第37話 二度とやらない

 その後のことは、あまり覚えていない。


 初めて劇場の舞台に立ったときのことを思い出した。あのときも大スベリして、頭が真っ白になったものである。


 ……

 

 しかしこんなにスベったのは久しぶりだ……しばらくダメージが抜けそうにない。


 ……


 場面は変わって便利屋パッちゃん。


「……ただいま……」アルトが便利屋に戻ってくるなり、ソファにダイブした。「……二度とやらない……」


 目が死んでいた。すべての感情をなくした表情をしていた。


 パラエナも他のソファに仰向けに寝転がって、


「……疲れた……」こっちの目も死んでいた。「……もうワタシはダメ……立ち直れないわ……」


 ……2人ともダメージがでかそうだなぁ……そりゃ、あんだけスベればなぁ……


 結局あのあともスベり続けた。地獄のような空気になって、見かねたガジーナが途中で止めてくれたのだ。ありがとうガジーナ。ガジーナがいなかったら致命傷になっていた。


 アルトが寝転んだまま、


「……犬のエサ食べるほうがマシだった……」そうかもしれない。「奴隷時代もあんな地獄みたいな空気になったことはなかったよ……」

「そうね……」2人とも疲れ果てている様子だった。「……ワタシたち、6時間くらいネタをやっていた?」


 体感時間はそれくらいだったが……


 智介ともすけは言う。


「5分もなかったと思うで」

「ウソよ……あの時間が5分なわけ……」


 パラエナは虚ろな目で天井を見上げたまま、ブツブツとなにかをつぶやいていた。ああ……壊れちゃった。


 智介ともすけは圧倒的な気まずさを覚えつつも、


「ま、まぁとりあえず……また屋敷に入ることはできるようになったんやし。第一関門は突破やろ」


 アルトが答える。


「そうなの? ボク、ネタ以降の記憶が曖昧なんだけど」


 記憶障害を起こすほどのダメージだったらしい。


「せやで。ラファルさんが気に入ってくれたみたいや」


 ネタが終わってラファルが『次からあなた達が来たら通すように、と門番に伝えておきます』と言ってくれたのだ。


「……どこに気に入る要素があったの?」

「……『シエルをここまで困惑させたのは、あなた達が初めてだからです』って言っとったで」

「そりゃあ……あんなの見せられたら困惑するだろうね」

「……せやな……」ちょっと励ましておこう。「ワシらのつまらなさがシエルさんの心を動かしたんや」


 全然励ましになってない。むしろトドメだ。追い打ちだ。死体蹴りだ。


 ……


 というかパラエナとアルトのダメージがシャレにならん。本当に顔面蒼白な感じだ。 


 そりゃ初めてのネタ見せで、あれだけスベればトラウマになる。智介ともすけはスベリ慣れているから大丈夫だが、素人2人にはショックが大きいだろう。


 ……ここで2人に心が折れられては困る……


「まぁ……とりあえず謝礼金はもらえたわけやん」

「もらえたんだっけ……?」


 どんだけ記憶がないんだよ。いや……智介ともすけも若干記憶が飛ぶほどのショックだったけど。


「おう。一応シエルさんの心を一番動かしたのは、現状ではワシらやったみたいやで。せやから……次への期待と準備費も含めて、って謝礼金をくれた」


 もちろん当初の予定額よりは大幅に少ないが、それでも金欠の智介ともすけたちには大金である。これでなんとか当面は生きていけそうだ。


 智介ともすけは無理に明るく、


「とりあえず次のネタ考えようか。今度はネズミ以外でな」

「またやるの……?」アルトは泣きそうな顔で、「ボクもう、嫌なんだけど……便利屋を手伝うとは言ったけど……ちょっと無理かも……」

「……スマン……ワシがもっと面白くできてれば……」力の無さを思い知るばかりだ……「……しゃあない。次はワシ1人で――」


 言葉の途中で、パラエナが言った。


「やるわ。ワタシはやる」

「えぇ……」逆に智介ともすけが驚いてしまった。「ええの……?」


 パラエナは状態を起こして、


「……巻き込んだのはワタシよ。それに……このままじゃ終われないわ。必ず……必ず笑わせてみせる……!」


 なんかやる気になっているようだった。よほどの負けず嫌いなのだろうか。それとも変なスイッチが入ってしまったのだろうか。


 なんにせよ……


 以降はコンビで活動することになりそうだ。

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