第36話 酒は避けてます

 ラファルとシエルの視線が突き刺さる。いや、向こうからすればただ見ているだけなのだが、スベっている人間からすると目線が怖い。


 そんな状況でもネタは進んでいく。どこに着地したらいいのかもわからない。バンジージャンプしてヒモがついてない事に気づいたら、こんな気分になるだろうか。


 ともあれネタの主人公は酒場に来て……


 ……


 それからどうしよう。


 悩んでいると、店員役のアルトが言った。


「そういえば知っていますか? あの噂を」

「あの噂?」

「はい」なにか考えがあるのかと思っていると、「説明してあげてください。パラエナさん」

「ワ、ワタシ?」突然パラエナが話を振られて、「ええっと……噂、噂……そうね。怪物の噂」


 智介ともすけが聞く。


「怪物?」

「そう……とある貴族の家の地下にいるとされる、怪物の話よ」


 アルトが反応する。


「ああ……ボクも聞いたことある。地下室に異形の怪物を飼ってるって話」……それはアルト少年のことでは……? 「人間とか他の生物とかを組み合わせた子供を生み出して……奴隷として使ったり売り飛ばしたり、用心棒として使ってるって聞くよ」


 だからアルトの話では? アルトは狼男なのだから、条件に合致する。奴隷として使われていたし。


 ……


 この話にどうやってツッコめばいいんだ……? お前やないかい、ってのはマズイのか……? アルトなら笑って許してくれるだろうが、ラファルはどうだ? アルトが狼男であることはラファルに知られていいのか?


 わからん……そもそも本当にアルトの話なのか……?


「怖い話よねぇ……」パラエナが言う。もう彼女の顔は真っ青だった。「えーっと……それから……」


 パラエナとアルトがSOSの視線を智介ともすけに送る。もうネタ切れらしい。


 ……


 ……


 ヤベェ……こっちも即興でボケなんて思いつかない。アドリブに弱い人間なのだ。お笑い芸人としては致命的だ。


「……せ、せやな……」どうする……? 脱ぐか……? 「とりあえず注文するわ。オススメとかある?」

「離婚届以外だと……」アルトはなにやら取り出す仕草をしてから、「他に商品はないですね」

「どんな店やねん」全然ウケてない。手応えがまったくない。「ここ酒場やろ。お酒は?」

「酒は避けてます」


 ……ダジャレか? 事故か? どっちだ……? ツッコんだほうがいいのか? 受け流すべきなのか……?


 ……


 というか何語を喋っているんだ。なんで日本語のダジャレが成立しているんだ。意味がわからんぞ。


 ……


 沈黙が長くなってきた。どうしよう。冷や汗がすごい。脇汗がすごい。頭が真っ白になってきた。


 と、とりあえず声を出せ! 大声だしてごまかせ井内いうち智介ともすけ


「う、うおおお……!」智介ともすけは突然雄叫びを上げた。「ま、満月……! 満月を見たらワシは狼になってしまうんや……!」


 それを見てパラエナが言う。


「……酒場の中なのに満月が見えたの……?」

「窓から見えたことにすればええやろ……!」真面目か。「うおおお……!」


 しばらく雄叫びを上げ続けた。それからの展開は叫びながら考えようと思っていた。


 ……

 

 でも思いつかなかった。


 ちくしょう……! 白い服を着てる人なら『正確には満月は明日だったみたい』とか言ってくれるのに……! いや、パラエナとアルトにそのアドリブを求めた智介ともすけが間違っている。


 ……


 雄叫びが終わった。疲れたからこれ以上は吠えられなかった。


 ただ沈黙だけが智介ともすけを迎えていた。


「ああ……満月キレイやなぁ……アハハハ……!」


 誰か殴ってくれ。顔面殴って気絶させてくれ。ティーカップ投げつけてくれ。まだウ◯コのほうが面白かった。


 ……


 もうダメだ……誰か、誰か助けてぇ……!

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