第6話 元クラスメートの前で

「衛藤玲央だ」


そう言って軍帽を取った俺を見て、クラス全員の態度が硬直する。

まるで時が凍ったように全員の動きが止まった。

もちろん声を発するような奴は誰もいない。

全員が全員、信じられないモノを見たかのように、目を丸くしている。

その時間が何十秒、いや何分経ったのか。


「衛藤……くん?」


そう呟き声を漏らしたのは、クラスでも一番の清楚系美少女・鈴原茜だ。

それをきっかけのように、アチコチで口を開き始める。


「衛藤って……どういう事?」

「え、衛藤って、まさかあの、衛藤?」

「ウソだろ。だってアイツはこの世界に来て直ぐに……」

「どういう事なの?」

「雰囲気、違いすぎないか?」

「同姓同名とか?」

「でもあの顔……確かに衛藤じゃ……」


アチコチから囁き声が沸き上がる。

そして何人かが飯島グループの連中に視線を向けた。

クラスの雰囲気の微妙な変化を感じたのか、秋山が血相を変えて立ち上がった。


「え、衛藤玲央って、何の冗談だよ! そんなはずはない! 衛藤は死んだんだ! 生きているはずがない!」


俺は秋山を睨みつけた。


「俺が死んだって? 誰がそんな事を言ったんだ?」


秋山は顔を蒼白にして、口をパクパクを動かした。

だが言葉は出て来ない。


フリージアがクラスの雰囲気にオタオタしながらも、俺についての説明を始めた。


「レオ大尉は元の世界では皆さんの仲間だったと聞いています。彼は不幸にもこの世界に来て早々に皆さんと離れ離れになってしまいました。ですが彼はその後、偉大な魔法士の弟子となって強大な魔力を身に着けました。今では彼自身が何度も名誉勲章を受勲するような優れた魔法士となっています」


そこまで話してフリージアも落ち着いたのだろう。

一息入れると俺を手で指し示しながら話を続ける。


「レオ大尉は皆さんと同じ時にこの世界にやって来た転移者です。ですから彼ほど皆さんの指導に適した存在はいません。レオ大尉なら皆さんが魔法を使えない原因や問題点も、ご自分の経験から適切な助言をして頂けるでしょう。今回は当学校から特別に魔法省と政府にお願いし、貴重な人材であるレオ大尉に来て頂く事になりました。これが担任が変更になる理由です。皆さんにも理解いただけたかと思います」


この理由には、あの口達者な飯島でさえ、何も言い返す事ができなかった。

俺はフリージアの後を引き継いで話す。


「今のフリージア先生の言った通り、俺がこのクラスの担任になる事になった。なお指導教科としては基礎魔法実践と戦闘魔法になる。かっては同級生だった俺に教わる事に抵抗を感じる者もいると思うが、そこはお互い様だ。ちなみにみんなはこの世界に来てから二年足らずだろうが、俺は三年分の経験がある。その差の一年分を先輩だと思ってくれると有難い」


「俺には三年分の経験がある」この意味が分からず全員がポカンとした顔をしている。

無理もない。

『時忘れの迷宮』は一般的には知られていないし、そこに行くまでが極めて困難だ。


フリージアが雰囲気を変えるように明るい声で言った。


「それでは皆さん、レオ大尉……あ、ここではもう先生なのでレオ先生とお呼びしましょうね。レオ先生と久しぶりにお会いしたので積もる話もあるかと思います。一時間目はホームルームとして自己紹介を兼ねて、皆さんのこれまでの近況を……」


そこまで話し始めた彼女を、俺は右手を上げて制した。


「自己紹介や近況報告はけっこうです。それよりもみんなの現時点の魔法の力を見たい。時間が惜しいので。魔法を発現できる練習場は使えますか?」


何しろ一年しかないのだ。

余計な事に時間を割くべきではない。

フリージアは一瞬とまどったような顔をしたが、すぐに返答を返した。


「わかりました。そう言う事なら第二魔法訓練場が空いているはずです。そこを使いましょう。すぐに予約を取ります」


彼女はそう言うと、右手で空間を軽く撫で払う。

ARの3D画像のようにそこにはマジック・ウィンドウが現れる。

フリージアはそれをタッチパネルのように操作し、第二魔法訓練場を予約登録した。



第二魔法訓練場は屋外にある。

俺とフリージア、そしてクラス全員がその場に出た。

既に最初のショックから立ち直ったのだろう。

飯島たちは粘るような敵意の視線を俺に向けている。


「なんだよ、いきなり魔法を見せろって……」


クラスの誰かがそう言うのが聞こえた。

俺を全員を見渡す。


「魔法を教えるのに今のレベルを知る事が必要だからだ。いきなり高等な攻撃魔法や防御魔法なんて使えないだろ? だからみんなの魔法を見せてもらいたい。ちなみに魔法なら何でも、自分の好きな魔法を使っていい」


「そんなこと言ったって、俺たち、ほとんど魔法なんて使えないんだよ」


その発言に「そうだよ」「今まで碌な先生に教えて貰っていないんだから」と何人かが同調する。


「それで構わない。魔法を使えなくても、体内にある魔法エネルギーの流れを俺は見る事ができる。それで魔法を使えない原因もわかるかもしれない」


これは本当なのだが、みんなは疑わしそうな目で見た。

まぁ仕方がないだろう。


「では皆さん、学籍番号の順に一人ずつ魔法を実演して下さい」


フリージアにそう言われ、クラスの連中は渋々と言った様子で一人ずつ魔法を披露し始めた。

と言っても実際に使える者はほとんどいないかった。

そもそも体内にあるマナを集める事すら、出来ている者は半分もいない。


(これは……想像以上に酷いな)


飯島、秋山、沢井の三人はふて腐っているのか、ただ手を伸ばしただけで精神を集中させる事もしていない。


そんな中、一応曲りなりにも魔法を使えたのは清楚系美少女の鈴原茜と、スポーツ系美少女の原千華の二人だ。


茜は「光で照らす魔法……をやります」と言うと両手のひらを前に突き出し「ウッ」と小さく気合を込めた。

その両手の前にランタンほどの光の玉が発生する。

茜は一生懸命に「念じる」と言った様子で光の玉に集中していた。

十秒ほどで光の玉は揺らぎ始めると、かき消すように消えてしまった。


千華は「あたしは風を起こす魔法をやります」と元気良く言うと、やはり両手のひらを前に突き出して念じるように視線を集める。

十秒ほど念じ続けると、突き出した手のひらから小さなつむじ風が沸き起こったが、それも数秒で消えてしまった。

彼女は「ふぅ~、今はこれが精一杯」と言って、汗を拭うかのように額を拳で拭った。


茜、千華に続いて僅かながらでも魔法を発する事が出来たのは、ヤンキーのリーダーである片桐だったのは意外だった。

もっとも本人も周囲の連中も、片桐が魔法を放つ事ができたとは思っていない。

彼はシャドウボクシングのようにパンチを繰り出しただけだ。

だが俺の目には、その拳に沿って魔力の流れが見えたのだ。もっとも魔法として使っていないため、すぐに夢散してしまったが。

後は「たまたま今回は出来た」という者が二人いただけだ。


(こんな状態で全員を、一年以内に魔法士と言えるレベルに出来るだろうか?)


俺はみんなには分からないように小さくタメ息を漏らした。

そんな俺の様子にフリージアは気づいたらしい。

不安そうな目で俺を見ている。


「わかった。今日はここまででいい。正式には俺の担当授業の時に説明する事にするが、それまでに自分がどんな魔法を使いたいのか、それを考えて来て欲しい。次の授業の時にそれを発表して……」


「そのまえにさぁ、衛藤、オマエの魔法を見せてくれよ」


そう言いだしたのは飯島だ。


「俺たちにだけやらせておいて、自分は何もしないのか? それはズルイんじゃないか?」


「そうだよ、衛藤。オマエが魔法を使って見せろよ」


「オマエが魔法を使えるって証明して見せろよ」


秋山と沢井が今度も飯島の尻馬に乗る。

彼らの発言力は、俺がクラスに居た時よりも大きくなっているようだ。

クラスの他の連中も何人かが懐疑的な目を俺に向けていた。

フリージアが止めに入る。


「飯島くん、それはレオ大尉に対してあまりに無礼です! 彼は軍でも指折りの優れた魔法士なんですよ! そんな彼に対して証明して見せろなんて!」


「でも俺たちはその優れた魔法を見た事がないんだ。それに衛藤は俺たちと同じ時にこの世界にやって来た。それなのに衛藤だけがそんな凄い魔法を使えるなんておかしいと思うのは当然だろ?」


飯島の発言に秋山が続く。


「飯島ちゃんの言う通りだ。もしかしたら衛藤は手品か何かで魔法を使ったように見せかけているだけかもしれない。この目で見るまでは信じられないよ」


「手品だなんて、大尉に対してなんて失礼な!」


そう叫ぶフリージアの背後で秘書官のウルタ上級曹長も目を吊り上げて飯島を睨む。握った拳が震えているのが分かった。

しかし飯島も引かない。


「どうだ、みんなも衛藤がそんな凄い魔法士になったんなら、その魔法を見てみたいよな?」


クラスの三分の二ほどが首を縦にする。


「ホラ、みんなもこう言っている。少なくとも俺たちは自分を指導する講師のレベルを見る権利はあるんじゃないか?」


フリージアがさらに何かを言おうとしたが、それを止めるように俺が口を開いた。


「いいだろう。俺の魔法を見せよう。そうだな、何がいいか?」


俺は周囲を見渡した。すると一本の立ち枯れた木が目に入った。


「あそこに一本だけ立ち枯れた木が立っているだろ? アレに火の魔法をかける」


俺は軽く枯れ木に向かって手を伸ばした。

それだけで立木が火に包まれる。

クラス全員からどよめきが起こる。

俺は手のひらを返して指先を上に向けた。

炎の色が赤から青白く変わった。

温度が上がったのだ。

立ち枯れた木は見る見る燃えて行った。

最後に俺は木に向かって両手をパンと合わせると、炎と共に炭化した木は跡形もなく消えていた。

もはやクラスの連中は声もなく息を飲んでいる。


「今のはごく初歩的な魔法だ。この程度の魔法なら呪文の詠唱などは必要なく、いつでも瞬間的に使う事ができる」


全員が呆気にとられた表情で俺を見つめてる。

その時、一時間目終了のチャイムが鳴り響いた。


「一時間目が終わったな。じゃあみんな、さっき言った通りに明日までに自分が使いたい魔法について考えておいてくれ」


俺はそう言うとフリージアに「行きましょう」と声を掛けて校舎に向かった。

クラスの連中はまだ呆然と俺を見ているだけだった。

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