第39話 なんだ?

 智介ともすけは手錠をハメられて、男たちに従うことにした。


「ごめんなさい」パラエナがうつむいて、「ワタシの判断ミスで……」

「逃げたところで逃げ切れへんかったと思うで」相手は15人もいるのだ。「そもそも……ドリュオプス家ってのには興味があった。こうやって潜入できるなら好都合や」

「……」

「安心してくれ。ワシはそう簡単には死なへんから」


 というわけで智介ともすけはドリュオプス家まで移送された。



 ☆



 あーあ、腹減った。拉致するなら、せめてラーメンを食べてからにしてほしかった。


 手錠をハメられた状態で道を歩きながら、智介ともすけは言う。


「夕食って用意してあんの?」

「お前の受け答え次第では、恵んでやろう」

「お、ありがとう」


 犬のエサでも食べさせられるのかと思っていた。


 リーダー格の男が言う。


「お前……あの女とはどういう関係なんだ?」

「パラエナのことか? せやったら……今はお笑いコンビやな」コンビ名を考えなければ。「それがどないしたん?」

「あの女には関わらないほうがいい」なんだか事情を知っている男のようだった。「あれは呪われている女だ。アイツの近くには、いつだって不幸が転がっている」


 不幸、ね。


「そうか?」智介ともすけは首を傾げて見せて、「楽しいけどな。アイツと一緒にいると」

「変わった男だ。実に滑稽だよ」

「そりゃどうも」大笑いしてくれ。「……呪われてる、ってのは?」

「出自から生き方まで……すべてが呪われている。アイツの人生は……積み上げたものを台無しにされるためにあるようなものだ」


 ……積み上げたもの……


 便利屋としての活動のことだろうか。それとも……他のなにかだろうか。


「アイツと関わると不幸になる」男は立ち止まって、「今からでも遅くはない。パラエナから手を引け。そうすれば……取り逃がしたことにしてやる。生き残らせてやる」

 

 このままついて行ったら死ぬ可能性もあるらしい。


 さてどうする……? このまま逃げて、井内いうち智介ともすけという人間は死んだことにするか? そうしてどこか遠くの国で、また新たな異世界生活を始めるか?


 こんな狂った場所じゃなくて、遠い地でスローライフ。それもアリかもしれない。


 だが……


「……聞けない頼みやなぁ……」

「なぜだ? 所詮パラエナは、お前にとっては何者でもないだろう」

「命の恩人や」何者でもない、わけがない。「命を一度助けてもらっとんねん。ワシが命を張る理由には充分やろ」

「……」


 男が黙ったので、智介ともすけが続けた。


「なにより……ワシはまだ、あの人を笑顔にしてない」

「よく笑う女だと思うが?」

「せやな。でも……心の底からは笑ってない」マキと同じだ。「どうしたら彼女は笑ってくれる? どうしたら笑ってくれた? それがわからんうちは……パラエナからは離れられへん。依頼もあるし……逃げられへんよ」


 少しシリアスな空気になってしまったので、智介ともすけは軽い笑顔を浮かべて言った。


「かわいい女の子の前では、いつだってカッコつけたくなるものやろ?」

「それはそうだな」話のわかる男だ。「1つ質問だ」

「なんや?」

「笑うとは、なんだ?」笑うとは……「表面上の笑顔だけでは足りないのだろう? ならば……笑うとはいったい、なにを持って笑うと言うんだ?」


 ……


 ……


 哲学的な質問が飛んできたものだ。


 パラエナは表面上はよく笑う女性だった。だが心の奥底では笑ったことはないように思える。


 シエルはまったく笑わない女性だった。でもたぶんそれは……笑い方を知らないだけなのだと思う。封じ込めているだけなのだと思う。


 マキは……智介ともすけといても笑顔になれないと言った。パラエナと同じでよく笑う女性だと思っていたのだが……心からは笑えていなかったようだ。


 笑うとはなにか。


 智介ともすけは笑っているのだろうか? アルト少年の笑顔は本物か? ならラファルの笑顔は?


 ……


 笑うとは……


 智介ともすけは顔をそらして、


「それがわかれば、ワシはフラれてない。それにもっと売れとったやろ」

「……そうか」男はまた歩くペースを上げて、「その答えを出さない限り、お前はなにも成し遂げられない。パラエナのことも、シエルのことも……お前をフッた恋人とやらのことも、笑顔にすることなどできない」

「……そんな気はしとるけど……」いつの間にか人生相談みたいになっている。「わからんねん……ワシは頭も良くないし、哲学的な考えは苦手や」


 考えても考えてもわからない。マキにフラれて、パラエナと出会って、シエルと出会って……そのたびに考えるが答えなんて出ない。


「自分だけで考える必要はない。お前の周りには……自分なりの答えを持っている人間が数人いるだろう。それらに聞いてみろ」


 言われて思い浮かんだのは……アルトとガジーナだった。あの2人は『笑うとは何なのか』に対する答えを持っている気がした。


 智介ともすけが導き出す結論が彼らと同じとは限らない。だが……ヒントにはなるハズだ。


 帰ったら早速聞いてみよう。


 ……


 ……


 まずは……この状況から生きて帰らないとな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る