第9話 初授業開始!
配属一日目は、ほぼ担当クラスの紹介のみで終わった。
翌日から本格的に授業を受け持つ事になる。
もちろん俺が先生としてだ。
(先生とかそういうキャラじゃないのにな……)
考えただけで憂鬱になる。
とりあえず俺が受け持つのは、ブロンズ1~3のクラスでは「基礎魔法実践」と、ゴールドの1,2クラスの「戦闘魔法(中級)」の授業だ。
担任としてはブロンズ3のクラスだけだが、それだけやればいい訳ではない。
朝イチでブロンズ3の学活を十分ほど行う。
昨日は突然、俺が現れたので驚いて何も言えないのかと思ったが、朝の学活では全員が大人しくしていた。
と言っても俺も出欠を確認して、今日の予定について簡単に話しただけだが。
朝の学活が終わると俺の仕事は、一時間目のブロンズ1と二時間目のゴールド1のクラスでの授業だ。
ブロンズ3以外はどのクラスも全員が異世界の住人だ。
もっともこの世界から見れば、俺たち転移者の方が「異世界人」という事になるのだが。
ブロンズ1もゴールド1のクラスも、「何度も大戦果を挙げた軍の英雄が来る」という事でかなり盛り上がっていた。
全員が俺の話を聞き漏らすまいと、積極的に授業を受けてくれる。
俺としては気恥ずかしくて、なんだか落ち着かないくらいだ。
質問もみんな積極的だった。
その上、授業が終わった時はクラスの代表が「レオ先生のような偉大な魔法士の指導を受ける事が出来て、僕達は幸せです。これから一年間、ご指導よろしくお願いします!」と花束を持って来たのだ。
どうやらハーデルリア王国国民の間では、想像以上に俺の成果が宣伝されているのではないか?
ただ生徒の中には、俺の戦闘によって救われた町や村の出身者が居て「レオ大尉のお陰で私も家族も無事に過ごせているんです!」と涙を浮かべているものもいた。
昼食のため職員室に戻ると、フリージアからも
「レオ先生、生徒たちの間で凄い評判になってますよ。レオ先生に教えて貰えない生徒からは『どうして自分たちのクラスはレオ先生に指導して貰えないのか?』なんて不満も奮発していて困るくらいです」
と明るい笑顔で教えてくれた。
まぁ俺としても、そう言われて悪い気はしないが。
だがそんな事もあって、俺も少し油断していたのかもしれない。
午後になって、それを早速思い知るのだった。
午後の最初の授業は、俺が担任であり元クラスメートがいるブロンズ3のクラスの授業だ。
(みんなの授業態度はどうなるのかな? 今朝の様子だと別に問題はなさそうだけど)
そう思いながら教室のドアを開くと……
教室の中はガランとしていた。
中に居たのは鈴原茜と原千華の二人だけだ。
(食堂が混んでいたのか? それにしても二人しか揃っていないなんて……)
そう思いながら「みんなはどうしたんだ?」と尋ねた。
すると彼女たち二人は気まずそうに顔を見合わせる。
やがて活発な原千華が答えた。
「みんな、衛藤くんの授業を受けたくないって……ボイコットするんだって」
「ボイコット?!」
思わず俺の声が高くなる。
そりゃ元々は同じ生徒として机を並べていたんだし、同じ歳の俺に教わりたくないって気持ちは分かるけど……。
それにしても他のクラスとの落差がある過ぎる事に、俺はまず面食らった。
千華に続いて、清楚系美少女である鈴原茜も躊躇いがちに口を開く。
「みんな……納得できていないって言うか……どうして、その、衛藤くんが私たちの先生になったのかって……」
「それは同じ条件で異世界にやって来た俺だけが、なぜ魔法士になっているって事?」
「それもあるけど……それよりももっと大きな理由があるんじゃないかって……」
「大きな理由?」
助けを求めるように茜が千華を見た。
千華も困ったような顔をしていたが、やがてそれを口にした。
「衛藤くんが、アタシたちに仕返しをするためにこの学校に来たんじゃないかって考えている人がいるの」
「俺が仕返し?」
思わず呆けたような顔で繰り返した。
と言うか呆れていた。
俺が今さら仕返しだって?
そんな事をするくらいなら、最初からコイツラの教師なんて引き受けない。
放っておけば、彼らは一年後にはこの学校を退学させられるからだ。
この王国の一般市民となったクラスの連中は、新聞で俺の活躍を知る事になるだろう。
もしかしたら凱旋パレードで馬上の俺を、村人Aとして仰ぎ見る事になるかもしれない。
その時に俺と彼らの差と、自分のみじめな境遇を実感する事になる。
(だけどそんな状況って、俺にとって喜べるものじゃないしな……)
むしろ俺は「助けられる状況で助けない」という事の方が、後々後悔しそうだ。
千華はさらに話を続ける。
「昨日の夜、飯島たちが『この世界にやって来た時、運が悪かったとは言え、俺たちは衛藤を見捨てる結果となった。その事をアイツは恨みに思っているはずだ。そんな衛藤が俺たちの魔法教師になった理由は一つ、俺たち全員に復讐するためだ』って言って……」
(なにが『運が悪かった』だ、白々しい)
そう思いつつ、俺は二人に尋ねた。
「それでみんなはそれを信じたって訳か?」
俺を怒らせたと思ったのか、茜が慌てて答える。
「みんなって訳じゃないと思う。だけど飯島くんたちの言う事には逆らえない雰囲気があって……この世界に来てから、飯島くんたちに逆らうと何をされるか分からないって、みんな思っているから」
「あの片桐も飯島の言いなりになっているのか?」
片桐銀太はヤンキーグループのボスだ。
配下に亀谷寛、前田信明というヤンキー仲間を従えている。
腕っぷしに自信がある片桐が、そんなに簡単に飯島の言う事を聞くとは思えなかったのだ。
「片桐くんは飯島くんの言いなりにまではなっていないけど、特に敵対する事もしないみたい。飯島くんも片桐くんには強い態度は取らないし」
茜の言葉に千華が補足する。
「それと元の世界にいたときより、飯島の発言力はずっと強くなっているんだよ。この世界でハブかれたら、どうする事もできないから……」
(これは、想像以上に重症だな、このクラス……)
俺はそう思わざるを得なかった。
かと言って教頭の赤マントから「彼らが一年後に退学になる」という事は口止めされているし、言った所で飯島たちが素直に俺の言う事を信じるとも思えなかった。
「それで鈴原さんと原さんだけが残ってくれたのか。大丈夫なのか?」
この「大丈夫なのか?」の意味は「二人がクラスの中でハブられたり、飯島たちの標的にされないか、という意味だ。
千華は「衛藤くんはもうあたしたちの先生なんでしょ。呼び捨てでいいよ」と言った後に、俺の質問に答えた。
「たぶんあたしたちがハブられる事はないと思う。飯島たちもあたしたちには強く言って来る事はないから」
(そう言えば飯島は鈴原茜にご執心だったな。惚れた女にまでは強く出られないって事か)
千華の答えは妙に俺を納得させてくれた。
まぁ曲りなりにも多少は魔法が使える二人が授業に出てくれたのは良かったと考えるべきだ。
「それなら良かった。じゃあさっそく授業に入ろうか。まず魔法と言うのは……」
それなりの広さがある教室の中で、先生一人と生徒が二人だけ。
最初は「寂しいかな?」と思ったが、授業を始めてみるとこれがけっこう良かった。
何しろ彼女たちは、魔法の基礎をほとんど知らないのだ。
そのイメージを伝えるためには、大人数の前で抗議するよりも、個別に納得できるまで話し合った方がいい。
俺としても彼女たちが、何が分かっていて、何が分かっていないのか、それを把握する事ができる。
たった九十分の間に、彼女たちは目に見えて進歩した。
茜は光の玉を一分以上出せるようになった上、それを自分の周囲に飛ばす事ができるようになった。
以前は十秒ほど手元に出すだけだったのにだ。
千華もつむじ風を十メートル以上飛ばせるようになる。
この進歩には当の本人たちが一番驚き、そして喜んでいた。
「私たち、一気に魔法が上手くなったみたい!」
「この一時間半で、今までの二年間の何倍も上達したよ!」
そう言って茜も千華も明るい表情を見せる。
そんな二人の笑顔を見て俺は「この仕事、引き受けて良かったかもしれない」と思い始めていた。
この調子で二人の魔法が成長してくれれば、少なくとも彼女たちくらいは学園に残す事ができるだろう。
「ねぇ、この一時間の講義で私たちはこんなに上達したんだもの。みんなにも衛藤くんの授業を受けるように言ってみようよ!」
顔を輝かせて茜がそう言った。
「そうだね。衛藤くんがあたしたちに仕返しなんて、そんな事は全然ないって分かれば、みんなも授業を受けたくなるでしょ」
千華も嬉しそうにそう言って俺を見る。
「そうだな。出来るだけみんなにも授業に出るように言ってくれ」
俺は短くそう答えた。
内心は「たぶん言っても無駄だろう」と考えていたのだ。
だから最後に
「まぁ無理はする事はないけどね」
と付け加える事にした。
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