第4話 生徒たち――教室にて
――ハーデルリア王立第三高等魔法学校、第二学年ブロンズ3クラスの教室。
「なぁ、今日から担任がフリージアちゃんじゃなくなるってマジか?」
金髪に近い茶髪で右前髪を降ろしている生徒がそう言った。
彼は飯島京也。
俗に言うこのクラスの『陽キャグループ』の一人だ。
彼は転生前の私立
そのスクールカースト的な立場は、異世界に来ても変わらない。
いや、むしろ強まったと言っていいだろう。
この世界に転移直後、このクラスは魔族の一軍に襲われた。
彼らを守ろうとする兵士や魔法士たちが次々と倒れていく中、飯島京也のグループが「衛藤玲央を囮にする事」で全員が生き延びる事が出来たのだ。
クラスの他の連中としては「飯島京也たちの策のおかげで生き延びられた事」以外にも「彼らに逆らえば、次は自分が切り捨てられるかもしれない事」を恐れ、飯島達に逆らう事が出来ないようになっていた。
飯島京也に従わないのは、片桐銀太のヤンキーグループだけだ。
片桐たちはその暴力によって恐れられている。
だが飯島と片桐の双方ともが、相手の影響力を考慮して正面からぶつかる事はなかった。
むしろ根っこの部分では繋がっていると言ってもいいかもしれない。
「そうらしいよ。なんでも軍から魔法のエキスパートって奴が来るって聞いた」
そう答えたのは飯島の取り巻きの一人・秋山幸雄だ。
もっとも彼の場合は取り巻きというより腰巾着と言った方が正しいか。
「衛藤玲央を囮にしよう」と最初に発案したのは彼だ。
「チッ、マジかよ。せっかく美人のハーフ・エルフが担任になったと思ったのに……もう変わっちまうのか?」
そう残念そうに言った飯島に、面白そうな様子で少し太めの男・沢井和則が突っ込んだ。
「飯島はマジでフリージアちゃんを狙っていたもんな。何度も質問なんかに行ったりして……他の先生と態度がまるっきり違っていたもんな」
「うるっせぇよ。そういう沢井や秋山だってフリージアちゃんを狙っていただろ? 用もないのに職員室まで呼びに行ってさ」
「まぁな。なんせ俺たちの世界にはいないエルフ美少女だもんな。そりゃとりあえずはアタックしなきゃ」
「そう思っているのは俺たちだけじゃないだろ。片桐だって狙っていたし、他の男子だって分からないぜ」
そんな三人の会話をうかない顔で聞いていたのは茶髪のセミロングの男子・神原亮介だ。
神原の様子に気づいた飯島が尋ねた。
「どうした、神原? なんか難しい顔してさ」
神原は表情を崩さないまま飯島に視線を向けた。
「いや、流石に不自然かなと思ってさ。いくら何でも担任が変わり過ぎだろ。この二年間で、教頭のハンス・シュナイダー先生、ニコライ・ニコラウス先生、それから短期間だけど元軍人だったって言うハン・レン先生にリ・チョウ先生、その後は今のフリージア・マスケット先生。フリージア先生になってからまだ半年くらいしか経ってないよな? それなのにもう担任が変わるなんて……ちょっとおかしいと思わないか?」
「別におかしくはないだろ?」
能天気にそう言ったのは秋山幸雄だ。
「俺たちの中から魔王を倒す伝説の勇者が現れる。だから英才教育を施すために色んな専門分野を持つ先生が教えに来る。当たり前の事じゃないか?」
それに続いたのは沢井和則だ。
「そうそう。最初に魔法省の偉い人が言っていたじゃないか。『転移者には凄い魔法エネルギーを備えている事が多い』って。俺たちはこの世界を救う特別な存在なんだよ」
しかしてそれを聞いた神原亮介は、さらに難しい顔をした。
「そうは言うが、俺たちの中でそんなに凄い魔法を使える奴はまだいないだろ? せいぜい光を灯したり、小さな火を起こしたり、カップ一杯程度の水を生み出せるのが数人いるだけだ。そんな程度で魔王と戦えるとはとても思えない」
「考え過ぎなんだよ、神原は。俺たちは魔法を知らない世界から来たんだから最初は仕方がないだろ。それに俺たちの魔法が進歩しないとしたら、それは教える教師の問題だろ?」
飯島の発言にすかさず同意したのは秋山だ。
「飯島ちゃんの通りだよ。俺たちに秘められた才能があるって事は、この国の歴史書にも書かれている事だろ? それを活かせないとしたら、それは教える側に問題があるよな?」
それに沢井も続く。
「実際、教頭は最初は無駄にリキ入れていたと思ったら、途中から適当な実技ばっかりになったし。もじゃ頭のニコライは魔法用語を連発しているだけで意味わかんねぇし。その後に来た軍人二人なんて精神論しか言ってねぇじゃん。マジ、この世界の魔法教師って頭オカシイのしかいないのかよって」
「辛うじてマシなのはフリージアちゃんくらいか? だけど彼女も可愛いけど、教え方はあんまり上手くないけどな」
そう言ったのはこの中でリーダー的存在である飯島京也だ。
「そもそも俺たちは無理やりこの世界に連れて来られたんだぜ。言ってみれば誘拐の被害者だ。そんな犠牲者に『魔王を倒してくれ』なんて言うくらい、この世界にとって魔王は脅威なんだろ。俺たちが特別待遇を受けるのは当たり前、むしろ足らないくらいだ」
飯島のその言葉に、秋山と沢井が「そうだよな」「飯島ちゃんの言う通りだよ」と満足気に同意する。
そこまで言われては、神原もそれ以上は反論する事はなかった。
飯島が不満そうに頬杖をついた。
「それにしても、担任がフリージアちゃんじゃなくなるのは面白くないよな。授業はつまらなくてもフリージアちゃんの顔を見ているだけでも癒されるからな」
「じゃあさ、変な教師だったら俺たち全員で無視して追い出しちゃえばいいんじゃね?」
秋山が調子づいて言う。それに沢井も続いた。
「そうだな。使えない教師なら居ない方がいいもんな。ソイツを追い出しちゃえば、担任はフリージアちゃんに戻るだろうし」
二人の発言を聞いた飯島が満足気に頷く。
「よし、それでいこう。どうせこの世界の魔法教師なんて碌な奴じゃないって。新しい教師は追い出してフリージアちゃんを担任に戻してやろうぜ。彼女だって『勇者が出るクラス』の担任から外されて落ち込んでるだろうしな」
意見が一致して意気上がる三人だったが、神原亮介はそれを無言で見つめていた。
飯島たち陽キャグループがそんな話をしている一方、少し離れた場所で二人の少女が額を寄せ合うように話し合っていた。
大人しく清楚な美少女である鈴原茜と、見るからに活発そうな美少女の原千華だ。
千華が眉根を寄せている。
「茜、聞いた? フリージア先生が担任じゃなくなっちゃうんだって」
それに茜も頷く。
「うん、聞いた。今度来る新しい先生は軍から派遣される人なんでしょ」
「あたしは嫌だな。フリージア先生はあたしたちの話も聞いてくれるいい先生だったのに」
「そうだね。この学校の先生って一方的な人ばかりだったものね。私たちに寄り添って話を聞いてくれるのはフリージア先生だけだったよね」
千華と茜はほぼ同時にタメ息を漏らした。
次に茜から口を開いた。
「今度来る先生って、軍から派遣されてくるんでしょ? どんな先生なんだろ……やっぱり怖いタイプの人かな?」
「そうかもしれないね。軍人さんかぁ、前に来た二人みたいに根性論だけを持ち出されてもなぁ。私たちには『魔法ってどういうものか』が今一つわからないもんね」
「最近は簡単な魔法なら使えるようになったけど……でも私が使える程度の魔法なんかじゃとてもじゃないけど戦えないよ」
「そうだよね。最近は何人か魔法が使えるようになってきたけど、それもいつも出来る訳じゃないみたいだし」
それを聞いた茜は顔を千華によせ、小声で言った。
「ねぇ、本当に私たちの中から魔王を倒す勇者が出るのかな?」
千華も周囲に視線を走らせた後、さらに小声で答える。
「あたしも実は疑問に思っていたんだ。所詮はこの国の伝説に過ぎないんでしょ? あたしたちがそんな事を出来るようになるとは思えないんだけど」
それを聞いて茜も深い吐息を漏らす。
「やっぱり……最初の頃は『君たち転移者には凄い魔法エネルギーが秘められている』って言われて、そういう事もあるのかなって少し思ったけど……でも二年経っても魔法とかよく分からないし、少なくとも私がその勇者って事はないと思う」
「あたしも自分が勇者ってのは考えられないかな」
茜が沈んだ表情で視線を落とした。
「もしかしたら……勇者になれる人って、衛藤君だったかもしれないよね……」
それを聞いて千華も表情を暗くする。
「そうかもしれないよね。だってあたしたちの誰かって言うんだから、衛藤君の可能性だって十分にあるよね」
「あの時、私たちは逃げる事に必死だったけど、本当に衛藤君を助ける事はできなかったのかな?」
「飯島たちが『もう衛藤は死んでいた。助けに行っても無駄だって』って言ってたんだよね」
「だけど飯島君たち以外は衛藤君を見てないんでしょ? 本当に死んでいたかどうかなんて分からないし」
「そうだけど……でもあの状況であたしたちだけで助けに行く事もできなかった……」
茜と千華は二人揃って押し黙った。
彼女たちが衛藤玲央の事を話す時は、いつもここで会話が止まってしまうのだ。
二人の心の中には「衛藤玲央を見捨てたかもしれない」という事が心に重くのしかかっているのだ。
しばらくして千華が話題を変えるように話し始めた。
「もしかしてさ、勇者が出るのは今すぐじゃないかもしれないよね?」
「どうしてそう思うの?」
「この国は魔族との戦争は千年も続いているって言うじゃない。だとしたら伝説にあるのは、あたしたちの子孫から勇者が出るって意味かもしれないってこと」
「そんな先の話だとしたら、私たちってどうなるのかな? この世界で暮らしていくしかないのかな?」
「……わからない……外の暮らしについてもよくわからないし……あたしも不安だよ」
その時、他の生徒たちがバカ話で盛り上がっている声が聞こえた。
茜と千華は不安そうに彼らに視線を向ける。
(私たち、本当にこの生活がいつまで続けられるんだろう。もし私たちが勇者じゃないって事になったら……)
茜は湧き上がる不安を抑えきれなかった。
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