第10話 教師たち――赤マントともじゃ頭、学校近くのバーで

ハーデルリア王立第三高等魔法学校は巨大な湖の中にある島に作られている。

そのためほぼ外の世界とは隔絶された環境と言っていい。

よって学校生活を維持するために必要なものは、だいたいが校内で賄えるようになっている。


とは言っても、学校内で全てが足りる訳ではない。

島の外から物資を運んでくる運送業者や、校舎や城壁を修繕する職人などは、学校の外に依頼するしかない。

そして生徒たちは許可がないと校内から出る事はできないが、教師たちはある程度は自由に出入りできる。

そんな教師たちの慰安のための場も必要だ。



学校外にある古びた雰囲気がありながらも、掃除が行き届いた瀟洒なバーがある。

カウンター席以外にはテーブル席が二十ほど置かれている。

店内には適度な暗さに保たれており、少し離れれば客の顔などはハッキリとは分からない。

ちょっとした密談などにはうってつけの場所だ。

そのため学校関係者が「校内では聞かれたくない話」をする時に利用されていた。


二人が今ここにいるのは、そういった密談のためだ。

教頭ハンス・シュナイダーこと赤マントと、魔法理論学教師ニコライ・ニコラウスこともじゃ頭。


店の一番奥にあるテーブル席に二人は陣取っていた。

テーブルの上には紫ビールと、この時期に近くの山で取れる雪雷鳥ユキライチョウの串焼きとオパール鱒の燻製があった。

赤マントは紫ビールを煽った。


「それにしてもあんな異界人の若造が、伝統あるハーデルリア王立第三高等魔法学校の教師になるとは……世も末だな」


同じく紫ビールを煽ったもじゃ頭が何度も頭を縦に振る。


「まったくです。いくら戦場で手柄を立てたとは言え、軍人の、しかも異界人の、血筋の高貴さの欠片もない人間が、我が校の名誉ある教師になるなどあってはならない事です」


「校長も校長だ。あんな異界人の汚れた血を校内に入れるべきではない! 王立高等魔法学校は貴族の高潔な血と魂のみを受け入れるべきだ。汚れた俗人どもは軍の訓練所にでも叩き込んでおけばいい」


「しかもあの異界人、我が国でも希少で高貴な血筋として守られているエルフのフリージア先生に近づいていて……まったくもって許せません!」


もじゃ頭が吐き出すように言った。


実はここにいる二人は、ハーフ・エルフのフリージアにご執心なのだ。

もじゃ頭は何かと彼女に近づこうと偶然を装って帰りを待ち伏せしたり、やたらプレゼントなどを渡そうとする。

彼女の迷惑そうな様子も「照れているだけ」と自分の都合がいいように解釈している。

(現代日本ならほぼストーカー)


一方赤マントの方は、上司という立場を利用して「話しておきたい事がある」「困りごとがあるなら相談に乗ろう」などと、フリージアと二人になる時間を作ろうとしている。

(現代日本ならセクハラ)


そんな二人だけに、レオがフリージアと距離が近づきそうなのが許せないのだ。

赤マントも渋い顔になった。


「確かに。あの異界人は同じブロンズ3の担任という事で、今日も何かとフリージアに話しかけておったわ。彼女の優しさにつけ込んで図々しい男だ!」


「教頭は彼女がブロンズ3のクラス担任になった時も反対でしたよね。それがこんな事に影響するとは。授業の後も二人は何やら話していたみたいですが」


「しかしあの若造、軍での功績を餌にして生徒たちに騒がれているらしいな。まったく生徒たちも見る目がない。ちょっと変わった教師が来ただけで騒ぎおって。自分たちと歳が変わらない異界人相手に大はしゃぎして恥ずかしくないのか」


いかにも不満を溜めた表情に赤マントに対して、もじゃ頭が一癖ありそうな笑いを浮かべた。


「そこで聞いた話ですが、どうやらあの異界人、ブロンズ3のクラスでうまく行っていないみたいですよ」


その言葉に赤マントは興味を持ったように目を輝かせた。


「ほう、何があったというんだ?」


「今日の異界人の授業、ブロンズ3のクラスの生徒はボイコットしたんですよ」


「ボイコットだと?」


赤マントの顔が喜色満面になる。


「ええ、他のクラスの生徒が具合が悪くて寮で休んでいたらしいんですが、隣のホールが騒がしいんで見に行ったんです。そうしたらブロンズ3のクラスの連中がそこに揃っていて『授業はどうしたんだ?』と聞いたら『教師が気に入らないんでボイコットした』って」


「それでレオの奴はどうしたんだ?」


「そこまではわかりません。とりあえず授業時間は職員室には居なかったので、ブロンズ3の教室にいたんでしょうが。生徒もいない教室で一人で何をしていたんでしょうね」


もじゃ頭が「くっくっく」と含み笑いを漏らした。


「なるほどな、これはいい話を聞いた」


赤マントは何かを企むような目をしてもじゃ頭を見る。


「ニコライ君。なんとかブロンズ3の連中にボイコットを続けさせる事ができないか?」


「ボイコットを続けさせて、それでレオの慌てふためく顔が見れるという事ですな」


「それだけじゃない。あのクラスの連中がボイコットを続ければ、魔法技術なんて上達する訳がない。今まで我々が散々教えて来てダメだった連中だからな。一年後はあの異界人どもは退学になる」


「ほうほう」


「そしてレオの方も教師としては使い物にならないと言う話になって軍に戻るだろう。彼の任期は一年という事だが、担任のクラスの生徒がボイコットしているとなれば、半年と待たずして追い出せるかもしれない」


「なるほど。そうなればあの下劣な異界人からフリージア先生を遠ざける事ができますね」


「それだけではない。異界人のレオが担任になってもダメだったら『異界人たちの魔法技術が上達しなかったのは、彼ら自身に才能もヤル気もなかったからだ』という事で、我々の面子も保たれる。これも当初の話していた通りだ」


「ブロンズ3の生徒たちがボイコットする事で、『期待されていたレオは成果を出せず、学校に居づらくなる』『ブロンズ3の異界人生徒たちは一年後に退学』『我々がブロンズ3を教えても進歩が見られなかったのは、彼ら自身の責任』と一石三鳥ですな」


「そういう事だ。だからニコライ君、彼らのボイコットの火を消さないように上手く誘導して欲しい」


「承知いたしました。それでは今夜はその前祝いと行きましょうか」


もじゃ頭が紫ビールのブラスを差し出す。

赤マントもその意味を察すると、グラスを持ち上げてもじゃ頭のグラスに合わせた。

二人の陰険な悪だくみとは似合わず、「チン」という澄んだ音がする。

赤マントともじゃ頭は、とても教師とは思えない笑みを浮かべてビールを口にした。

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