第16話 教師たち――赤マントともじゃ頭、次の策を練る

他の教師が授業に行っている時間。

職員室には教頭である赤マントことハンス・シュナイダーと、もじゃ頭ことニコライ・ニコラウスだけが残っていた。

室内に誰も居ない事を確認したもじゃ頭は、赤マントのデスクに向かった。


「教頭、お聞きになりましたか?」


赤マントが座ったままメガネ越しに上目遣いでもじゃ頭を見る。


「あの異界人のクラスの事か?」


もじゃ頭が頷いた。


「はい、あの異界人、少しずつではありますが、ブロンズ3の連中を手懐ける事に成功しているようです」


赤マントは不機嫌そうに鼻を鳴らしながらメガネを外した。


「ブロンズ3の出来損ない達は、レオの授業をボイコットしていたのではなかったのか?」


「それがどういう訳か、ヤツの授業を受ける生徒が増えているのです」


「いったいどのくらいの数の生徒が、ヤツの授業を受けているんだ?」


「今のところはまだ十人に満たないようです」


「すでにクラスの四分の一がヤツの手の内という事なんだな」


赤マントがさらに不機嫌そうに鼻を鳴らす。


「それで肝心の魔法の力はどうなんだ? 生徒たちは少しは上達したのか?」


もじゃ頭が言いにくそうな顔をした。


「その件ですが……レオの授業に参加している生徒は、かなりの進歩を遂げているようです。他の教員たちも『驚異的だ』と驚いているくらいでして……」


赤マントが右手でこめかみを揉むように押えた。


「つまり、我々が目論んでいた『ブロンズ3の生徒がレオの授業をボイコットし、レオが教師としては無能だと言う事を証明し、さらにはブロンズ3の生意気な異界人たちをこの学校から放り出す』という計画とは、逆の方向に動いているという訳だな」


もじゃ頭も悔しそうな顔をする。


「残念ながら……今のところは……」


「あの異界人の軍人が、ブロンズ3の生徒なんかをそこまで指導する力があるとは……信じられん」


「信じられないのは私も同様です。他の教師たちも驚いているくらいですから……でもそのせいで……」


もじゃ頭が言いよどんだので、赤マントが「なんだ?」と先を促した。


「その、レオの授業内容を知りたいという事で、フリージア先生は空き時間にヤツの授業を見学しているとの事です」


赤マントが顔色を変えてもじゃ頭を見る。

だがもじゃ頭の話はさらに先があった。


「フリージア先生はブロンズ3の元クラス担任だった事もあって、レオの指導方法をもっとよく知りたいとか。それでプライベートな時間でも二人は接触しているらしくて……時には一緒に夕食なども……」


赤マントは、そのトレードマークのマントの色にも負けないほど、顔を赤くして立ち上がった。


「許さん、絶対に許さん! あんな下賤な汚れた血の異界人が、こともあろうに高貴なフリージアと一緒に夕食だと! 我々でさえ二人きりでそのような事は無かったと言うのに!」


「私も許せません! ともかく一刻も早く、あの異界人の軍人教師をこの学校から追い出して彼女の純潔を守らねば!」


全身を怒りに震わせていた赤マントだったが、しばらくたってストンと椅子に腰を降ろした。


「だが……この状況ではレオを当校から追い出すのは簡単ではない。何の成果もないならともかく、ヤツはそれなりの成果をあげているのだろう? 校長に何と言えばいいか……」


もじゃ頭もタメ息混じりに言う。


「校長があの異界人を教師として迎え入れたのですよね」


「そうだ。なんでも校長はレオの師匠である王国七大魔法士の一人、マスター・イオナと魔法大学時代からの親友だそうだ。それもあってか、校長はレオをお気に入りのようだしな」


「そうなると……それなりの理由がないと、ヤツをこの学校から追い出せませんね」


「ああ、だからヤツが成果を上げている事は、出来れば校長の耳には入れたくない」


「どうすればヤツが教師として無能で、生徒たちがヤツから離れていくか……」


「まだレオの授業を受ける生徒が少数派である今の内に、何かの手を打たねばならんな……」


そう言って考え込んでいた二人だったが、不意に赤マントが顔を上げた。

その視線の先には、学校行事が書き記された掲示板がある。


「そう言えば、もうすぐ月例試験だったよな?」


「ええ、来週末には試験を行います」


「それだ!」


赤マントが大きな声を出した。


「次の月例試験からブロンズ3のクラスも、他クラスと同一の問題と課題で参加させるんだ!」


「ブロンズ3のクラスも、他クラスと同じ問題と課題でですか?」


もじゃ頭が不思議そうに問い返す。


「そうだ。今までブロンズ3のクラスは『魔法を知らない異界人』という事で、他ブロンズクラスに比べて優しい問題や課題としてきた。だが今回からは公平に評価するという事で同じテストにする」


「なるほど、それならばブロンズ3のクラスは他と比べて著しく成績が悪いと明らかにする事ができますな」


「さらに言えば、試験問題は他のブロンズクラスが有利になるように作成するんだ! ブロンズクラスがまだ習っていない範囲、または苦手な範囲から出題するようにしてな」


それを聞いたもじゃ頭も喜びを顔に表して頷く。


「それでブロンズ3のクラスが著しく悪い点数を取れば、レオの指導能力が低いと証明できる訳ですな!」


「それだけではない。試験の結果が悪く、生徒たちが劣等感を抱けばレオの授業に疑問を持つだろう。元々自分から意欲的に学ぼうとはしない生徒たちだ。レオの授業を受けても効果がないとなれば、ボイコットしている連中はレオの授業に参加する気は起きないだろうし、いま授業を受けている連中もレオを見限るに違いない」


「ブロンズ3の連中は、何かと他人のせいにしたがりますからな。『魔法ができないのは自分のせいではなく、レオの教え方が悪いと』」


「その通りだ。そうしてレオの授業を受ける生徒が減り、さらに成績が下がっていけば……」


赤マントの言葉をもじゃ頭が継いだ。


「我々の当初の計画通り、レオは教師として不適格という事で軍に戻り、汚れた血の異界人生徒はこの学校から放逐できると」


赤マントは拳を握りしめて立ち上がった。


「今までずいぶんと甘やかして来たが、これ以上、あの異界人たちをのさばらせる訳にはいかん。どちらも纏めて私の視界から追い払ってくれる」


異様な気迫でそう呟いていた。

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