第5話 教師としての第一歩

「授業は基本的にクラス毎なんですが、場合によってはランク単位で行う事もあります。基本的にランクは、プラチナ・ゴールド・シルバー・ブロンズの4つです。ただし同じランクでも生徒間で差が大きい場合はさらにいくつかのレベルに分ける事があります」


受け持ちのクラスに向かう廊下の途中で、フリージアは俺に説明をしてくれる。


「ブロンズ・ランクはいくつのレベルに分けられているんですか?」


「二学年のブロンズ・ランクは1から3までの3つのレベルに分けられています」


「という事は、俺が担当する二学年ブロンズ3クラスと言うのは、一番下のレベルという事ですか?」


「はい……そういう事になります……」


フリージアは言いにくそうにそう答えた後で付け加えた。


「ただ転移者はこの世界について何も知らないですし、当然魔法そのものの概念もありません。だから最初に入学する時はブロンズの初級クラスに居る事は当然なんです。彼らもその事については理解しています」


「だけど二年経ってもその最下位クラスのまま、というのは普通ではない事なんですよね?」


俺が言いにくい部分を自ら補足すると、予想通り彼女は俯いてしまった。

フリージアは生徒たちをフォローしようとしたのだ。

俺が最初から彼らを色眼鏡で見ないように。

だが既に俺は、職員室での彼らの評価を知ってしまっている。

フリージアは俯き加減のまま言葉を続けた。


「彼らは……今はきっと悪い方向に流されてしまっているんだと思います。だって突然知らない世界に連れて来られて、今まで聞いた事もない魔法使いになれって言われても……ハンデがあるのは当然なんです。それでも中には努力している子もいて……最近は何人かは初歩的な魔法を使えるようになって来たんです。教頭が言うように進歩がない訳じゃありません」


(この人は生徒思いの優しい人なんだな)


今はこれ以上、この優しい人に言いたくない事を言わせるべきじゃないかもしれない。

俺は背後に視線を向けた。


「ところでウルタ。君はどこまで付いて来るつもりなんだ?」


ウルタ上級曹長は校長室を出て職員室に居る時も、ずっと俺の背後に影のように付き添っている。


「どこまでって、大尉がオフタイムになって自室に戻られるまでです」


ウルタは当然のように答える。


「つまり授業中も一緒についてくるという訳だな?」


「はい、大尉の任務中はそれに随行するのが秘書官の役目ですから」


俺は少々閉口した。

もちろん作戦中の指揮官のそばには、常に秘書官たる上級曹長が配置されるのは当たり前だ。

だが学校の先生に秘書官が常についているのはどうだろうか?


しかも彼女は「いかにも軍人」と言った装いだ。

もっとも俺も今日は軍の礼服を着用しているのだが。

フリージアも同じように違和感を感じたのだろう。


「そうですね。教師に軍人の秘書官がついているのは、生徒に威圧感を与えるかもしれません。ウルタさんは職員室で待っていらしても……」


「自分の任務は、常に大尉のそばにいて、その補佐をする事です!」


ウルタがキッとした目をフリージアに向けてそう言い放った。

その剣幕にフリージアも「そ、そうなんですね。余計な事を言って申し訳ありません」と慌てて撤回する。

次にウルタは俺に目を向ける。


「大尉の任務に差しさわりがあるようでしたら、自分は教室の後ろに控えておりますが?」


「わかった。そうしてくれ」


彼女の強い意思に、俺もそう答える事しかできなかった。



入口に火トカゲが彫られた銅のメダルと、数字の「3」が書かれた教室の前にやって来た。


「このクラスが二学年のブロンズ3のクラスです」


フリージアにそう言われて、俺は思わず被っていた帽子のツバをぐっと押し下げた。

目元が見えないように顔を隠したのだ。

こんな事をしても意味はないかもしれないが、いきなりみんなの前に顔を晒す気になれなかった。


「それじゃあ行きますね」


フリージアはドアを開くと、まっすぐに教卓に向かっていった。

俺はその後から少し遅れて教室に入る。

ざわっとした感じが伝わった。

クラス全員の目がフリージアに、そして俺へと注がれる。

俺はとりあえず教卓と入口の間くらいに立った。

秘書官のウルタ上級曹長は注目を浴びる事を避けるためか、俺たちに視線が集まる間に教室の後ろのドアから入る。


「おはようございます、皆さん。今日は最初に皆さんにお話ししたい事があります」


俺は軍帽のツバの下からクラスの連中の様子を伺う。

俺にとって、最後に別れてからクラスメートの顔を見るのは三年ぶりという事になる。

だがクラスの連中の様子はそれほど変わっていないようだ。

飯島たち――かっての陽キャグループ――の三人は、俺に敵意を含んだ目を向けている。

他にも片桐たちヤンキー三人組は、相も変わらず教室の後ろでふんぞり返りながら不貞腐れたような目で見てくる。

残りの連中も不満あり気な様子だ。まぁ美人ハーフ・エルフから軍人に担任が変わったら、不満の一つも言いたいだろうが。


そんな中、一部の生徒は不安そうな表情をしていた。

クラス一の美少女、鈴原茜と原千華だ。

俺としては逆に彼女たちが抱えている不安の方が気になる。


「今まで半年間、私がこのクラスの担任をして来ましたが、今日からは新しく来られた先生が担任になられます」


フリージアがそう切り出した時だ。


「新しい担任って、そこにいる人?」


飯島が腕組みを解いて俺を指さして質問した。


「ええ、そうです。こちらの方がこれから皆さんの担任になられる……」


「俺たち、フリージアちゃんがいいんだけど?」


フリージアの言葉を遮った飯島が、臆する事なくそう言った。


「せっかく俺たち、フリージアちゃんのやり方に慣れて来た所じゃん。それなのにまた担任が変わるって、一方的すぎない?」


「そうだよ。たった二年の間に五人も担任が変わるなんておかしいよ」


「その度に方針が変わって、付き合わされる俺たちの身にもなってくれよ」


飯島に同調して続いたのは秋山と沢井だ。

相変わらず、この二人が飯島の手下という事か?


「俺も反対だ」


教室の後ろから野太い声があがる。

ヤンキーグループのリーダー、片桐銀太だ。


「俺たちには一言の相談もなく、コロコロと担任が変わりやがる。馬鹿にされている気がするよ」


「そんな、馬鹿にしているなんて……」


フリージアが困ったような顔になる。


「俺は中学の時から先公に嫌われていたから分かるんだよ。担当の教師が頻繁に変わるって事は、教師の方が面倒を見切れないって思っているからだろ?」


片桐がそう言うと、クラス全体がざわついた。


「そうなのか?」

「そんな馬鹿な!」

「俺たち、勇者候補のクラスだろ?」

「面倒見切れないってどういう意味だよ!」

「私たち、強引にこの世界に連れて来られたのに酷いじゃない!」

「なんて無責任な!」

「そんな事が許されるの!」


最初は小声だった不満が、段々と大きくなる。

やがてそれは非難の目となってフリージアに向けられた。


「皆さん、落ち着いて下さい!」


フリージアの方も必死になって皆を静まらせようと声を張り上げた。


「このクラスが勇者候補である事は間違いありません。また学校側も皆さんを見放すという話ではありません。皆さんの指導により適した先生をお迎えした訳で……」


だがクラスの反動を背景に、飯島がその言葉を再び遮る。


「そんな曖昧な説明じゃ納得できないよ。担任が変わる理由と根拠を言ってくれなきゃ」


「こんど赴任されてきたレオ大尉は、実際の戦場で抜群の戦果を挙げられている、政府や軍上層部からも評判の高い方なのです。私などよりもずっと優れた魔法士であって、皆さんの魔法力向上にプラスになるのは間違いありません」


「そんなの理由にならないって。前にも軍から派遣されてきて担任になった奴が二人もいたじゃん。だけど結局、訳のわからない精神論と根性論だけ振りかざして、俺たちはちっとも進歩しなかった。俺たちが魔法を使えるようになったのは、フリージアちゃんが担任になってからだよね」


飯島は頭が良く、弁も立つ。

自分の思う方向に議論を誘導する事が得意だ。

他の生徒たちも飯島の意見に便乗した。


「そうだよ。他の先生じゃ俺たちは全然魔法を使えるようにならなかった。フリージアちゃんになって、やっと芽が出て来た所だろ!」


「俺たちはフリージア先生のままがいい。軍人の先生なんてお断りだ!」


「フリージア先生は、わたしたちを教えるのが嫌なの?!」


フリージアも必死に説得しようとする。


「私も担任を降りるだけで、皆さんの教科担当から外れる訳ではありません。今まで通り回復魔法と精霊学の授業については私が担当します。だから……」


飯島の方もここぞとばかり力説した。


「だったら余計に担任が変わる必要はないだろ。俺たちはこの世界を救う勇者候補のクラスなんだ。俺たちの意見も尊重されるべきだ! みんなもそう思うだろ?」


それに秋山と沢井が「そうだそうだ!」と囃したてた。

ヤンキーグループの三人、そして他の生徒たちも同調する。

もはやフリージアの話を聞こうとする雰囲気ではない。

クラス全体が騒然となった。


(これは話にならないな……)


群衆がこうなった場合は、ある種のショック療法が必要だ。

それに俺自身、クラスの連中の勝手な言い草に腹が立ち始めていた。


俺はゆっくりと歩き出すと、フリージアの隣に立った。

彼女は困り切った表情と、同時に申し訳なさそうな表情を浮かべて俺を見る。


俺は黙って彼女の横に立ち、軍帽の下からクラス全員を見渡した。

やがて俺の雰囲気に呑まれたのか、不満の声が静まっていく。

飯島たちも異変を感じたのか、様子を伺うように黙って俺を見ていた。

そこで俺は初めて口を開く。


「新しくこのクラスの担任になった、ハーデルリア王国第一師団第二魔法大隊遊撃魔法中隊所属、魔法士大尉。そしてハーデルリア王立第三高等魔法学校特任教師になった……」


ゆっくりと軍帽を脱ぎ去る。


衛藤えいとう玲央れおだ」


そう言って俺はクラス全員の前に、素顔を晒した。

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