第17話 フリージアの相談
一日の業務が終わり、そろそろ宿舎に戻ろうとしていた時だ。
「レオ先生、このあと少しお時間を取れませんか? お話したい事があるので」
フリージアがそう言ってきた。
彼女とは最近、ブロンズ3のクラスでの事や、その他指導方法について良く話し合っている。
よってこういう誘いで驚く事はないのだが……その心配そうな様子が気になった。
「大丈夫ですよ。どこで話をしますか?」
俺としては「学校内のどこかで」という意味で言ったのだが、彼女は
「出来れば余り他の人に聞かれない場所で……」
と小声で付け足した。
「わかりました。じゃあ待っています」
「あ、私もいますぐ帰りますので」
フリージアはそう言うと、荷物を整理し始めた。
フリージアに連れられた店は、学校外にある少し奥まった路地にある喫茶店のような場所だった。
彼女はここの常連だったらしく店主であるエルフの老婆に
「二階の奥の席を使っていいかしら」
とだけ言うと、特に返事も待たずに階段を上がって行った。
二階は屋根裏のような構造になっていて、テーブルは二卓しかない。
その内の窓際のテーブルを彼女は選んだ。
「ここのハーブティーはとても美味しいんですよ。店主みずからが栽培しているハーブを使っているんです。飲むだけでマナが回復するって評判なんです」
そう言ってから彼女は「本日お薦めのハーブティを二つ」と女性店員に注文した。
店員が去った所で、俺の方から用件を尋ねる。
「ところで、話ってなんです?」
フリージアは少し迷ったような顔をしながら口を開き始めた。
「もうすぐ学校全体で月例試験がある事はご存じですよね」
「ええ」
「それにはブロンズ3のクラスも参加せねばなりません」
「そうですね。でもあのクラスは魔法に慣れていないという事で、特別な問題と課題が課されるんですよね」
「それが……今回はどうやら違うらしいんです」
「どういう事ですか?」
「他のブロンズレベルのクラスと、同一の問題と課題が課されるそうなんです」
「ええっ!」
俺の声が思わず高くなった。
俺はブロンズ1・2でも「基礎魔法実践」の授業を受け持っている。
だから他クラスとブロンズ3との間に、どれほどの差があるかを良く知っている。
今の段階では他クラス向けに出された課題など、彼らに出来る訳がない。
「私も、それを知って驚きました。だってあまりに突然すぎるので」
「どうしてそういう事になったんですか?」
「私にもよくわからないのですが……発端はシュナイダー教頭らしくて」
「赤マント……シュナイダー教頭がですか?」
「はい。なんでも『一年後には成果を出していなければならないのに、現状のブロンズ3の能力を把握していない事は問題だ』って言う事らしくて……」
俺も考え込んでしまった。
赤マントの言う事は正しい。
一年後にはブロンズ3の連中は、他ブロンズレベルのクラスと同等の魔法を身に着けていなければならないのだ。
その時になっていきなり他クラスと同じテストを彼らにやらせるのは酷と言うものだろう。
またそれ以前に「他クラスとどの程度の差があるか、学校として知っておきべき」というのも当然の話だ。
だがブロンズ3のレベルは、担当している教師である俺がよくわかっている。
そしてまだ半数以上の生徒が、魔法を全く使えていない状態なのだ。
そんな状態で他クラスと同じ問題、同じ課題など、出来る訳がない。
俺は頭を抱えながら尋ねた。
「その試験って、他クラスと同じなのは筆記試験だけになりませんか? それならば何とかなると思うんですが」
知識だけなら詰め込めば今からでも何とかなるかもしれない。
だが実技課題の方はどうする事もできない。
しかしフリージアは頭を左右に振った。
「レベル毎で統一問題・統一課題というのは動かないようです。教頭が言うには『レオ先生が担任になってから、ブロンズ3の生徒にかなりの進歩が見られると聞いている。それなのにいつまでも甘やかすのはどうか』という事だそうです」
(俺が担任になってから?)
なんとなくその言葉が引っかかった。
カンが「怪しい」と告げている。
どこがどう怪しいのか具体的には言えないが、引っ掛かりを感じるのだ。
そして戦場にいる時、この手のカンは外れた事がない。
(赤マントは俺にいい感情を持っていない。それで俺の評判を下げたいためか?)
(だがそのためにブロンズ3の生徒全員を貶めるような事をするだろうか? 仮にも赤マントは教頭なのに)
(でも赤マントはブロンズ3の生徒も快く思っていないんだよな。まさかとは思うが、もしかしたら……)
「フリージア。実技課題の試験だが、予め何をするか、それは事前に公開されるんですよね?」
「細かい試験内容までは発表されませんが、試験範囲と課題は事前に生徒全体に公開されます。その中で課題にどう挑むかは個々の生徒の判断に任される事になります」
「試験の公平性を欠くかもしれないけど、今のままじゃブロンズ3のみんなにあまりに不利だ。出来れば試験内容を把握しておきたい」
「…………」
「それに今回の急な方針の変更には、何か作為的なものを感じる。何の準備もないまま試験にのぞむのはマズイんじゃないか?」
しばらく思案していたフリージアだったが、それを聞いて納得したようだ。
「分かりました。実技試験の内容について、私からの尋ねてみましょう。今回の試験の急な変更は、私もおかしいと感じていたんです」
こうして俺とフリージアは、ブロンズ3の生徒のために試験対策を行う事とした。
そして週明けの最初の授業で、月例試験の内容が発表された。
マジック・ボードに映し出された試験内容を見て、最初に声を上げたのは原千華だ。
「この次の試験、筆記試験だけじゃなくって実技試験も他クラスと同じ内容なの?」
明らかに困惑した様子だ。
無理もない。
前例の無い事が突然試験として目の前に突き付けられたら、どんな生徒だって戸惑うだろう。
「私たち、他のクラスの生徒と一緒にテストされて、太刀打ちできるかな」
茜も不安そうにそう呟く。
不安そうなのは彼女だけではない。
現在、俺の授業に出席してる7人
(鈴原茜、原千華、神原亮介、片桐銀太、田村梨花とその仲間である橋本恵美と矢野瑠璃子)
の全員が不安そうな面持ちだ。
「気に入らねぇな」
不意に片桐がそう声を上げる。
「気に入らない? なにがだ?」
俺がそう問いと、片桐はマジック・ボードを追い払うように打ち消した。
「先公が抜き打ちテストをやる時って言うのは、大抵は生徒を試そうとする時なんだ」
その言葉にどこか感じるものがあったが、あえて俺は質問してみた。
「どういう事だ? そもそも試験って言うのは生徒の理解度を確認するためなんだから、試そうとするのは当たり前だろ」
だが片桐は右手を左右に振った。
「そういう意味じゃねぇ。なんて言うかな……先公にとって気に入らない生徒を、さらにハッキリとランク付けするって言うか、当人にも周囲にも『その生徒がダメだ』って事を認識させるっていうか……ともかくそんな時なんだよ」
(その生徒がダメである事を、本人にも周囲にも認識させるため……)
片桐のその言葉は俺の中に響くものがあった。
「いくらなんでも、そんな事はないんじゃない? 先生が私たちをランク付けするなんて」
茜が反論を試みるが、片桐は主張を曲げない。
「茜は昔からイイ子だったから分からないんだろ。俺はガキの頃から先公に目を付けられて過ごして来たんだ。先公が悪意をもってやる事には敏感なんだよ」
片桐に田村梨花が同意する。
「アタシも片桐の意見に賛成かな。なんかこの突然の変更には悪意を感じるよ。今までの学校側の扱いとなんか違う」
俺は思案した。
(もし片桐や梨花の言う事が正しいとしたら……なんらかの手を打つ必要があるか)
だが俺はここでは一応は教師の立場だ。
あまり生徒の言う事に全面的に乗っかって、彼らの不安を煽るような事はすべきじゃないだろう。
「憶測はその辺にしておいて、ともかく試験対策をしよう。幸い筆記試験については、授業時間外にもフリージア先生が見てくれるって言うから、みんな出来るだけそれに参加してくれ」
俺はそう言ってから「じゃあ今日の授業に入ろう」と告げた。
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