第19話 それが大事よ

 しばらくパラエナと世間話をしていると、


「あ……」智介ともすけのお腹からグー、という情けない音が鳴った。「あ……スマン」

「大丈夫よ」パラエナは窓から外を見て、「もう夕食の時間ね……」


 言われてみれば外は暗くなっていた。パラエナとの世間話が楽しすぎて時間の経過を忘れていた。


 パラエナは言う。


「一応聞くけれど……アナタ、お金は持ってる?」

「無一文やで」智介ともすけは肩を落として、「……スマン……」

「いいのよ。その代わり……依頼のときは活躍してね」

「了解」


 全力で依頼を手伝おう。他にやることもないし。


「……ワタシもお金は、あんまりないのよねぇ……」店内を見ればわかる。「今日のところは奢るけれど……翌日以降は厳しいわ」

「わかった」結局お金の問題はついて回るんだな……「ちなみに……なんか金の稼げそうな依頼ってあるか?」

「笑わない少女を笑わせること」その依頼はこなしたほうがいいらしい。「とある貴族様からの依頼だから……成功報酬は莫大よ。しばらくの生活は安泰になるでしょうね」


 そこまでの報酬がある依頼だからこそ、お笑い芸人である智介ともすけを頼ってきたようだ。


 パラエナのためにも自分のためにも、なんとか依頼を成功させなければ。


「近所にラーメン屋があるから……そこにでも行きましょうか」

「自炊とかは?」

「できると思う?」

「なるほど」


 パラエナにも智介ともすけにもできないようだ。


 パラエナは立ち上がって、ソファで眠る少年に近づいた。


「少年。今から食事なのだけれど……食べられるなら食べたほうがいいわ。起きられる?」パラエナは少年の肩を軽く揺する。「……しかしこの子……美形ね。将来はものすごいイケメンになるでしょうね……」


 同感だった。


 スヤスヤと眠る少年の顔はアイドルのようだった。ともすれば少女とも見間違うような美しさ。疲れた表情も儚さを加速させている。


 パラエナは少年の頬を軽く撫でて、


「こんなに痩せて……」


 パラエナの言う通り、少年はやせ細っていた。それだけで痛々しいほどの体型だった。まともな食事が与えられていないのは見ればわかった。


 パラエナがさらに少年に声を掛けると、


「ん……」小さく少年の声がして、彼の目が開いた。「……」

「目が覚めた?」

「……」少年はソファに座り直して、寝ぼけた表情で、「……ここ、どこ……? あなた、誰?」

「ここは便利屋さんの店内で、ワタシはパラエナよ」

「……そうなんだ……」


 答えてはいるが理解はできていなさそうだった。まだ半分くらいは夢の中にいる様子に見える。


 少年はかわいらしくあくびをして、


「えーっと……なにがあったんだっけ……?」少年は店内を見回して、それから智介ともすけと目が合った。「ああ……そっちのお兄さんは、どこかで会ったことがあるよね……?」

「せやな」

「……うん。思い出してきた。ボクを助けてくれた人だ」少年は智介ともすけとパラエナに頭を下げて、「お兄さん、お姉さん……助けてくれてありがとう」


 礼儀正しい少年だ。


「助けたつもりはないけどなぁ……」

「でも――」少年は言葉を止めて、「水掛け論になりそうだね。ありがたく好意を受け取っておくよ」

「そうしてくれるとありがたい」あんまりお礼を言われるのは得意ではない。「それで……傷は大丈夫か?」

「傷は大丈夫だけど……」少年は軽く肩を回して、「……体が重いな……ちょっと疲労が強いみたい」

「……せやろな……」


 成人男性を背中に乗せて四つん這いで歩き回っていたのだ。少しの疲れ程度では済まないだろう。


 それから少年はパラエナに向かって、


「レグルス様は?」


 レグルス様……あの大物貴族様か。


「屋敷にいるんじゃないかしら」

「じゃあ戻らないと……お母さんが――」少年は途中でなにかに気づいて、「……ああ、そうか……じゃあ戻らなくて、いいのか……」


 ……


 おそらく少年は……母親の命を守るためにレグルスの言うことを聞いていた。逆らえば母親の命はないと脅されていた。


 しかしもう母親は死んでしまっていたのだ。だから、もうレグルスに従う理由はない。


 ……


 重たい空気があった。パラエナも笑顔を引っ込めて、神妙な顔つきになっていた。


 母親を亡くした少年に、行き場をなくした少年にかける言葉は見つからなかった


 パラエナが沈黙を破った。


「とりあえず……夕食を食べましょうか。どんなときでも食べて寝る。それが大事よ」

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