第23話 心まで

 その日は泥のように眠った。


 いろいろあった1日だった。異世界に来て死にかけて、謎の美女に命を救われて。


 それから貴族の娘さんを笑わせる依頼を受けて……


 ……


 まったく異世界ってのは波乱万丈だ。いろいろなことを悲しむ暇もない。


 翌日に目が覚めると、


「おはよう、智介ともすけくん」

「……」一瞬マキかと思ったが、そんなわけもない。「……パラエナ……」


 智介ともすけが寝ぼけた顔でいうと、


「そんなにワタシと彼女さんが似てるかしら?」


 智介ともすけの思考は読まれていたらしい。まぁ変な反応もしてしまっていたからな。


「……そんなに似てないハズやねんけど……なんやろ。ダブって見える時がある」


 性格も見た目も、そこまで似ていない。智介ともすけくん、なんてマキから呼ばれたこともない。


 なのにパラエナのことがマキに見えることがある。やはりまだ未練が大きいのだろうか? 同い年くらいの女性を見たら、マキに見えてしまうのだろうか?


「アナタの恋人さんに会ってみたかったわ」

「……ワシも会いたいわ……」


 フラれたばかりだというのに。二度と会えないとなると、今すぐにでも会いたい。


「パンがあるけれど……食べる?」

「ありがとう」

 

 智介ともすけは席に座ってパンを頬張った。ジャムもないが、贅沢など言っていられない。


 しばらく智介ともすけとパラエナが2人で朝食を食べていると、


「おはよう……」寝ぼけた様子の少年が起床してきた。「……お兄さんとお姉さんって……どんな関係なの? 一緒に暮らしてるの?」

「成り行きで、ね」パラエナが言う。「関係性は……そうね。今はお笑いコンビ?」

「……へぇ……」興味があるのかないのか、少年は智介ともすけの隣に座った。「重ね重ね……昨日はありがとう」

「どういたしまして」パラエナが軽く言ってから、「重たいことを聞くけれど、アナタは……これからどうするの?」


 ……これから少年がどうするのか。


 そうだ。それも考えなければならない。


 今まで少年はドリュオプス家で奴隷のような扱いを受けていた。

 

 だがその支配も終わった。奴隷とはいえ生かされていた状態から、自分の力で生きていかなければならなくなった。


「どうしようかなぁ……」少年は天井を見上げて、「生きる意味は全部なくなったつもりだったんだけど……」

「……」

「とりあえず……またラーメン食べたい」それは立派な生きる意味だ。「そのためにはお金が必要なんだよね」

「そうね。いつまでも無銭飲食はできないわ」

「……じゃあ……とりあえずこのお店を手伝わせてもらおうかな」

「ワタシのお店を?」

「うん。便利屋なんでしょ?」なんとなく話は聞いていたようだ。「力仕事なら自信がある。見た目もいいみたいだし、役に立てると思う」


 だろうな。男を一人背中に乗せて歩き回る体力と力。そして彼ほどの美少年なら、確実に役に立つ瞬間がある。本来ならそれだけで雇っても損はないくらいだ。


 パラエナは少し考えてから、


「……2人分のお給料を支払う余裕はないのよねぇ……でも、キミを取り逃すのは未来の損害が大きそうだわ」

「そうだね。ボクほどの大魚を取り逃すのはもったいないよね」

「自信家ねぇ……」

「嫌いじゃないでしょ?」

「そうだけれど」智介ともすけも同意見だ。「奴隷扱いされていたにしては、自己肯定感が高いのね」

「プライドまで渡した覚えはないよ」そこには確かに、少年の強い意志が見えた。「あんな人達に心まで支配されてたまるか」


 ……一瞬、パラエナの返答に間があった。賢い彼女にしては珍しいことだった。


 しかしすぐにいつもの調子に戻って、


「そうね。その調子。給与を渡す以上……活躍してもらうわ。少年」

「了解」少年は頷いてから、「それからボクの名前はアルトだよ。よろしくね」

「こちらこそ、よろしく」


 というわけで……

 

 便利屋パッちゃんのメンバーが3人になった。

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