第24話 罵倒

 パラエナはアルト少年に言う。


「少年……じゃなくてアルトくん。キミはお笑いできる?」

「ハッキリ言って、よくわからないよ」智介ともすけにもわからないけれど、「ボクが犬のエサを食べるのは面白かったみたいだけどね。みんな笑ってたから」


 なんて返答すればいいんだよ。


 ……


 きっとアルト少年が実際に受けた仕打ちなのだろう。奴隷が犬のエサを食べているところを嘲笑っていたのだろう。


 ……まったく何が楽しいのだろう。よくわからん。


 智介ともすけが言う。


「お笑いってのは、よくわからへんなぁ……」


 アルトが首を傾げて、


「そうなの? お兄さん、お笑い芸人なんでしょ?」

「売れないお笑い芸人、やな。お笑いが何たるかをわかってれば、もっと売れとる」残念ながら智介ともすけは売れていない。「なんか……違和感があったんや」

「違和感?」


 そう、違和感だ。


「動画投稿サイトとか……ああ、えっと……」その概念をどう説明すればいいだろう。「いろんな人が個人で映像を撮影して、世界中の人に向けて発信できるサービスがあるんやけどな」

「ボクが犬のエサを食べるシーンが世界中に発信できるわけだね」

「……どんな精神状態で言ってんの?」鉄板ネタみたいに繰り返されても……「とにかくそのサービスやら、最近のテレビやら……流行り物に対して違和感があった」


 アルトがまた首を傾げて、


「テレビって?」

「ああ……」そこから説明しないといけないのか……「えーっと……プロが編集した映像が世界中で見れるやつ」

「ボクが犬のエサ――」

「それはもうええから」そこまで面白くないぞ。「とにかく最近の流行りって……やねん」

「罵倒?」

「相手を貶す言葉ってこと」

「言葉?」

「こうやって話してるやつ」

「話す?」

「今、アルトとやってること」

「アルト?」

「どっからボケなん……?」


 ……なんでこの少年と話すと、ここまで話が進まないのだろう……


 しかしこの少年……どこから言葉を理解していなかったのだろう。罵倒はわかっていたのだろうか? どこからふざけていたのだろう……


 ……


 というか自分は何語を喋っているのだろう……なぜ別の世界の人間にも言葉が通じるのだろう……


 考えても仕方がないか。異世界のご都合主義に感謝しよう。


 で、なんの話だっけ?


「そうそう。ワシのいた世界では、罵倒して笑いを取るのが流行っとってん」笑いだけにはとどまっていなかった。「映画やらドラマやら……『ここがダメ』『面白くない』『クソ』……強い言葉を使って言葉を発信する人が多くなってた」

 

 レビューという名の罵倒。感想という名の罵倒。それが多くなっていた。


 智介ともすけは続けた。

   

「そりゃ罵倒というか、強い言葉は昔から存在する。お笑いだって罵倒して笑いを取ることも多い。けどなぁ……なんか最近、違う気がすんねん」

「どう違うの?」

「……面白い言葉が、たまたま罵倒なのか……罵倒が面白いと思ってるのか。その違いな気がする」とても感覚的な感想だけれど。「別に強い言葉が面白いわけやない。突き詰めたときに罵倒になることがある、ってだけの話やねんけど……最近は逆転してる気がする」


 罵倒こそ面白いのだと。強い言葉で貶すのが面白いのだと。それで再生回数が稼げるのだと。視聴率が稼げるのだと。


 でもそうじゃないと思う。面白いものは罵倒しなくても面白い。もちろん罵倒が必要な場面もあるだろうが、それだけではいけない。


「売れないお笑い芸人の戯言やけどな」自分の論の正しさは、結局証明できなかった。「政治やらドラマやら……批判するのは簡単や。それで共感が得られることもわかっとる。でも……なんかワシは違和感があった」


 すべてを肯定しろとは言わない。でも……最初から否定するつもりなのはおかしい。


「それがお兄さんのプライドってわけだね」

「そういうことかもな」だからこそこの違和感は大切にしたい。「ともあれ……今は依頼をこなすのが先決やな。笑わないお嬢様を笑わせること」

「方法は?」

「やっぱり渾身のネタで勝負したい」智介ともすけはポケットから紙を取り出して、「昨日、考えてみた。さっそく練習しよか」


 少年が協力してくれる可能性も考えて、トリオのネタも考えておいたのだ。


 このネタでお嬢様を笑わせて、莫大な謝礼をゲットしてしまおう。

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