第41話 この恩は忘れない

 この世界に来てから、理解できないことだらけだ。


 闘技場は大盛り上がりだった。挑戦者である女忍者が力尽きかけている状態……それを見て楽しんでいるのだろう。悪趣味なことだが、今の智介ともすけにはほかの疑問があった。


 アルトに似た少年は、悠然とした足取りで女忍者に近づいていく。


「最強なんでしょ? こんな子供にやられて……プライドとか、ないの? 恥ずかしくないの?」

 

 女忍者は刃こぼれした短刀を構えて、


「……すべてはわたくしの力不足ゆえに起こる事柄。嘲笑ならば受け入れよう」

「へぇ……さすが最強」嘲るような言い方だった。「1人で30人抜きなんてできるわけない、とか言い訳しないんだね」

「30人で足りるとでも?」

「その体で、まだやるつもり? ホントにつよがりな人だね。ボクを含めて、あと7人余ってるけど」


 ……ってことは23人をもう倒したのか。なるほど最強の女忍者って称号は伊達ではないようだ。


 しかし少年の言う通り、強がりに近いのだろう。


 女忍者は立っているだけで辛そうだった。呼吸も荒く、足も震えている。武器である短刀も刃こぼれが酷い。ダメージも疲労も限界が近そうに見えた。

 

 ……


 智介ともすけは2人の会話に割って入る。


「ちょっとまってくれ……お前、アルト……?」


 少年の見た目はアルトによく似ていた。アルトより少し小さいが……見た目も声もアルトに見えた。


「……?」少年は首を傾げて、「誰かと勘違いしてる? ボクはソプラノ。アルトって人じゃない」

「リコーダーかよ」

「リコーダー?」

「ああ……なんでもない」ボケやツッコミが通じなかったときの申し訳無さはすごい。「アルトじゃないとすると……なんや……?」


 なんでこんなに似ているんだ? ドッペルゲンガーか?


 ……


 パラエナがネタの最中に言っていた、地下にいる怪物ってのがコイツのことか? いろいろな遺伝子をかけ合わせて誕生した怪物……それらはアルトだけではなかったということか?


 ……なんにせよ似ている。言葉遣いもイントネーションも、本当にアルトと喋っているみたいだった。


 少年……ソプラノは首を傾げて、


「というかお兄さん、誰? 今からそっちのお姉さんをいたぶって遊ぶ予定なんだけど」

「ワシは井内いうち智介ともすけや。よろしくな」自己紹介をする必要はなかった気がするが、一応しておいた。「ともあれ……目の前にしてしまった以上は黙ってられへんな」

「……へぇ。お姉さんの味方をするってこと?」

「そういうこと」目の前で殴られている女の子がいるのだ。見逃せるわけもない。「あと7人倒せばええんやろ? さっさとやったるから……かかってこい」


 やる気になっている智介ともすけを止めたのは、女忍者だった。


「ダメだ。そんなことをしたら……あなたも狙われることになる」

「わかっとるよ。まぁ7人くらいなら、なんとかなるやろ」

「問題なのは人数ではない。30人くらいならわたくしでもなんとかなるんだ」


 失礼ながらそうは見えないが。


 ソプラノが言う。


「そうそう。そのお姉さん……ボクと戦うまでは、ほぼ無傷で勝ってたんだよ」

「ふーん……なるほどなぁ……」飲み込めてきた。「要するに……後半になるにつれて敵が強くなるってことか」

「そういうこと。つまりボクより強いのが7人控えてるんだ。そして最後に出てくるのは……って呼ばれる存在」


 地下室の怪物。

 

 何度か聞いた名前だ。


「怪物ってのは……?」

「それはボクもよく知らないよ。30人目がそいつって噂を聞いてるだけで……見たことはない。そこまで勝ち抜いた人間がいないからね。大抵はその前に力尽きるの。そこのお姉さんみたいにね」


 女忍者は真面目な表情のまま、


「まだわたくしは力尽きていない」

「強情だなぁ……限界のクセに」ソプラノは呆れた様子で、「まぁ殺す相手が2人になってもボクには関係ないよ。やるの? やらないの? どっち?」


 智介ともすけが答える。


「やる。その怪物ってのに興味がある」どんな生命体なのか……それが気になるのだ。「あと6人倒せば怪物が見られるんやろ? ならこのチャンス……逃されへんよ」


 智介ともすけからすれば当然の助太刀なのだが、女忍者はまだ抵抗する。


「なぜ……? キミは……初対面だろう? わたくしなど見捨てれば……」

「言ったやろ。怪物に興味があるだけや。そのためにアンタが利用できそうってだけの話」最強の女忍者だ。戦力になる。「アンタも……ワシを利用しといたほうがええんちゃう? とりあえず私情は捨てて、お互いの目的達成のために戦おうや」


 女忍者はしばらく悩む様子を見せてから、


「……この恩は忘れない」

「忘れてええよ」堅苦しいのは苦手だ。「とにかく……よろしくな。ええっと……」

「レフィだ」女忍者――レフィは笑顔を見せて、「以後よろしく……トモスケ殿」


 ……


 殿……なんかむず痒いが……まぁいいか。


 ……


 あーあ……


 なんで闘技場で戦うことになってんだ。今頃は美味しくラーメンを頂いてる予定だったのに……


 まったく異世界というのは退屈しない場所だ。

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