第21話 月例試験一日目が終わって
月例試験の実技課題3は念動魔法だ。
谷の向こう側にある丸太を、制限時間の十分以内にどれだけ多くこちら側に運べるかを競う試験だった。
丸太の直径は30センチ、長さは3メートル、重さは約300キロだ。
谷の幅は約20メートル。
一本の丸太でもこの距離を念動魔法で運ぶことは、ブロンズレベルの生徒では中々困難だ。
この試験に挑戦するのは原千華。
彼女のここ最近の進歩も目覚ましいものがある。
そして勝負の決着はあっと言う間についた。
他のクラスが二人で交代、または二人で共同で念動魔法で丸太を一本ずつ運んでいるのに対し、
千華は得意の風を操る魔法で竜巻を起こし、あっと言う間に全ての丸太をこちら側に運んでしまったのだ。
竜巻で運んだので、途中で何本かは谷に落としてしまった丸太もあるが、それでも千華の圧勝だ。
試験が終わると千華は、堂々と周囲に手を振りながら退場していった。
俺には笑顔でダブルピース付きだ。
こうして実技試験一日目の三課題とも、ブロンズ3クラスの勝利で終わった。
だが問題はその後に発生したのだ。
試験が終わった後、緊急職員会議が行われたのだ。
俺とフリージアは、ブロンズ3の生徒を激励する間もなく、職員室に向かわねばならなかった。
そしてそこでは赤マントが、昼間と同様に顔を真っ赤にして激怒していたのだ。
「今日のブロンズ3の試験、あれは何なんですか! 試験を馬鹿にしているんですか!」
それに追随してもじゃ頭も声を張り上げる。
こちらは赤マントに反して、顔面は蒼白だ。
「教頭の言う通りです! 実技試験は学習した魔法の習熟度を測るためのもの。それを決められた魔法以外の、あんな邪道な方法で課題に挑むなんてありえません!」
「ニコライ先生の言う通りです! 今日の試験に関して、ブロンズ3の生徒の得点は無効! 失格とすべきです!」
それに真っ先に反論したのはフリージアだ。
「待って下さい、教頭、ニコライ先生! 彼らは別に不正な手段を使った訳ではありません! 正々堂々と自分が持つ魔法の中で、もっとも効率良く課題をクリアできる方法を選択しただけです。彼らの得点はそのまま評価すべきです!」
「何を言ってるんですか! カリキュラムで今期の学習目標は決められているでしょう! そして今回の月例試験では、遠隔攻撃魔法・千里眼魔法・念動魔法・魔法解呪法・魔法探知、これらの実技魔法を習得する事になっている。そのために今回の課題があるんです! だから遠隔攻撃魔法・千里眼魔法・念動魔法・魔法解呪法・魔法探知を使わないで課題をクリアしても、全て無効なんです!」
教頭はさらに金切り声を上げた。
もはや中年男のヒステリーと言っても過言ではない。
「だいたい、カリキュラムに乗っ取った魔法を教えずに、あんな好き放題な魔法の練習をさせていたなんて、レオ先生、あなたは一体どんな授業をやっていたんですか!」
ホラ来た。
どうせここで俺を非難する流れになるだろうと思っていた。
俺は落ち着いた態度で、ゆっくりと赤マントを見た。
「別に彼らは卑怯な方法を使った訳ではありません。先ほどフリージア先生が言われた通り、彼らに出来る最善の方法で課題をクリアしただけです」
「それが試験を馬鹿にしていると言っているんです。学校が決めた指導要領に従わず、好き勝手な魔法を使うなど、学校や我々に対する侮辱に等しい!」
「学校が決めた指導要領ですか? ではお聞きしますが、今までブロンズ3のクラスはその指導要領通りに指導はされていなかったはずです。彼らは異世界からの転移者という事もあって、特別な内容の授業が行われていました。それがなぜ今になって突然、他のクラスと同じ試験を課される事になったんですか?」
赤マントが一瞬怯んだ顔つきになる。
だがすぐに反論を口にした。
「それは、いつまでも彼らを特別扱いできないからです! 彼らは勇者候補としてこの世界に召喚された。彼らには大きな期待がかかっており、そのために特別待遇も与えています。だから即戦力として、すぐにでも魔族軍と戦う力を身に着けてもらう必要があるのです。そこで現時点の彼らの実力を知るため、今回から他生徒と同じ試験に参加してもらう事にしたのです!」
それを聞いて俺は内心ニヤリとした。
彼がそういう発言をするであろう事を、俺は予想していたのだ。
「ほう、即戦力として戦う力を身に着けてもらう。それならば今回の彼らの方法はますます正しいと言えますね」
「なぜです?」
「戦場では、常に必要な人員がこちらの想定できる環境で揃っているとは言えません。どんな場合でも自分の現時点でモテる能力を最大限に発揮し、臨機応変に対応して勝利せねばならない。だから彼らが、他のクラスのように遠隔攻撃魔法・千里眼魔法・念動魔法・魔法解呪法・魔法探知を習っていない状況でも、彼らの使える魔法を使って結果を出した。これは戦術的にも高く評価できる事だと言えます」
「ぐっ」
「私はいくつもの戦場を現場の指揮官として戦ってきました。その視点から言って、彼らの今回の課題を解決した方法は百点満点です。いや百点でも足りないくらいだ」
赤マントは言葉を失っていた。
もじゃ頭も目を白黒させている。
「ほ、他の先生方はどう思いますか?!」
反論する術を失った赤マントは、他の教師に意見を求めた。
だが多くの教師は下を向いたまま答えようとはしない。
誰もが赤マントの言っている事が不条理で、俺の言っている事に理があると感じているのだろう。
だが彼らの上司である教頭が、これだけ怒りをたぎらせているのだ。
それに正面切って反抗するのは勇気がいる。
「ジャック・ガーランド先生、あなたはどう思いますか?!」
赤マントは魔法剣術の教師に意見を求めた。
そしてコイツは同じ軍上がりでありながら、なぜか最初から俺に敵意を持っていた。
しかもそれを、赤マントやもじゃ頭と違ってその感情を隠そうともしていない。
俺はコイツを無骨なカニみたいだと思っているので「カニ男」と名付けていた。
そのジャック・ガーランドが口を開いた。
「吾輩もレオ大尉の言う事が正しいと感じます。彼の言う通り、この試験が戦場を想定したものならば、ブロンズ3の生徒の解決方法は評価されるべきものでしょう。文句のつけようがない」
俺は彼の発言に、少なからず驚いた。
コイツだけは赤マントの意見に追従して、俺を非難すると思っていたのに。
「ジャック先生まで……」
赤マントは呆然とした様子で、そう呟く。
しばらくの沈黙が流れた後、フリージアが結論づけるようにこう言った。
「みなさん、これでよろしいですね。ブロンズ3の試験結果は有効であると」
多くの教師が無言でうなずく。
「では今日の会議は解散と言う事で……」
「ちょっと待ちなさい」
会議を閉めかけたフリージアを、赤マントが制止した。
「なるほど、戦場を想定するならもっとも効果的な魔法を使ってもいい。その考え方はいいでしょう」
赤マントが憎しみをたぎらせて目で俺を睨んだ。
「ならば、明日からはより実践的な課題とすべきです。魔法解呪法課題のゴーレム、魔法探知課題の小ドラゴン。どちらにも攻撃能力を持たせます!」
「なっ!」
フリージアが小さく悲鳴を上げた。
他の教師も動揺している。
俺は赤マントを睨みつけた。
(コイツ、俺を陥れるためなら、生徒が犠牲になっても構わないのか)
「教頭、それは危険です! 生徒が負傷、いえマズくいったら死んでしまう可能性すらあります!」
フリージアの必死の説得も、怒りに狂った中年男には通じなかった。
「いいえ、これはレオ先生が言い出した事です。それならレオ先生の意見に沿った試験する事は当然でしょう」
フリージアがどうしていいか分からず、助けを求めるように俺を見る。
「私は別にいいですよ。きっと彼らはそれすらも乗り越えてくれると信じていますから」
自信を持ってそう言い切った俺を、赤マントはさらに憎々し気に睨んだ。
「ブロンズ3の生徒たちが、その期待に応えられるといいですな」
俺は無言で席を立ちあがった。
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