第15話 増えていく生徒
「行っくよぉ~神原!」
原千華が広げた両手を羽ばたくように交差させる。
彼女の腕から二つの竜巻にも似たつむじ風が沸き起こったかと思うと、見る見る大きくなっていった。
つむじ風の向かう先に神原亮介がいる。
まともにぶつかれば彼が吹き飛ばされるだろう。
「ちょっ、これ、大きすぎないか?」
神原は大声で不満を言いながらも、右手を前に突き出して意識を集中させる。
すると二つのつむじ風は何かにぶつかったかのように左右に弾け、そして消えて行った。
「ふ~、あっぶねぇ。だけど今回も俺の魔法障壁の方が勝ったみたい……」
神原の台詞が途中で途切れた。
背後に迫る何かを感じたらしく、慌てて後ろを振り返る。
そこには二つのつむじ風が合体し、さらに大きな竜巻となって迫って来ていたのだ。
千華が勝ち誇ったような顔をした。
「アタシがいつも同じ手しか使わないとでも思ったの? こんな事も出来るんだよ」
神原が急いでその竜巻に向かって魔法障壁を出そうとする。
だが慌てているせいか、咄嗟には魔法を発動できない。
「うわぁ」
竜巻に巻き込まれた神原の身体が、一瞬にして宙に浮く。
おそらく術者である千華の予想も超えていたのだろう。
あっと言う間に神原は地上高く二十メートルほど持ち上げられた。
(大丈夫だろうか? このまま神原が空中から落下したら大ケガなんてレベルじゃすまない)
俺は彼が地上に落ちる寸前に、受け止める念動魔法をかけるつもりだった。
だがその心配は杞憂だった。
地上に落ちる前に、神原が自ら魔法障壁を展開して衝突を防いだのだ。
しかし彼の身体自体は無様に地面に落ちた。
「ペッ、ペッ。口の中に土が入った。千華、もっと手加減しろよ。魔法障壁で防いだからいいものの、あの高さから落ちたら洒落にならないだろ」
「ごっめ~ん、つい力が入り過ぎちゃった。でも危ない状況になっても衛藤くんが見ていてくれるから、そこは大丈夫だと思っていたよ。ね、衛藤くん!」
千華がそう言って俺の方に笑顔を向ける。
それを聞いて神原も「まぁ衛藤が見ているから、ってのは納得できるけどさ」とボヤくように言った。
俺も笑顔で答えるが、一応、釘は刺して置く。
「確かに俺も注意して見ているけど、魔法は制御する事も重要な練習だから。だから想定以上の威力が発揮される事は常に考えていてくれ。特に魔法はかけ合わせていくと、術者の想定を越えて威力を発揮する時がある。魔力が周囲のマナを巻き込んで暴走するんだ。それに時として術者の精神さえ削られる事がある。それは注意しなければならない」
「そうなんだ。わかりました、せんせ~」
千華がペロッと舌を出して可愛く答える。
茜が駆け寄って来た。
「神原くん、ケガをしているならヒーリングの魔法で直そうか?」
「いや、そこまでじゃないよ。ありがとう。それにしても茜、また連れている動物が増えたな」
神原が言う通り、鈴原茜の周囲には多くの動物が取り囲んでいる。
小鳥やリスのようのな小動物から、イタチやキツネ、鹿のような大型の動物もいる。
最近の茜は動物たちを手懐け、会話する魔法を好んでいる。
当初は治癒魔法でケガをした動物の治療をしていたが、その内に動物を操る術を身に着けたみたいだ。
「うん。この子たちも最初は私たちに怯えていたんだけど、魔法で話しかけたら懐いてくれたんだ。でもまだユニコーンや麒麟みたいな霊獣は私の魔法じゃ通じないみたいだけど」
「ユニコーンや麒麟は警戒心も強いからね。でも大丈夫、茜の魔法は日々強くなっているし、その内に会話できるようになると思うよ。一つだけアドバイスするとしたら、霊獣を相手に話しかける時は、魔法の強さよりも波長みたいなものを意識した方がいい」
俺の言葉に茜は嬉しそうに微笑むと「ありがとう。衛藤くん」と言ってくれた。
でも俺としては自分で言っていてなんか偉そうな感じがしたので、急いで補足する。
「いや、俺も動物を使役する魔法は得意じゃないんだ。俺のはほとんど攻撃魔法に特化しているから。だから今の俺の師匠の受け売りで……茜ならすぐに俺より上手くなると思うよ」
そんな俺の慌てぶりが可笑しかったのか、千華と「ぷっ」と吹き出した。
「なんだ、ここは笑うような所か?」
俺が不満を滲ませてそう言うと千華は
「いや、そんなんじゃないよ。でもこの世界の衛藤くんって完璧な人間に思われているじゃん。だけどそういう細かい所で無駄に謙虚な点は変わっていないんだな、と思って」
となぜか嬉しそうに答えた。
俺が憮然としていると、片桐が近づいて来る。
「おい、衛藤。オマエが放った光弾、全部叩き落としたぞ!」
彼には練習用に自動追尾する20発の光弾魔法を放っていた。
当ってもケガなどはしないが、当たった場所に光の粉が付き、そのたびに魔法エネルギーが削られるように設定してある。
だが片桐の様子を見ると、光弾が身体に当たった様子はない。
「一発も身体には当たらなかったみたいだな」
俺がそう言うと、片桐は「ふん」と鼻を鳴らした。
「当然だろーが。あんなヒョロヒョロした光弾を、俺が喰らう訳ないだろ。次からはもっとマシな奴を出せよ」
そう言いつつも、どこか得意げな様子だ。
「じゃあみんな揃った所で、少し休憩にしない? 私、お茶を用意してあるんだけど」
茜がそう言って自分のディバッグから水筒とカップを5つ取り出す。
陶器性で密閉はできるが保温性などはない水筒だ。
だが茜はそれを手にして小さく呪文を唱えると「よし、これでオッケー」と言って水筒からカップにお茶を注ぎ込んだ。
水筒からはアツアツの湯気が立ち上るお茶が出て来る。
「こういう日常の魔法もずいぶん上手くなったな」
神原が感心したように言うと、茜は
「私はこういう魔法の方が得意なのかな」
と笑顔で答える。
(本当にみんな、短期間でずいぶんと魔法が上達したよな)
俺も嬉しく思いながら、茜から手渡されたお茶を口に運んだ時だ。
「へぇ~、ずいぶん楽しそうにやってるじゃん」
そう声を掛けて来たのは……女子の中心的存在であるギャル系美少女、田村梨花だ。
彼女自身、性格が明るく享楽的な所もあるので、割と飯島たちのグループと一緒にいる事が多い。
その後ろには同じギャル仲間の橋本恵美と矢野瑠璃子が一緒にいる。
最初の声を上げたの同じ陽キャグループの神原だ。
「梨花、それに恵美と瑠璃子も……どうしたんだ?」
すると田村梨花は軽く神原を睨んだ。
「どうしたって、アタシだってブロンズ3のクラスの生徒じゃない。衛藤の授業を受けに来たって別にいいでしょ」
「それはそうだが……飯島には何て言ってきたんだ?」
神原のその言葉には言外に「飯島の言う事に逆らって、俺の授業を受けてもいいのか?」という意味が含まれている。
だが田村梨花はなんでもないように答えた。
「別に問題はないっしょ。第一それを問題にしたら神原、アンタの方こそ大丈夫なの? 飯島は同じグループの裏切りは許さないタイプだよ」
すると神原は苦笑した。
「違いない。だけど俺は誰も裏切ったつもりはないんだけどな。誰かを裏切ったり陥れたりとか、そういうのはゴメンだ。それに衛藤の授業は純粋に楽しいよ。魔法も上手くなったしな」
「アタシもそうだよ。元々アタシは誰かの指示されたり、強制されたりするのは大嫌いだからね」
そう言って彼女は俺を見た。
「それにさ、衛藤の魔法が確かな事は間違いないしね。茜も千華も神原も、さらには片桐まで魔法が凄く上達してるって言うじゃん。こりゃアタシらも試してみないと損かなって。それでウチラも衛藤の授業受けたいんど、いいかな?」
「いいも悪いもない。最初から俺は『ブロンズ3のクラスを教える』ってつもりだからな。ただヤル気がない相手に無理やり教える気はないってだけだ。魔法は無理をさせると危険な場合もあるからな」
「へー、イイコト言うじゃん。さすがレオせんせーだね」
梨花はそう言って片目をつぶって見せる。
「からかうなよ。今まで通り衛藤でいい」
梨花は嬉しそうに俺に近づいて来ると、その手を胸に抱え込んだ。
彼女の豊かなバストの感触が、上腕部に伝わる。
「じゃ、まず手始めにどんな魔法を教えてくれるの? 初心者なんだから優しく教えてよね。手取り足取り」
彼女の急な接触には俺も少し戸惑った。
だが本当に戸惑ったのは、そこに原千華がやって来て、いきなり梨花を俺の手からもぎ離した事だ。
「そんなにくっつかなくたって、魔法を教わるのはできるでしょ!」
語気荒く、千華は言い放つ。
だが梨花も負けてはいない。
「いいじゃん、別に。千華は今までタップリと衛藤から直に教わっているんでしょ。アタシは今日が初めてなんだから」
「いきなりやってきて、それで衛藤くんを独占しようなんて虫が良すぎるんじゃない! 後から来た方が優先なんて、そんなルールはないよ!」
すると梨花はさらに俺にベッタリと抱き着いて来た。
「衛藤~、なんか千華が怖いんですけどぉ。なんとかしてぇ」
「だから、そんな風のくっつかなくたって、魔法は習えるって言ってるの! コラ、離れろ!」
千華が俺と梨花の間に入って、なんとか梨花を引き離そうとする。
俺としては、どう対処していいのか解らなかった。
千華の言う事は正しいし、最初から俺を信じてくれていた千華と茜を蔑ろにする気はない。
かと言って、新たにヤル気になっている梨花たちの意欲を削ぐのもよろしくない。
困り顔の俺を、神原は面白そうに、片桐は呆れた様子で見ていた。
(でも、こんな平和な感じでみんなで魔法を学んでいくのも、なんかいいな)
そんな平和な気分になれた一時だ。
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