第38話 それは困るな

 しばらく便利屋パッちゃんで放心してから、


「……とりあえず夕食ね……」パラエナがフラフラと立ち上がって、「お腹が減ったわ……」

「そうだね」アルトも立ち上がって、「ラーメン食べに行こう。ラーメン」

「……相当気に入ったのね……」


 アルトはずっとラーメンを食べたがっていた。最初に食べたのがよほど美味しかったらしい。


 そうして3人は例のラーメン屋へ向かった。


 すでに周囲は夜中の様相だった。相変わらずこの世界の星はキレイで、何度見ても心を奪われた。


「この世界の星はキレイやなぁ……」


 なんともなしにつぶやくと、


「そうね……」珍しく気のない返事がきた。「……なんのつもりかしら……」

「え……?」なにか気に触ることを言っただろうか。「スマン……星、嫌いか?」

「そうじゃないわよ」パラエナは歩く速度を早めて、「振り返らないでね。尾行されてるわ」

「……」


 言われて背後に注意を向けてみる。もちろん振り返らないように、である。

 

 ……

 

 注意深く聞いてみれば、たしかに足音がついてくる。こちらがスピードを変えると、向こうもそれに合わせてくる。


 パラエナは歩きながら、


「どうする? 逃げる? それとも捕まえて話を聞く?」

「……どれがええと思う?」

「捕まえる」智介ともすけも賛成だ。「誘い込むわ。気づかないフリをしておいて」

「了解」

 

 お笑いのことならともかく、荒事はパラエナに従ったほうがいいだろう。明らかに彼女のほうが場数を踏んでいるし、そこは便利屋としての本領発揮だ。


 そのまま3人は尾行されていることに気づかないフリをしながら、ラーメン屋に入店した。


「邪魔するわ」

「邪魔するなら帰ってくれ」

「わかったわ」パラエナは一度、扉を締めてから、「そんなことしてる場合じゃないのよ」


 じゃあなんで律儀にやったんだよ。邪魔する、と言わなければ店主だって振ってこないだろう。たぶん。


 パラエナは言う。


「ちょっと荒らすかもしれないわ」

「お……手伝うか?」店主の目が光った。「最近、人を殴ってなかったからな。欲求不満なんだよ」

「相変わらず危険人物ねぇ……ヤバそうだったら手伝ってくれると助かるわ」

「了解」


 というわけで尾行してきた人間を待って、しばらく時間が経過した。


 さすがに店内までは入ってこないのかと思っていると、店内の扉が開いた。


 入ってきたのは……黒いスーツに身を包んだ集団だった。そいつらはズカズカと店内に入り込んできて、一瞬にして入口を塞いだ。


 ……


 15人くらいか……? この店内に入るには多すぎるな。


 ……


 後方にいるデカい男。やたら迫力あるな。スキンヘッドで筋肉質。アイツをどうにかしないと逃げ切るのは難しそうである。


「あら……」パラエナが肩をすくめて、「ごめんなさい。誘い込まれたのはこっちだったみたい」


 ……尾行していることをわざとバラして、どこか狭いところに誘い込もうとする。その考えまで読まれていたらしい。だから急に大人数でお仕掛けてきた。


 向こうは最初から暴力的な手法を使うつもりだったようだ。


 店主が言う。


「いらっしゃい。ご注文は?」

「イウチトモスケ」意外な名前が聞こえてきた。「お前のことを連れてこい、との命令だ」

「ワシ……?」なんで? ネタでも披露しろと? 「なんでワシなん……?」


 パラエナ狙いだと思っていた。どうやらパラエナは人に言えない秘密があるようだから、その秘密関連で命を狙われるのだと思っていた。


 男は言う。


「レグルス様の命令だ」

「……レグルス……? 誰やっけ……」


 聞いたことはあるような……


 智介ともすけが首を傾げていると、パラエナが言った。


「あなたが前に会ってた貴族様よ。ドリュオプス家のバカ息子」

「ああ……アレか」アルトを馬代わりにして移動していた男だ。「……なんでレグルス様ってのが、ワシを呼んでんの?」


 処刑にでもされるのだろうか。だとしたら嫌だな。


「理由は必要ない。レグルス様の呼び出しに逆らえばどうなるか……知らないわけではあるまい?」

「それは知らんけど」マジで知らないが、想像はできる。「殺されんの?」

「ああ。お前にとって身近な人間がな。お前にだって家族くらいいるだろう?」

「おらへんけど……」


 この世界にはいない。向こうの世界でも、もう亡くなっている。芸人仲間は……まぁ狙われても大丈夫だろう。ケンシロウいるし。


 男はパラエナを指さして、


「ならば、そっちの恋人を狙う」

「恋人ではないけど……それは困るな」


 彼女は命の恩人だ。


 ……


 さて、どうしたものか。


 智介ともすけは言う。


「どないする? 殴り倒して逃げるか? この人数やったら、行けそうか?」

「人数は問題ないけれど……」パラエナは後方にいるスキンヘッドの男を見て、「……あの大きい人……アレが強そうだわ。ちょっと分が悪いかも」


 アルトが言う。


「あの人、ボクと同じ匂いがするよ」

「同じって、どういうことや?」

「純粋な人間じゃないかも」


 ……それが本当だとすると結構キツイ。アルトはまだ10歳だというのに、成人男性を背中に乗せて歩き回るくらいの力があるのだ。


 それがあの大きさである。どれほどの実力を秘めているか、想像もできない。


「安心しろ。殺しはしない」先頭の男は言う。どうやら彼がリーダーらしい。「穏便に話し合うだけだ」


 ……


 ……


 とりあえず従うしかないか。

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