第2話 そして魔法学校へ

山脈と山脈に挟まれた場所にある大きな湖。

その中央に島が浮かんでいる。

そして島には宮殿とも城塞とも言えるような、豪華さと頑丈さを兼ね備えた建物がいくつもあった。


「ずいぶんと立派な建物だな。王都の官庁クラスだ」


俺は馬車の中から周囲を見渡し、独り言を漏らした。

それを聞いたのか、正面に座っている秘書官のウルタ・バーレン上級曹長も感想を口にする。


「それにかなり広いですよね? 小さな町ならすっぽり入ってしまうくらいです」


俺は頷いた。そしてここに来る事になった経緯を改めて思い出す。



戦いが終わった戦地のテントで、俺は師匠であるマスター・イオナから


「一緒に異世界転移して来た元クラスメートの魔法教師となる事」


を打診されたのだ。


「教師って、俺がですか?」


俺は素っ頓狂な声を上げた。


「ああ、そうだ」


マスター・イオナは重大な事は言い終えたとばかり、ティーカップを口にする。


「そんな、だって彼らは俺と同じ歳ですよ。向こうの世界では一緒に机を並べていた学生なんだ。それなのに『今日から俺がみんなの先生だ』なんて言っても、素直に言う事を聞く訳がありませんよ!」


俺は口にこそ出さなかったが、他にもこの打診を受けたくない理由があった。

それは、この異世界にやって来た時、彼らが俺を囮として置き去りにしていった事だ。

本当なら俺の命はあそこで終わっていた。


確かにクラスメート全員が「俺を置き去りにする事」に賛成した訳ではないだろう。言い出したのは一部の人間だ。

だがそれでも、結果としては俺が捨て石になった事は変わらない。

そんな連中を助けるために、自分が骨を折るなど真っ平ゴメンだ。


そんな俺の気持ちをマスターは察したのだろう。


「レオの気持ちはよくわかる。だがおまえが断れば、彼らは一年後に魔法学校を退学になる」


それを聞いた時、俺は思わず視線を逸らしていた。

クラスメートの中で、俺に良くしてくれた何人かの顔が頭に浮かぶ。

特にクラスで一番人気のあった鈴原茜と、彼女と仲の良かった原千華は、普段から俺にも明るく話しかけてくれた。

二人は性格は正反対の美少女だが、俺が孤立しそうな時は何かを気を使ってくれていたのだ。

他にも何人か、よく話す奴もいた。

彼らはきっと俺が犠牲になる事を反対しただろう。


マスター・イオナはさらに諭すように話し始めた。


「それとこれはレオのためでもあるんだ。おまえは士官学校を出ていない。確かにおまえの魔法能力は超一流だ。技術的な面では士官学校など出ていなくても全く問題はない。だが『後進の育成のための教育課程』を学んでいない以上、おまえはこれ以上昇進できない。佐官クラスには登れないんだ。おまえほどの実力者が、それは惜しい。私は政府と軍に交渉して、おまえが彼らの教育係を引き受ければ、教育課程を終了した事として、少佐に昇進させる事を約束した」


(俺のためにそこまで)


俺はマスター・イオナの心遣いに感謝した。

だがそれでもまだ、わだかまりは残っている。


「それにな、私はこの世界に無理やり連れて来られたお前たちに申し訳なく思っているんだ。少しでも力になれるなら、そうしてやりたい。私が最初におまえを助けたのも、そういう気持ちがあったからだ。私のためにも、彼らの教育係を引き受けてくれないか?」


そう言って彼女は俺に向かって頭を下げた。

そして俺も、師匠であり命の恩人でもある彼女に、そこまでされて断る訳にはいかなかった。


「俺に向かって頭を下げるなんて止めて下さい、マスター。わかりました。言われた通り、彼らの教育係をお引き受けします」


マスター・イオナは顔を上げると、優しい笑顔を浮かべた。


「良かった。レオならきっとそう言ってくれると思っていたよ」



(とは言ってもなぁ。あの連中が俺の言う事を素直に聞くとは、到底思えないんだが……)


そんな事を考えていたら、馬車は中でも一番立派な建物の前で止まった。


「レオ大尉、到着しました」


御者がそう言うとウルタ上級曹長は素早く立ち上がって、俺のためにドアを開く。

俺は馬車を降りると正面の建物を見上げた。

荘厳とも言える装飾が施された入口には『ハーデルリア王立第三高等魔法学校』と看板が掲げられている。


(ここが新しい職場になるのか)


俺はタメ息をつきながら、巨大な扉をくぐって行った。



入口の受付係兼警備員とも言うべき若い兵士が、俺を校長室に案内してくれる。

彼はどうやら俺の事を知っていたようで別れ際に「数々の大戦果を挙げられておられる大尉殿にお会いできて、大変光栄です!」と興奮気味に敬礼して去って行った。

彼の敬意は嬉しいが、正直こっ恥ずかしい。


校長室には、年齢にして五十歳近くに見える、銀髪にフチなしメガネをかけた上品そうな女性が座っていた。


「失礼いたします。ハーデルリア王国第一師団第二魔法大隊遊撃魔法中隊所属、レオ衛藤大尉です。ただいま着任いたしました!」


彼女は俺を見るとすぐに立ち上がり、デスクを回ってソファの前までやって来た。。


「レオ・エイトー大尉ね。待っていたわ。ようこそ我がハーデルリア王立第三高等魔法学校へ。私は校長のスーザン・アードレーです。どうぞこちらに座って頂戴」


「失礼します」


俺は礼を言って彼女が薦めたソファに座る。

校長は俺の背後に立っていたウルタ上級曹長に目を向けた。


「アナタもそんな所に立ってないで、どうぞ座って頂戴」


だがウルタはそれを固辞した。


「いえ、自分は大尉の秘書官にすぎないので。こちらでけっこうです」


校長もそれ以上は無理に勧めない。

俺の正面に座ると笑顔を浮かべて口を開いた。


「イオナから聞いていたけど、本当にお若いのね。わかってはいてもビックリしたわ」


「マスターとはどのようなお知り合いなのですか?」


俺は疑問に思ってそう尋ねた。

ファーストネームで呼んでいるので、かなり親しい間柄だとは思うが。


「彼女とは魔法大学で一緒だったのよ。だからもうずいぶん長い付き合いになるわね」


アードレー校長が遠くを見るような目で懐かしそうに言う。

だが俺は逆に疑問が湧いた。

マスター・イオナは外見は25歳くらいの女性だ。

アードレー校長とは母娘ほどの違いに見える。


(もっとも魔法使いの年齢なんて見た目で分かる訳がないか。マスター・イオナだって見た目通りの年齢じゃないだろうしな)


「レオ大尉はこの世界に来て何年になるの?」


「記録上は二年になります。もっとも『時忘れの迷宮』に一年いたので、経験的には三年になりますが」


「その間にイオナに魔法を叩きこまれたと言う訳ね」


校長は納得したように頷くと本題に入った。


「話は聞いていると思うけど、レオ大尉に担当して頂くのは、二学年のブロンズ3クラスです。このクラスは全員が異世界からの転移者となっています。そして彼らは大尉と同じ時に同じ世界からやって来た。向こうの世界では同じ学校の生徒だった相手ですよね?」


俺は無言でうなずく。

それを見て校長は言い含めるような慎重な口ぶりになった。


「彼らは既に二年間、この学校で魔法を学んでいるの。だけど彼らの魔法は一向に進歩しない。ほとんど魔法が使えない、と言ってもいいくらいよ」


ほとんど魔法が使えない、そんなにひどいのか?

ある程度の魔法の素養があれば、簡単な魔法はすぐに使えるはずなのだが?


「さらに問題なのは、彼ら自身がその事に危機感を持っていない事です。彼らの中には『自分達はこの世界に選ばれて呼び出された人間だから、特別に優遇されて贅沢が出来るのは当たり前だ』という考えがあるらしくって……」


校長が困り切った顔でそう説明する。

確かに俺たちは自分の意思でこの世界に来た訳ではない。

呼び出された存在だ。

特別扱いを期待するのは当たり前だと思う。

そもそも彼らには「自分達が贅沢をしている」という意識さえ無いのだろう。


(人間の考え方なんて、そう簡単には変わらないよな……)


俺の沈黙をどう受け取ったのか、校長は力を入れて話を続けた。


「だから同じ世界から同じ時にやって来た、レオ大尉に彼らを教育して欲しいのです。同じ転移者なら、きっと魔法に対する考え方や感覚も伝わりやすいでしょう。魔法の指導もきっと上手くいくはず」


「それはどうでしょうか? 俺自身『魔法を使う』というのは理屈で覚えたというよりも感覚で身に着けた、と言った感じですから。しかも俺に教えてくれたのは王国七大魔法士の一人、イオナ・レッドフィールドですしね。彼女が操るマナや精霊が、近くにいた俺にも身に着いたと言うのが本当の所です」


校長は静かに頭を左右に振る。


「魔法が自然に身に着く、という事はあり得ないわ。それはあなたが元々魔法との親和力が高かったため。イオナも『稀に見る才能の持ち主』と太鼓判を押していたわ」


俺はそれには返答しなかった。

だって自分ではそんなつもりはないのだから。


「それに同時期に同じ状況でこの世界にやって来たあなたが、数々の魔法を使いこなしているのを見れば、生徒たちには刺激になるはずです。彼ら自身に『今までは怠けていた。このままではいけない』と考えるきっかけにはなるはずよ」


そうなってくれればいいのだが……これについても俺は答える事ができなかった。


「どちらにしても、彼らはこのままだと一年後にはここを退学せねばなりません。彼らに後はないのです。それを救えるのはレオ大尉、あなただけですから」


校長は強い調子で、最後にそう締めくくった。

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