第34話 わかればええんや

 ラファルが投げつけたティーカップはメイドさんたちが掃除してくれた。智介ともすけが片付けようかとも思ったが、逆にメイドさんたちに迷惑をかけてしまいそうだった。


 ラファルは言う。


「依頼内容は……この根暗で無愛想な妹、シエル・エトワレを笑わせてほしい、というものです」得意分野……と言いたいところだが。「方法はなんでも構いません。落語でも裸芸でも……殴っても構いません」

「殴っても笑わんやろ」

「なにか?」

「……スイマセン……」


 怖いから睨まないで。小学生の時に苦手だった先生に似てるんだ。人を見下してる感じがよく似ている。苦手なタイプなのだ。


 そんな会話をしていると、


「あら……どうやら入れ違いだったみたいね」パラエナとアルトが扉を開けて入ってきた。「おまたせしてごめんなさい」

「あなた達のことは待っておりませんよ?」ラファルは当然のように言う。「ガジーナさんがいれば充分でしょうから」

「……そうかもしれないわね……」ちょっと自信喪失気味のパラエナだった。「それから……智介ともすけくん……」


 急に話題が飛んできた。


「なんや?」

「そのハチマキは何?」

「ああ……ガジーナがくれたんや。似合っとるやろ?」


 パラエナは首を傾げてから、


「ウ◯コって書いてあるわよ」

「いや、しょーもな!」なんか書かれてるんだろうとは思ってたけど! 「もっとあるやろ……! 他にやりようが!」


 智介ともすけが喚いていると、ガジーナが平然と言う。


「嫌いか? 下ネタは?」

「好きやけど……!」基本的にパラエナ女性と一緒にいたから控えていた。「つかみのネタがそれでええんか……?」


 別に下ネタを否定するわけじゃない。だがこの場面で出してくるとは思っていなかった。


「案外、くだらない下ネタがツボかと思ったんだがな……」

「ああ……なるほど」ガジーナなりに真剣に考えていたようだ。「スマン……しょうもないとか言って」

「しょうもないだろう。だからお前にやらせたんだ」

「なんちゅうことすんねん……!」智介ともすけはイスに座り直して、「まぁウケたからええけどな」


 気を取り直して、智介ともすけは言う。


「アレやろ? とにかくシエルさんを笑わせたらええんやろ?」


 ガジーナが信じられないものを見る表情で、


「お前……そのまま続けるつもりか? ハチマキは外さないのか? 恥ずかしいぞ?」

「お前が付けたんやろ……!」恥ずかしいのはお前だ。「ワシに付けるのはええけど、嫌がってる人にはやるなよ。イジメになるからな。ワシにはええけど」

「了解した。ウ◯コ野郎」

「わかればええんや」


 そのやり取りを見ていたアルトが、


「お兄さん……それでいいの?」

「ワシがバカにされて誰かが笑顔になるなら……本望やで」

「その状態でカッコいいこと言わないで。面白いから」

「嬉しいお言葉やな」


 もっと大笑いしてくれて構わない。


 ……


 だが……


 本当にシエルという女の子はまったく笑わないな。このやり取りで笑うほうが難しいかもしれないが……苦笑いくらいはあっても良さそうなものだが。


 というかこの下ネタでウケてるのはガジーナとアルトくらいだぞ。ラファルはウケたというより、バカにしてる感じだぞ。野郎がアホやってるだけだぞ。女性陣は困惑してるぞ。パラエナが不安そうな表情してるぞ。


 まぁいい……これは軽いジャブだ。本命の右はまだ温存してある。


「よし……じゃあここで本命のネタ披露やな」智介ともすけは立ち上がって、「行くでパラエナ、アルト。このネタで爆笑をさらって、あっという間に依頼を達成や」


 その言葉にラファルが反応する。


「あら……自信満々ですね。これまで数多くの人間が失敗してきた依頼だというのに……」

「へぇ……何人くらいや?」

「正確には数えていませんが……軽く100人は超えていると思いますよ。名のある大道芸人でも、シエルを笑顔にすることはできませんでした」

「それは燃えてくる言葉やな」お笑い芸人の血が滾るってもんだ。「まぁ見といたらええよ。準備は万端や。大爆笑の覚悟を決めといてくれ」


 一生懸命考えたネズミ駆除のネタだ。パラエナにいろいろ聞いた結果、ネズミというのはこの世界にもいるらしい。というわけでそれをネタにした。


「じゃあ……行くで」

「楽しみにしております」ラファルは笑顔のまま、「爆笑できるというのなら楽しみです。前に爆笑したのは……そうですね。シエルがトイレに行っている最中、大量のネズミを放ったときでしょうか」


 おや……?


「ネズミ……?」

「はい。それ以来シエルはネズミが大の苦手で……名前を聞くだけで怯えるようになりました」たしかに隣のシエルは、ネズミと聞くたびに体を震わせていた。「それが楽しくて何度もイタズラをしました……ああ、また久しぶりにネズミの死骸でも料理に入れましょうか」

「……ネズミ、苦手なん?」

「それはもう。文字を見るのも、名前を聞くのも苦手になっています」

「ちょっと待ってな」


 いきなり大ピンチだ。3日間練習したネタが完全に封じられてしまった。そんな苦手なもののネタなんて笑えるわけもない。


 ……


 どうしよう……

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