第11話 二度目の授業

ブロンズ3クラスの二度目の授業。


(さて、茜と千華は今日はいるかな?)


二人はクラスの他の連中からハブにされる事を覚悟して、初日は俺の授業を受けてくれた。

だが彼女たちにとっても、日々一日中一緒にいるクラスの連中から「裏切者扱い」されるのは辛いはずだ。

だから俺は、彼女たちが授業を受けなくなっても、それを責めるつもりはなかった。


学生にとってクラスというのは、生活の大半を占める重要な世界だ。

そこで孤立するのは、耐えがたい孤独感と疎外感を感じるだろう。

元来、そういう面に無頓着な俺でさえ、クラスで浮いた存在である事はそれなりに嫌な思いをしていた。

ましてや女の子が、そんな状況に置かれて気にならないはずがない。


(ま、その時は俺は教室で本でも読んでいればいいか。今まで忙しくて、じっくり本を読む時間もなかったからな)


そう思いながら教室のドアを開く。

そこには、初回と同じく鈴原茜と原千華の二人がいた。


だが初回とは違っている点もある。

それは三人目の生徒がいたのだ。

クールな感じの軽く茶髪に染めたセミロングのヘアスタイルに爽やかなタイプの男子。

神原亮介だ。


「今日は神原も居るのか」


正直なところ、俺は意外だった。

なぜなら神原は、飯島たち陽キャグループの一人だからだ。

ただし神原は飯島たちとは少しキャラが違う。

他人を見下すような言動は一切見られず、誰にでもフランクに話せる奴だ。

俺とは親しかった訳ではないが、何かある時はごく普通に絡んでいた。

俺としては話しやすいクラスメートの一人だったのだが……。


(飯島たちに言われて、様子を探りにきたのか? それとも授業を妨害しに来たのだろうか?)


そう勘ぐってしまう。

何しろ俺は、飯島グループの一人である秋山に、この世界に転移して早々に囮に使われた経験があるのだ。

悪いが飯島グループの一人である神原が俺の授業を受ける気になった事を、素直に歓迎はできない。


「なんか、授業を受けちゃダメみたいな言い方だな」


神原は苦笑した。

まるで俺の心を読んだかのようだったが、神原は自分からその理由を説明し始めた。


「ま、初日はみんなに合わせてボイコットしたんだからな。二日目から顔を出したら、そう言われても仕方がないか」


「どうして急に俺の授業を受ける気になったんだ?」


「そりゃ茜と千華が、急にあんなに魔法が使えるようになったんだから、少しは気になるだろ」


神原は明るい調子で話を続けた。


「昨夜、みんなが集まっている所に二人が来てさ、『衛藤くんの授業を受けたら一時間半でこんなに魔法が上達した』って披露して見せたんだ。それを見てみんな驚いてさ。俺も『衛藤がどんな教えて方をしているのか、見てみたい』って言ったんだ。他の連中も興味ありそうな顔をしている奴がいたしな」


「それで授業に出る気になったのか? 他の奴に何か言われなかったのか?」


俺は飯島たちの事を思い出しながら尋ねた。


「飯島はかなり反対していたよ。だけど俺が『様子ぐらいは見に行ってもいいんじゃないか? それでもやっぱりつまらない授業だったらボイコットの理由にもなるだろ』って言ったら、渋々オッケーしたよ」


神原の答えはハッキリしていて、さらに嘘がないと思える。

俺も彼に対する疑念が薄れるのを感じた。

神原は他人を陥れるようなヤツじゃなかったし、元々の性格がいい人間だ。

ここは信用してもいいだろう。


「わかった。じゃあ存分に見て行ってくれ」


そう言った後で、俺は彼に念押しをする。


「ただし神原は、茜や千華みたいにはいかないぞ。二人は曲がりなりにも魔法が使えていた。だけど神原は現時点で全く魔法が使えない状態だ。この段階で飛躍的な進歩は難しい」


彼は当然のように頷く。


「そりゃそうだろうな。俺も衛藤の授業を受けて、すぐに魔法が使えるようになるとは思ってないよ。ただクラスの大半の連中は、俺と同様に魔法なんて全く使えない。だから俺が使えるようになれば、他の連中にとっても参考になるんじゃないか?」


神原の言う事は納得できる。

俺は頷くと「じゃあまずは基本から。外部にあるマナを取り入れ、体内で魔法エネルギーに変換する練習から始めよう。と言っても分かりにくいから、まずはイメージ・トレーニングだ」

俺はそう言いながら、飯島に説明を始めた。

それを見ている茜も千華も、どことなく嬉しそうか感じだ。



茜と千華にも、それぞれ自分の好きなイメージを思い描いて魔法を使ってみるように指導する。


「魔法って言うのは自分の体内で練り上げた魔法エネルギーを、自分のイメージで具現化するんだ。だから自分の得意な事で魔法をイメージするといい」


二人とも今日もさらに一段と進歩した。

魔法のコツを掴みつつあるようだ。

そんな二人を見ながら神原が残念そうに言った。


「元々あの二人はクラスの中で魔法が出来る方だけど、このままじゃ差がつく一方だな。今日は俺は進歩なしだし」


「焦る事はないよ。魔法を使うのは最初が一番ハードルが高いんだ。『俺には魔法が使える。息をするように自然に』って思う事が必要だからな。俺たちは違う世界から来ているから、心のどこかで魔法に懐疑的なんだ」


「衛藤はどうしてそんなに魔法が使えるようになったんだ? そのキッカケみたいなものはあったのか?」


「俺はみんなと逸れた後、この王国の七大魔法士の一人に助けられた。そしてその人の弟子になったんだ。あまりに偉大な魔法士で、近くにいた俺も魔法の力を実感せざるを得なかったって所だ」


「逸れた時か……俺たちは衛藤が死んだって思っていた。そのお陰で俺たちは逃げる事ができたんだが……結果としては見殺しにしようとしたんだよな」


神原が沈痛な表情そう漏らす。

どうやら彼は『俺が死んだこと』を誰かに聞かされたのだろう。

その相手はおそらく秋山だ。

アイツが俺を魔族軍の中に追いやったのだから。

飯島たちは仲間である神原にさえ、本当の事を言っていないようだ。


「今さら謝って許される事じゃないが……知らなかったとは言え、本当に済まなかった」


彼はそう言って頭を下げた。


「もういいさ。それも運命だったんだろうって思うよ。そのお陰で今の俺があるとも言えるしな」


そう答える俺を、神原は少し不思議そうな目で見る。


「衛藤、なんか変わったな。そんな風に言えるなんて。逆の立場だったら俺はそう思えないよ。飯島たちが言う通り、仕返しのためにやって来ただろうな」


それを聞いて逆に俺が驚いた。


「仕返し? 俺が?」


「ああ。みんなは『衛藤は見殺しにされた事を恨んで、俺たちに仕返しをするためにこの学校に来たんじゃないか』って疑っているんだ」


「誰が最初にそれを言い出したんだ?」


「言い出したのは秋山かな。まぁそれを取り上げてみんなにボイコットを呼びかけたのは飯島だが」


秋山が言い出したのか。

もっとアイツは俺を死地に追いやって囮にした張本人だから、そう考えるのも当然だが。


「俺にはそんなつもりはない。だから安心して授業を受けて大丈夫だ。と言ったところで、みんなは信じないのか?」


「そうかもしれないな。みんな、衛藤に関してはそれなりに負い目も感じているだろうし」


そこまで話した時だ。


「あ、危ない!」


不意に千華の声が上がった。

見ると彼女の作り出したつむじ風が、予想以上に大きくなって俺たちの方に向かって来る。

もっとも俺にとっては、つむじ風など防御するほどでもないのだが。


だが神原にとってはけっこうな驚きだったらしい。

彼の顔が緊張に引き攣る。

そしてつむじ風が彼に当たる瞬間、はじけ飛んだのだ。


「ごめん、大丈夫だった?」


千華が慌てて駆け寄って来る。


「あ、ああ。大丈夫だよ。なぜか直前で消えたみたいだから」


神原もホッとしたようにそう答えた。

だが俺には見えていたのだ。

つむじ風がぶつかる瞬間、神原の前に魔力による障壁が作り出されるのを。


「神原、オマエは今、自分で魔法を使った事に気づいていないのか?」


俺がそう尋ねると、彼は「へっ?」というような顔をした。


「オマエは今、魔法の壁を作って千華のつむじ風を弾き飛ばしたんだよ」


「俺が? 魔法の壁を?」


神原はいかにも意外そうに言葉を繰り返す。


「そうだ。オマエはきっと攻撃型魔法や物体に作用させる魔法よりも、防御型の魔法に向いているのかもしれないな」


「防御型の魔法?」


「神原は他人と争う事が嫌いなんじゃないか? 他人を傷つけるとか、競ったり優劣を付けたりする事を心の底で嫌悪している」


「そりゃ誰だってケンカになるのは嫌だろ」


「いや、違うよ。多くの人間は『争って負ける事、自分が傷つく事が嫌』なだけなんだ。争っても勝てる、自分は一切傷つかないと思えば、残酷な事が平気で出来る人間だって多くいるんだ」


「…………」


「だけど神原、オマエは違うんだ。本当に争いたくない、他人を傷つけたくない。そう思っている人間なんだ。だから魔法も攻撃魔法や物質に作用する魔法ではなく、あくまで防御魔法に特化したタイプなのかもしれない」


「自分では良くわからないが……そうなのかな?」


「これからしばらく防御魔法を専門にやってみたらどうだ? 相手は千華になってもらえばいい。お互いにいい練習相手になるだろう」


話を聞いていた千華は


「それじゃあたしがまるで、他人を平気で傷つける事ができる酷い人間みたいじゃない!」


とちょっと不満顔でそう言った。

それを聞いて一緒にいた茜がクスクス笑いだす。

それに釣られて神原が、そして俺もおかしくなって来た。

三人が笑っているせいか、千華本人も仕方が無さそうに笑う。


元クラスメートと一緒に笑っている。

たったそれだけの事だが、俺にはなぜか妙に懐かしく、そして嬉しく感じられた。

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