第12話 フリージアの怒り

ブロンズ3のクラスの授業が終わり、俺は職員室に戻った。


「あら、レオ先生。なんだか嬉しそうですね。何かいい事があったんですか?」


隣の席のフリージアが、そう話しかけて来る。


「そうかな? 俺、そんな嬉しそう顔をしてました?」


自分でも意外に思って、そう聞き返す。

確かに今日は、茜・千華に続いて神原亮介が参加し、それなりにいい雰囲気で授業が出来た。

全く魔法が使えなかった神原には防御魔法の適性がある事が分かり、本人も自信をつけたようだ。

教えている相手に進歩が見られるのは俺としても当然嬉しい事だ。

だがそれが顔に出る程とは。


「そうですね、嬉しそうというより、満足そうと言った方がいいのかもしれません。そんなお顔をなさってましたよ」


フリージアに花のような笑顔でそう言われると、俺も思わず笑顔になってくる。


「まぁ教えている生徒が上達するって言うのは、思っていた以上に気持ちがいいもんですね」


俺は照れ笑いをしながらも、そう答えた。

俺は今までどちらかと言うと、他人とは関わりを持たない人生を生きて来た。

なんて言うか、他人と関わるといい事もあるだろうが、悪い事もある。

具体的な悪い事は、この世界に転移した時に囮に使われた事だ。

だがそんな大きな事件でなくても、俺たちの世界でも小さなトラブルは頻繁に起きる。

そんな事に煩わされるのが嫌だった俺は、出来るだけ他人との接触を避けていたのだ。


だがこの世界に来て、俺はまず師匠であるマスター・イオナに出会った。

彼女と過ごした一年少々の時間は、俺にとって人生でもっとも貴重な時間だ。

そして今度は俺が他人に何かを与える立場になった。

それが少しでも実を結んでいくのは、俺に今まで感じた事のない満足感を与えてくれた気がする。


「そうなんですか! ブロンズ3の生徒たちの魔法に進歩が見られたんですね!」


フリージアが驚きと共に喜びの表情で声を上げる。


「進歩と言うとちょっと大げさかな。でも教えている生徒は着実に魔法が上達してますよ。今日も今まで魔法が使えなかったヤツが、少しだけど使えるようになったし」


「さすがレオ先生! 今までどの先生や軍の教育担当官が来ても、ブロンズ3の生徒たちは魔法が使えるようにならなかったのに。私だって半年かけてやっと数人に片鱗が見られたくらいで……本当に尊敬します!」


フリージアの美しい目には、本当に俺に対する尊敬の念が現れていた。

彼女にそんな目で見られると俺として気恥ずかしくなってしまう。


「いや、そんな大したことじゃないですよ」


「いや、凄い事です。校長が魔法省や軍に掛け合っただけの事はあります。やっぱり同じ異世界から転移したきた人間として、教え方にコツがあるんですか? あれば教えて欲しいです」


「別にコツとかある訳じゃなくって……少人数だからイメージが伝えやすかったって事くらいかな」


それを聞いたフリージアが疑問顔になった。


「少人数?」


口にしてから俺も「しまった」と思った。

ブロンズ3の生徒たちが、俺の授業をボイコットしている事は誰にも話していないのだ。

別に秘密にしようとまで考えていた訳ではないが、あえて彼らの不利益になる事も話す必要はないと思っていた。

俺も相手が教頭や他の教師だったら口を滑らせる事はなかったが、フリージアとの会話には多少の気の緩みがあったのだろう。


「少人数ってどういう意味でしょうか? ブロンズ3には40名近い生徒がいるはずですが?」


俺は多少迷ったが、彼女には状況を話してもいいかと考えた。

むしろ元ブロンズ3の担任だったフリージアなら、クラスの状況について色々と情報を持っているかもしれない。

ここは相談がてら話した方がいいだろう。


「いや、実はブロンズ3の連中は、俺の授業は受けたくないって言ってボイコットしてるんです」


それを聞いたフリージアの目と口が丸くなる。


「ボイコット?!」


「だから初日は二人だけ、鈴原茜と原千華しか居なかったんだ。二回目の授業ではその二人以外に神原亮介が授業に出て来たんだが」


「そんな……クラスの他の子たちは?」


「どうやら寮の自室かホールにいるらしい。この先もボイコットは続けるつもりだろう」


「なんて事を……それがどんな大変な事になるかも知らずに……」


フリージアはしばらく考えるような俯いた後、決心したように顔を上げた。


「私、行ってきます!」


「え、どこに?」


だが彼女は俺に問いに答える事もせず、既にドアに向かって駆け出していた。



授業の荷物だけ簡単に片づけた後、俺はすぐに職員室を出た。

だがその時には既にフリージアの姿は見えなくなっていた。


(まいったな。フリージアがあんなに直情的に動くとは……)


だが彼女の行先は予想がつく。

おそらく転移者の寮だろう。

彼女は俺の授業をボイコットしている連中を説得に行ったのだ。


俺としてはヤル気のない奴に教える気はない。

そもそも本人にその気がないのでは、魔法なんて使える訳がない。

魔力の源は生命力で、それを操るのは精神力だ。

そして生命力も気力と連動している。

だから俺は彼らが自分からヤル気のなるのを待つつもりだ。

そのために時間切れとなって連中がこの学校を退学となっても、それはそれで仕方がないと割り切っていた。



転移者専用寮にたどり着いた俺が入口のドアを開けようすると、中からフリージアの怒りの声が聞こえた。


「みなさんは、いったい何を考えているんですか!」


彼女にしてはあまりの剣幕だ。

俺は意識を集中して、人工的な微妖精を作る。

こいつは羽虫程度の大きさしかないし、魔力を持たない人間には関知しにくい。

この微妖精を部屋の中に送り込んで、内部を様子を知る事にした。

微妖精の視界から見ると、ブロンズ3のクラスの連中がホールに集まっていた。

その前には怒りを露わにしたフリージアがいる。


「何って、衛藤なんかに教わりたくないって事だよ」


そう言った飯島に秋山が続く。


「そうだ。衛藤に俺たちを教える資格なんてない! なんでアイツがそんな偉そうな立場なんだよ!」


フリージアが二人を睨んでいる。


「レオ先生は成果も結果も出している、立派な魔法士なんです! 勲章だって僅か一年半の間にいくつも授与されています。 校長先生がわざわざ魔法省や軍上層部の人間に掛け合って、特別に来て頂いた方なんですよ!


「別に衛藤がどう偉かろうが、俺たちには関係ないよ。ともかく俺たちは、元の世界では同じ学校の生徒だったんだ。そんな奴が偉そうに俺たちに教えるとか言うのが我慢ならないんだ」


「そんなワガママはいくらなんでも通用しません! そもそも他のクラスではレオ先生に教えて欲しいって声が多数上がっているんですよ! みなさんは自分たちがどれだけ恵まれているか、分からないんですか?!」


「だったら衛藤はそのクラスを教えてやればいいじゃないか。ともかく、俺たちはゴメンなんだ。これはクラスみんなの総意だ」


そう言って飯島が背後にいるクラスの連中を振り返る。

彼らはそれに合わせるように首を縦に振った。

だが俺が見た所、本心から飯島に同意しているのは半分くらいに思えた。


「そんな勝手は許しません! 他にあなたたちに教える魔法士の先生はいないんです」


フリージアの怒りも、飯島たちには通用しないようだ。


「いいさ。だけどそれで困るのはこの国じゃないのか?」


飯島が鼻でせせら笑うような顔をした。


「どうしてですか?!」


「俺たちが魔法が使えないという事は、このクラスから魔族軍を倒す勇者が生まれないって事だろ。そうなったら困るのこの国であって俺たちじゃない。俺たちにとって魔法が使えるかどうかなんて、どっちでもいい話だ」


それを聞いた俺は「飯島たち、相当に思い上がっているな」と感じた。

教頭の赤マントが言っていた事も、満更的外れでもなさそうだ。


フリージアが怒りで顔を赤くしている。

彼女にすれば「今のままでは彼らは一年後に学校を放り出される」という事をぶちまけたい気持ちだろう。

だがそれは教頭に止められているし、彼ら自身を脅迫するようなものだ。

彼女はそれはしない。


フリージアの我慢している顔を、飯島は「自分達が言い負かした」と思ったのだろう。


「そんな顔しなくていいよ。俺たちは言われた通り、ちゃんと勇者になるからさ。だから俺たちの希望も少しは聞いて欲しいんだよ。元々は同じ立場だった衛藤なんかより、この学校にはもっとちゃんとした魔法教師がいるはずだろ? そもそもフリージアちゃんが担任に戻って、俺たちに教えてくれればいいじゃん。それで魔法が使えるようになった奴が何人もいるんだからさ」


飯島は勝ち誇ったような顔でそう言った。

そこでさらに秋山が尻馬に乗って喋り始めた。


「フリージアちゃんにとっては衛藤は凄い人なのかもしれないけどさ、俺たちにとってアイツはただの一般人なんだよ。俺たちと同じ時にこの世界にやって来たパンピーに過ぎない訳。だからアイツが使う魔法とかって言うのもイマイチ信じられない。素人が危険ば武器を振り回しているようにも感じられるんだよ。それで俺たちはケガとかもしたくないんだ。そこの所を解ってもらいたいな。だから生まれた時から魔法に慣れている、この世界の人間、特に俺たちはフリージアちゃんに教えて欲しいんだよ」


おっ、俺の魔法が信用ならないって?

どうせこの場で言っているだけだろうが、そう言われたんじゃ俺も引っ込んでいる訳にはいかないな。

それに「そろそろ出ていくか」と思っていた所だし。


「なるほど、それがおまえたちが授業に出ない言い訳って事だな」

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