第14話 対決、ヤンキー片桐(後編)

「じゃあ始めるか。フリージア、俺を見張っていてくれ」


次に俺は片桐に声をかける。


「いつでも好きな時に初めていいぞ」


しばらく俺を見つめていた片桐が、距離を詰めるために一歩踏み出そうとした。


「額」


俺はそう言って人差し指を弾く。

光弾が飛ぶと正確に片桐の額に命中した。


「ぐっ」


思わず片桐は仰け反る。


「左頬」


宣言と共に再び光弾が飛ぶ。

今度は緩く右側からカーブを描く。

そして片桐の左頬に当たる。

彼は右フックを喰らったように顔が横を向いた。


「鼻」


片桐が正面を向いた瞬間、今度は光弾が彼の顔面中央に炸裂する。

片桐はぐらりと後ろにフラついた。


「どうした。俺の魔法を弾き飛ばしてみせろ。このままじゃ俺に近づくどころか、後退する一方だぞ」


片桐が怒りをたぎらせた目で俺を睨む。


「額」


俺は再び彼の額を狙った。

今度は片桐は、右手を上げてガードする。

だが光弾は右手をすり抜け、彼の額に命中した。


(まだダメか?)


俺は心の中でタメ息をつく。

これで片桐が「魔法は制止できない」と思ったら、逆効果になりかねない。

俺はバクチになるが、さらに挑発を試みた。


「おいおい、そんな弱気なガードじゃ、魔法を食い止めるなんて出来ないぞ。もっと気合入れてかかって来いよ。あんたらヤンキーのケンカは防御じゃなくて攻撃重視じゃないのか?」


片桐が前を向いて足を踏み出す。

その目はより一層、怒りと敵意に燃えていた。


その後も俺は次々に光弾を放った。

その全てが狙い通りに命中する。

だが途中から十発に一発ほど、片桐は拳で光弾を防ぐようになった。


(どうやら魔法エネルギーの使い方がわかってきたようだな)


俺がそう思った時、片桐も薄ら笑いと共に言った。


「ようやくつかんで来たぜ。衛藤、オマエの光弾の防ぎ方をな」


(よし、あと一歩だ)


「ハッ、なに言ってる。そんなボコボコの状態で。そもそもたまに俺の魔法を防げたくらいで何が出来る? 戦闘魔法士は攻撃魔法を使えてこそなんだよ」


光弾の威力は弱めてはいるが、既に片桐の顔は何十発も殴られたように腫れ上がっていた。

だが距離としてはまだ半分も進めていない。


(マズイな。このままだと俺の所にたどり着く前に、彼の方が倒れてしまう。もう少し光弾の威力を弱めるか)


フリージアが叫んだ。


「片桐くん、もう止めなさい! あなたでは決してレオ先生に勝てない。勝てる訳がない」


続いて彼女は俺の方を振り返った。


「レオ先生も、もう止めて下さい! 能力を見せるためなら、もう十分でしょう! いくら手加減していても、これ以上の攻撃が続けば、彼は大ケガをしてしまいます! そうなる前に私は止めますから!」


(そうだ。俺は片桐が大ケガしそうなら、それを止めてくれとフリージアに言ったんだ)


心の中で先ほどの宣言を後悔する。


(だけど今ここで止めたら、これまでの片桐の我慢が無駄になる。あと少しなんだ……。だけどここで彼が大ケガをしたら意味がないし……)


俺の中にも迷いが生じた。

クラスの連中からも「もう止めて欲しい」「このままじゃ片桐が死ぬ」「酷い」「やり過ぎだ」と言う声が聞こえて来た。


だがそれを覆したのは片桐本人だった。


「止めるな! 止めるんじゃねぇ!」


そう言って彼はファイティングポーズを取りながら、足を前に踏み出す。


「このまま終わったら意味がねぇ。なんとしても衛藤に一発カマさないと気が収まらねぇ。だから絶対に誰も止めるな!」


(既に何十発も殴られているのと同じなのに……大した根性だ)


そう思いながらも、俺はさらに挑発した。


「威勢だけはいいな。だけとオマエが俺に触れる事なんて一生かかっても無理だ。このまま無様に倒れるしかないだろうよ」


「ぬかせ! 必ずオマエの所にたどり着いて、この拳をその顔面に叩き込んでやる!」


「そうか? じゃあ次はみぞおちだ」


俺の放った光弾が彼のみぞおちに突き刺さる。


「ぐっ」


片桐は身体を丸めてよろめいたが、今度は後退はしなかった。


(ほう、どうやらぶつかる場所に魔法エネルギーを貯めて、俺の魔法に耐える術も学んできたみたいだな)


それだけではない。

俺の放つ光弾を片桐はパンチで弾き飛ばすようになって来たのだ。

片桐がジリジリと俺との距離を詰めて来る。

クラスメートからも「片桐、頑張れ!」「衛藤の魔法に対抗できるようになってきた!」「もうちょっとだ!」「あと少しで衛藤の所に辿り着くぞ!」「行け!」との声援が飛び始める。


まるっきり俺が悪役だ。

だがこれでいい。

片桐銀太は相手に対する敵意、負けん気や攻撃する意思が、その魔法の源泉となっているのだ。

ついに俺まで2メートルの場所に来た。


「あ、あと少しで衛藤、オマエに手が届くぜ」


腫れ上がった顔で、片桐はそう言った。


「そうかい。じゃあ最後にこれだ。顎、右頬、鼻、みぞおち、額、左頬、顎、レバー、鼻、顎!」


俺は宣言と共に十連発で光弾を放った。

片桐はそれを固くカードしながら前に出る。

そして俺との距離が1メートルを切った所で……


「うおおおおおお!」


片桐は雄叫びと共に右のパンチを放って来た。

その魂を乗せるがごとく、渾身の力を込めた一撃だ。

その拳には魔法に慣れた俺の目にさえ、光り輝くほどの魔法エネルギーが込められていた。


俺は身体を左側に逸らすと、そのパンチを避けた。

俺の背後にあった倒木に、片桐の魔力を込めたパンチがブチ当たる。

すると拳の当った場所が、まるで爆発するように吹き飛んだ。

クラスの連中が目を見張る。


力を使い果たした片桐がそのまま倒れそうになるのを、俺は抱き支えた。


「片桐、これがおまえの魔法だよ」


俺が静かにそう告げると、片桐は腫れた瞼の下から俺を見上げる。


「うっせぇ、カッコつけんな。最後の最後で逃げやがって」


「俺は魔法は光弾しか使わないと言ったが、自分の身体を使わないとは言ってないぞ」


「くそが。ムカつく野郎だ」


片桐はニヤリと笑った後、意識を失った。



片桐銀太を医務室に運んだ後、クラスは自然解散となった。

二人だけになった所で、フリージアが俺に問いかけて来た。


「レオ先生は、どうして片桐くんが魔法が使えるようになるって分かったんです?」


「最初の授業の時に、みんなに『魔法を見せてくれ』って言いましたよね。片桐はシャドーボクシングでパンチを繰り出す動作をした。あの時に彼の拳には魔法エネルギーがこもっているのが見えたんです。だから後はアイツが使い方さえ覚えればいいんじゃないか思ったんですよ」


「じゃあ最初から片桐くんを相手にするつもりだったんですね。それならなぜクラス全員を挑発するようなマネをしたんですか?」


「いきなり片桐を指名するのもあからさまじゃないですか。それに彼は人の言いなりになる事が大嫌いなんです。だからクラスのみんなの前で挑戦者を募って、そこで彼に目をつければ自分から出て来てくれるんじゃないかって」


するとフリージアは驚きと感心の目で俺を見た。


「そうだったんですね。最初から彼の能力を引き出すために、あんな事をしたなんて……これもレオ先生がクラスのみんなの性格を把握しているから出来る事なんですね」


「いや、そんな大層なもんじゃないです。今回が上手く行ったのも半分は偶然ですよ」


だがフリージアは強く頭を振った


「いいえ。レオ先生は本当の意味でブロンズ3のみんなを理解している。だからこそ今回も片桐くんの力を引き出す事が出来たんです。単に魔法士として優れているだけじゃない。レオ先生は優れた指導者の資質があるんです」


そう言ってまるで憧れのような目で俺を見た。


(マジでそんなんじゃないんだけどな)


俺はそう思いながら、彼女に言われた事に恥ずかしさと同時に嬉しさも感じていた。



翌日のブロンズ3の授業。

俺は「昨日の事が悪い方向に出ていないといいんだが」と思いつつ教室に向かった。


何しろ片桐がかなり痛めつけられたのは、クラス全員が見ている。

飯島や秋山は「俺がクラスの連中に仕返しをしようとしている」と吹聴しているらしいが、ある意味でそれを実証してしまったようなものだ。


(もう少し、うまいやり方がなかったかな?)


俺はそう反省しながらも教室のドアを開けた。

そこには鈴原茜、原千華、神原亮介に続いて、四人目の生徒が居た。

ヤンキーのリーダー、片桐銀太だ。


「片桐も俺の授業に出る気になったのか?」


俺がそう尋ねると、彼は「フン」と鼻を鳴らした後でこう言った。


「あのまま衛藤に勝ち逃げされるのも癪だしな。それに俺はまだオマエを殴れてねぇ。それまではオマエから離れねぇよ」


魔法治療のかいもあって、彼の顔の腫れはほぼ引いているが、それでもアチコチに残った痣は目立つ。

しかも所々に絆創膏を貼っているので尚更だ。


「片桐のCQMじゃ、俺の遠距離魔法には不利じゃないか?」


片桐が俺の方を振り向く。


「なんだ、そのCQMって?」


「Close Quarters Magic、近接戦闘魔法だ。相手と触れ合うぐらいの接近距離で使う攻撃魔法って事だな。魔法ってのは本来、遠距離・広範囲に使う場合が多いんだが、最近はそういう使い方も研究されているらしい。まだ新しい分野だ」


「まだ新しい分野ね……じゃあ俺がその分野の第一人者になってやるよ」


「ああ、片桐ならなれるかもな」


片桐が驚いたような目で俺を見る。

おそらく俺に否定されると思ったのだろう。


だがこれは本音だ。

彼の爆発的な魔力は近接戦闘でこそ生きるだろうし、このジャンルはまだほとんど研究されていない。


(俺が教えた生徒の中から、その第一人者が出たら凄いな)


俺はそんな事を考えながら「それじゃあ今日の授業を始めようか」と明るい声でみんなに言った。

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