魔法教室の教師になった俺、教え子は元クラスメート
震電みひろ
第1話 叙勲と共に与えられた次の仕事は教師?!
「正面の第一、第二、第三槍小隊、目標地点まで前進! 右側面騎兵小隊はそのまま! 後方歩兵部隊は槍小隊の退却路を確保せよ! 第一、第三戦闘魔法小隊は正面槍小隊の援護と防御を! 敵魔族軍を目標盆地に追い込め!」
俺は高台となった崖の上から、敵魔族軍と自分の中隊の位置を俯瞰しながら、次々に指示を飛ばした。
俺の言葉は配下の中尉以下、上級曹長から各部隊に伝えられていく。
部隊のメンバーは一糸乱れず、俺の支持通りに行動した。
彼らは俺に絶対の信頼を寄せている。
そして俺は、それに常に答え続けて来た。
「レオ大尉、敵はあと三分足らずで目標地点に集結する見通しです」
背後にいた俺の秘書官にあたるウルタ・バーレン上級曹長が、戦場には似つかわしくない美しい声でそう報告した。
一瞬だけ彼女に目を向ける。
彼女は人間と猫獣人とのハーフだ。
美しいエメラルドグリーンの瞳と、可愛らしい猫耳が頭部についている。
だがそれ以外の外見は、全くの人間と言っていい。
彼女が備えている獣人の特性は、敏捷性や感覚の鋭敏さという内面的な部分に限られているようだ。
「わかった。それでは俺も準備に入ろう」
視線を前方に戻した俺は、
「
大きな魔法を使う時には、それなりの準備がいる。
またその地の精霊に対する許諾を得なければ、十分な威力を得られないばかりか、反対に自分に災いが振りかかる可能性すらある。
幸いな事に俺の守護精霊はかなりの上級霊であり、大抵の精霊に対して権力を発揮する事が出来るので問題になる事はないが、それでもルールは守っておいた方がいい。
敵の魔族軍は、狙い通りに俺が設定した盆地中央に追い込まれつつある。
部下たちはそこから先の深追いしない。
俺の力が発揮されるのを期待して待っているのだ。
俺の中で魔力が充満しているのを感じる。
この時、俺の目は赤光を帯びている事だろう。
「
千メートル先の盆地で、巨大な火柱が吹き上がる。
魔族と奴らに召喚された魔物たちが断末魔の絶叫を上げたが、それも一瞬の事だ。
全てが三千度を越える高熱の柱の中で、灰すら残さずに燃え尽きていった。
それを取り囲む部下の兵士たちから歓声が上がる。
俺の後ろにいる部下の中尉たちや上級曹長たちも同様だ。
その中でも真っ先に声を掛けて来たのは、ウルタ・バーレン上級曹長だった。
「やりましたね! レオ大尉。今回も敵魔族軍を一掃。大戦果です!」
俺も小さく息をつきながら、それに答えた。
「いや、この戦果は俺だけのものじゃない。中隊のみんなが俺を助けてくれたおかげだ。中隊全員の手柄だ」
実際、中隊の部下たちは非常に良くやってくれた。
彼らの忠誠心には本当に感謝している。
「そんな。だってレオ大尉なら、一人でもこの程度の敵は倒せたんじゃないですか?」
彼女の言う事は決して大げさではない。
確かに俺一人でも敵魔族軍を撃退する事はできただろう。
だがそれでは魔族に生き残りが出るだろうし、敵を倒すために広範囲を焼け野原にしなければならない。
そうなれば困るのはこの周辺に暮らす村人たちだ。
被害は最小限に収めねばならない。
さらに言えば、敵が広範囲に散らばれば、それだけ火炎魔法の威力も低くなる。
敵とは言え、低い温度で苦しませながら焼き殺す事には抵抗があった。
「敵は倒せばいいってもんじゃない。自軍や自国の被害は最小限に抑えないとな。それが出来たのはやっぱりみんなのお陰だ」
そんな俺の返事は、ウルタにとっては不満だったようだ。
「大尉はいつも謙虚ですよね。もっと自慢してもいいと思うんですけど」
「そんな謙虚な所が、レオのいい所でもあるんだ」
突然、割って入ったその声は、思わず俺を振り向かせた。
「マスター・イオナ!」
そこにはボリュームのある赤毛を無造作に背中になびかせたグラマー美女が、懐かしい笑顔を浮かべて立っていた。
彼女の本名はイオナ・レッドフィールド。
王国七大魔法士の一人。
「千里眼と雷撃の魔法士」と呼ばれている。
そしてこの世界に転移し、その上クラスメートに置き去りにされた俺を助け、魔法を教えてくれた大恩人だ。
彼女と出会わなかったら、俺はこの世界に転移した初日に死んでいた事は間違いない。
それから三年、いや表の時間では二年だが、俺は彼女と過ごした厳しくも楽しかった時間を忘れた事はない。
「順調にやっているようだな。王都でもレオの名前は頻繁に聞こえて来るぞ。『一年以内に二度も二階級特進した天才魔法使い』ってな」
マスター・イオナは軽やかな足取りで近づいて来た。
彼女が歩くと、戦場の大地もファッションショーのランウェイのようだ。
「マスターにそう言われると戸惑いますよ。だって最初に軍曹から少尉に昇進した時は、マスターと一緒にいたお陰なんですから」
「それもおまえの才能と実力があればこそだよ」
近づいて来た彼女は、俺の頭を優しくポンポンと叩く。
子供扱いされるのは恥ずかしいが、彼女にならそうされても悪い気はしない。
「ところで今日は何の御用ですか? 七大魔法士のマスターが、わざわざこんな一戦場に来るなんて、何かあったんですか?」
「七大魔法士なんてそんな偉いもんじゃない。まぁレオには直接話をしたかったのは事実だが……」
マスター・イオナにしては歯切れ悪い言い方だ。
俺はそれが気になった。
「とりあえず俺のテントに行きましょう。そこなら落ち着いて話もできますし」
俺はそう言って、自分のテントに誘った。
「ほう、中々立派な暮らしをしているじゃないか」
テントに入ったマスター・イオナは俺のテントを見渡しながらそう言った。
彼女の感想通り、戦場のテントではあるが内部はかなり豪華なものだ。
円形のテントは直径で十メートル近く。
そこに分厚い絨毯が何枚も敷かれ、重厚なデスクにソファセットが置かれている。
奥の寝室部分もホテル並みのキングサイズのベッドだ。
「中隊長のテントだからって言われて、こんな立派な部屋を付けられちゃったんですよ。でも自分としてはマスターと一緒に迷宮で修行した時の質素なテントの方が似合っていると思ってます」
これは本音だ。
どんな豪華なテントよりも、マスター・イオナが身近にいたあのテントの方が、俺にとっては居心地がいい。
彼女は俺にとって単なる師匠ではない。
時には姉であり、何でも相談できる先輩であり、この世界の母でもあるのだ。
「豪華なテントも悪くはないだろう。疲れも取れるし、中隊長ともなれば威厳も必要だからな」
そう言って彼女はソファに身体を投げ出した。
背もたれに両肘をかける。
俺も対面のソファに腰を下ろした。
秘書官でもあるウルタ上級曹長が、二人分のお茶を持ってくる。
「それで俺に話と言うのは?」
俺はティーカップに口を付けて尋ねた。
「一つはレオの受勲の話だよ。王都に戻って国王から直々に勲章が授与される」
「もう受勲ですか? だって敵の魔王軍を倒したのはついさっきじゃないですか」
「レオがしくじるはずはないからな。国王も忙しい身だから、予想できる事は前もって準備しておいたんだろ。これまでの功績もあるしな」
マスター・イオナは何でもない事のように答えた。
「有難い話ではありますけど……でもそれが、マスターが俺に話したかった事なんですか?」
俺には疑問だった。
受勲式があるから王都に戻れなんて、無線一本で事足りる話だ。
マスター・イオナはゆっくりとティーカップのお茶を口に含んでいた。
やがてカップをテーブルに置くと、少し前のめりになって俺を見る。
「レオ、おまえが別世界からこの世界にやって来て何年になる?」
「三年……いや、一年はマスターと一緒に『時忘れの迷宮』で修行していましたから、表の時間では二年ですよね」
「そうだ。それでおまえは元の世界の級友たちと一緒にこの世界に召喚されたんだよな?」
「ええ、そうです」
俺の声が少し硬くなる。
俺は修学旅行の途中で、クラスごとまとめてこの異世界に召喚されたのだ。
そしてその召喚が行われたのは、王都から離れた山中の古い寺院の中だった。
何の前触れもなく異世界にやって来た俺たちが最初にぶつかったイベントは……
……魔王軍の襲撃だった。
召喚の儀式を行っていた寺院には、僅かな兵士と召喚した魔法士数人しかいなかった。
そこに魔物を引き連れた魔族が襲って来たのだ。
そして思い出したくもない事だが……クラスの連中は俺を囮に使って逃げ出したのだ。
元の世界では、俺は周囲に溶け込めない系のぼっちモブだった。
別に勉強ができないとか、運動ができないってほどじゃない。
むしろどちらも平均よりは上だった。
だが平均より上の成績で周囲と馴染めない学生というのは、ある意味で最悪だ。
特に人に誇れるってほどの長所はない、だが欠点もないため、教師の目を引く事もない。
そしてクラスメートを格付けしたい連中にとっては、なんとか「自分より格下」に位置づけたい存在らしい。
そんな俺は、何となく教室で浮いた存在であったのだ。
そういう人間だからこそ、ピンチの時には囮にしやすかったのだろう。
クラスの一部の連中が仕組んだ罠にはまり、俺は魔王軍の中に置き去りにされた。
そうして絶体絶命のピンチに陥った俺を、助けてくれたのがマスター・イオナなのだ。
「いま、その級友たちがどうなっているか、知っているか?」
俺は小さく頷いた。
「魔法兵士となるために、魔法学校に通っていると聞いています」
「そうだ。だが彼らはこのままでは魔法学校から追放される事になる」
一瞬、俺の身体が固まった。
「どうしてですか? 転移者は普通より多くの魔法エネルギーを持っているんじゃないんですか? この俺のように」
「ああ、その可能性はある。だが必ずしも、という訳ではないんだ。この世界の一般人よりは確率が高いだと言うだけだ。それにレオほどの魔法エネルギーと才能を持っているのは稀中の稀だよ」
「それで、みんなは魔法学校を追放されたらどうなるんですか? 元の世界に帰れるんですか?」
「それが無理な事はおまえだって知っているだろ」
マスター・イオナはそこで一度言葉を切った。
そして俺に言い含めるように続きを話す。
「魔法学校を追い出されたら、彼らはこの世界で一般人として生きていくしかない。自分の力でな」
「そんな……」
思わず小さな声が漏れる。
日本という地球でさえ数少ない恵まれた国で生活をしていた人間が、魔物やデミ・ヒューマンが跋扈するこの異世界で生きていけるとは思えない。
「私だって酷な話だと思っているよ。一方的にこの世界に連れて来られて、役に立たないから放逐するなんてな。だがこの世界の生活水準に比べて彼らは別格な待遇であって、その費用が馬鹿にならない事くらいは解るだろ」
確かにその通りだ。
安全な水がふんだんに使え、衣食住の全てにおいて元の世界と同じレベルを彼らは要求する。
日本では当然すぎるほど当然の事が、この世界では決して当たり前ではない。
(だけど、それをみんなが理解するのは難しいだろうな)
そう思っている俺を前に、マスター・イオナが身体を起こして座り直した。
「そこでだ。王国政府は彼らに最後のチャンスを与える事にしたんだ。これからの一年以内に魔法士としての成果を挙げられない場合は、魔法学校を追放し、特権的立場も全て破棄して、この国の一市民として暮らしてもらう、という事にな」
「一年以内にですか。今までの二年で成果が出なかったのに、そんなに簡単に成果が出せるんでしょうか?」
「だから魔法省は、彼らに一番適した専用の教師を用意する事にしたんだ」
「専用の教師? それはいったい誰ですか?」
そんな便利な存在が居るだろうか?
訝しげに尋ねた俺に、マスター・イオナはまっすぐに見つめながら答えた。
「おまえだよ、衛藤 玲央」
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