんな意見を出したのは赤マント一人だろうに)
思わず胸の内で反論する。
聞いていた生徒たちも不安げな表情になる。
「そこで本日の実技試験では、一つ検査要素を付け加える事になりました。ゴーレムにも小ドラゴンにも、諸君に対して攻撃ができるようにしたのです」
生徒たちの間から「ええっ!」と避難混じりの悲鳴が漏れる。
「ですが安心して下さい。皆さんには過度な攻撃が加えられないよう、魔力が込められた
生徒たちから安堵の声が漏れた。
だがフリージアだけが不安顔で俺にそっと告げる。
「古代エクレシア語はこの世界は義務教育で学んでいる言葉です。『女神リリティアの加護』についても、ほとんどの生徒が知っています。各クラスの代表ならなおさらでしょう。ですがブロンズ3の生徒は当然、これらの言語も祈りの言葉も知りません。そしてゴーレムや小ドラゴンの攻撃は、護符の効果のないブロンズ3の生徒に集中するでしょう。これではあまりに彼らが不利です」
彼女にしては珍しく怒りを満面に表しながら、そう言った。
しかし俺は静かに彼女に答える。
「大丈夫です。俺はみんなを信用していますから」
「でも……」
「まぁ黙って見ていて下さい。ほら、もうすぐ試験が始まります」
ブロンズ1・2の生徒たちがそれぞれ二名ずつ、そしてブロンズ3からは神原が会場に出て行った。
そしてそれぞれ三か所の自分の陣地に入る。
神原が俺を見る。
俺は黙って頷いた。
既にこの状況は、神原と次の課題に挑む田村梨花に伝えてある。
(大丈夫、神原ならこの程度の障害は乗り越えられる)
学年主任による「試験開始」の合図と共に、昨日と同じく実況放送が始まった。
「こちら放送部のレッシです。昨日に続いての試験状況の実況を務めます。魔法解呪の解説者にはゴールド1のヨウタイゲンさんに来て頂きました。ヨウさん、よろしくお願いします」
「ゴールド1のヨウタイゲンです。よろしく」
「さきほど教頭先生から『新たな検査項目としてゴーレムからの攻撃』が加わる事になりました。この点をどう思われますか?」
「僕も最初聞いた時はビックリしたんですが、『女神リリティアの加護』の護符が配布されたんですよね? だったら何の問題もないと思います。逆にこんな意味のない検査項目をなぜ追加したのか不思議に思っています」
「そうですよね。我々は既に一般の中等義務教育で古代エクレシア語を学んでいますし、その中でも『女神リリティアの加護』は最初に出て来る基本です。しかもクラス代表となるような生徒が、それを知らないはずがありませんね」
「ええ、だからこの追加検査項目はまったく無意味に……あ、ああっつ!」
「どうしたんですか、ヨウさん?」
「ブロンズ1とブロンズ2のゴーレムの何体かが、突然進む方向を変えたんです」
「本当だ。ゴーレムは各クラスの陣地に対して十体ずつ攻撃をするようになっているんですよね」
「そうです。それなのにブロンズ1・2のゴーレムは半数がブロンズ3の陣地に向かって歩き始めました」
「なにが起こったんでしょう?」
「もしかして……ブロンズ3の生徒は、『女神リリティアの加護』を使っていないのかもしれません」
「なんですって!」
「ブロンズ3は転移者のクラスですよね? だから我々の中等義務教育は受けていない。古代エクレシア語も知らないのでは?」
「では『女神リリティアの加護』がないブロンズ3に、ゴーレムの攻撃が集中すると?」
「そういう事になります。これではブロンズ3が圧倒的に不利どころか、場合によっては命の危険さえ……」
ヨウの言葉を最後に、放送が中断する。
彼らが言った通り、ブロンズ1と2の陣地には五体のゴーレムしか向かって行かない。
それに対し、ブロンズ3の陣地にだけ二十体ものゴーレムが向かって来ている。
しかもそのゴーレムは攻撃を仕掛けて来るのだ。
全生徒が緊張した面持ちでブロンズ3の陣地を見つめる。
その視線の中心にいる神原は、落ち着いた様子で呪文を唱えていた。
「出でよ! 守りの城壁!」
神原が大声で叫んだ。
すると神原の周りを三重の光の城壁が出現する。
半透明に光り輝く城壁の中央に神原が立っている。
そこに二十体のゴーレムが迫って来るのだ。
初めて相手をするゴーレム、神原の内心は恐怖が生まれているだろう。
だがここは恐怖心を制御し、いかに守りの城壁を維持するかがカギだ。
(頑張れよ、神原。負けるな!)
俺は心の中でエールを送った。
最初に城壁にたどり着いたゴーレムが、光の壁に進路を阻まれる。
ゴーレムが岩のような拳を城壁に叩きつけた。
だがそれくらいでは城壁が壊れる事はない。
しかしゴーレムは泥で出来た身体の中を、魔力エネルギーが流れている。
その魔力エネルギーは、同じく魔法で作られた守りの城壁に僅かずつだがダメージを与える。
既に8体ものゴーレムが城壁に取り付いて拳を振るっている。
目の前で3メートル近いゴーレムが拳を振るう様は、神原にとってはさぞや恐怖だろう。
だが神原は耐えている。
その魔力は恐怖に負けてはいない。
彼はゴーレムと同時に自分の恐怖心とも戦っているのだろう。
最初に攻撃をしていたゴーレムから光が弾ける。
それと共にゴーレムは泥の塊として崩れて行った。
ゴーレムの魔力エネルギーが尽きたのだ。
その後も次々とゴーレムが光を放っては、元の泥へと戻って行った。
だが六体目のゴーレムが崩れた時、一番外側の城壁も光の粒子となって消え去ってしまった。
「ああっ、ブロンズ3の三重の光の城壁の内、一番外側の城壁が消え去りました!」
実況者の中継が絶叫と共に再会された。
「あれだけの数のゴーレムが寄ってたかって攻撃しているんです。守りの城壁がどこまで持つか……」
解説者のヨウも不安気な声でそう付け加える。
残りの十四体のゴーレムが、さらに猛攻をかける。
そしてさらに六体が光が弾けて泥となって崩れた時、第二の城壁も光の粒子と共に消えていった。
「ついに第二の壁も消え去った! 残りは最後の壁のみ! これで残り八体のゴーレムの攻撃を防げるか!」
実況者が悲鳴のように解説する。
そして俺の横では、フリージアがハラハラした様子で、ブロンズ3の陣地と俺を交互に見ていた。
(大丈夫だ。残り八体ももう魔力エネルギーは尽きかけている。あと少し耐えきれば)
残りの防壁はただ一枚。
神原にしてみれば、目の前で半透明の壁の向こうには、岩石のような巨人が自分を攻撃せんと拳を振るい続けているのだ。
さすがに表情も強張り、額に汗がにじんでいた。
だが神原は諦めていないし、屈してもいない。
全力で壁に魔法エネルギーを注ぎ込んでいる。
八体のゴーレムの内、三体が光を放って崩れ去る。
残りは五体。
だが四体目が崩れた時、最後の城壁にもヒビが入りはじめた。
「ヒビがっ!」
隣でフリージアが思わず声を上げる。
だが俺は黙って見つめ続けた。
(これくらいで神原はくじけない!)
三体目も消滅する。
しかしそれに伴ってヒビも大きくなっている。
二体目が土に帰った。
だが城壁の方もかなりの損傷を受けている。
既にいくつもの破片が落ちては光の粒子となって消えている。
最後の一体のゴーレムが大きく右拳を振り上げ、そして城壁に叩きつけた。
ゴーレムの右腕が破壊される。
しかしそれと共に城壁のヒビが大きく広がり、そしてついに最後の城壁も光の粒子となって消え去ったのだ。
『守りの城壁』が消えた今、神原とゴーレムを隔てるものは何もない。
そしてゴーレムの右腕はないが、まだ左腕は残っている。
「もうやめさせて!」
フリージアが叫んだ。
だが誰も動く者はいなかった。
たとえゴーレムに呪文をかけた赤マントでさえ、この短時間では魔法を解呪できないだろう。
ゴーレムが残った左腕を振り上げる。
誰もが、次の瞬間に叩き潰される神原の姿を想像しただろう。
フリージアは顔を背けていた。
「守りの盾よ。我を狙う者に代償を!」
神原が叫んだ。
ゴーレムが左拳を振り下ろした時、彼の目の前に強固な盾が出現した。
ゴーレムの拳と盾が接触した直後、ゴーレムも盾も音を立ててはじけ飛んだ。
その衝撃と共に濃厚な土煙が周囲を包んでいた。
誰もが固唾を飲んで、ブロンズ3の陣地を見守る。
舞い上がった土煙のため、陣地の様子を見る事はできない。
やがてゴーレムの残骸である土煙が薄れた時……
薄っすらと何か立っている影が見える。
神原か、それとも土くれと化したゴーレムか。
さらにその土煙も収まった時、
試験会場の全員がそこに立つ神原の姿を見た。
「おおおおおおお!」
試合を見守っていた観覧席の生徒から驚きと感嘆のどよめきが起こる。
「凄い結果です! なんとブロンズ3の神原くん。二十体もの襲い来るゴーレムを全て消滅させ、陣地を守り抜きました!」
実況者の叫ぶような解説が流れる。
それを聞いたフリージアも顔を上げると「神原くん、助かったのね」と思わず潤んだ目を彼に向けた。
そして「試験終了!」と学年主任が宣言した。
試験の結果は、ブロンズ1も2も五体のゴーレムの解除に成功した。
つまりどのクラスも陣地をゴーレムに奪われなかった訳だ。
よって得点的には三クラスとも引き分けである。
だがこの試験「誰が真の勝者か」は言わずとも知れていた。
神原が試験場を後にする時、観客席から大きな歓声が沸いていた。
他クラスの生徒もみんな、彼の健闘を讃えているのだ。
俺も教員席を離れて、試験場から出て来た神原を出迎えた。
「さすが、よくやったな」
俺が汗と土埃にまむれた神原にそう言うと、彼は苦笑いをした。
「でもこの試験は引き分けだろ。勝つ事はできなかった」
「それでいいんだ。こうなっただけで上出来だ。そしてこの歓声で、みんな本当に勝ったのは神原だって分かっている」
「いや、そんな風に持ち上げないでくれよ。だってこれもみんな衛藤のおかげだから。衛藤は言っていてくれただろ。『イザとなったら俺が助けるから、何も心配はいらない』って。あの言葉があったから俺はそれを信じて、最後まで頑張る事ができたんだ」
それを聞いた俺の胸に、ジーンと何か熱い物が込み上げて来る。
確かに俺の力なら、一瞬にしてゴーレムなどチリも残さずに消滅させる事ができる。
だが神原はその力を見た事はない。
それでも俺を信じてくれたのだ。
さらに神原は言った。
「それと衛藤はいつも言っているよな。『勝ったと思っても、最後に一撃だけは出せる魔力を残しておけ。自分はそのおかげで何度も助かった』って。俺はそれを守っていたんだ」
俺は神原の肩に手を回した。
「神原、おまえはきっと優れた魔法士になるよ」
俺は確信を持ってそう伝えた。
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