第18話 ずいぶん愉快な世界なのね

「なんの話をしてたかしら……」パラエナはガラスの破片を片付け終わって、「ああ……そうそう。こっちからの質問をしようとしていたのよね」

「せやな。なんでも答えるで」


 彼女は命の恩人だ。


「まずアナタは……何者? 別の世界とか、あの巨大なウィンドウとか……」

「あー」智介ともすけは頭をかいて、「悪い……それについてはワシもよくわからん。世界がどうとか、ウィンドウがどうとか……こっちが聞きたいくらいや」

「なるほど……」そうなると、あまり質問することもないらしい。「……じゃあ、あの少年は?」

「そっちも知らん。初対面や」


 偶然の出会いである。まだ名前も知らない。


「じゃあ面倒なことになる前に言っておくわ。あの子、よ」

「……?」

「狼男。狼と人間の間に生まれた種族。自分でコントロールすることができるのなら、狼の姿にもなれる。彼の年齢でそれを制御できているかは不明」


 狼男……なるほど。異世界ならそれくらいいるか。


「……そういえば……見た目より重かったな……」


 抱え上げたときに、ズッシリと重量を感じた。人間とは筋肉量が違うのかもしれない。


「そうよ。10歳くらいの少年が成人男性を背中に乗せて、あの距離を移動できるわけ無いわ。少年の血は、相当な距離続いていたから」

「……今さらこの世界でリアリティの話をされてもなぁ……」


 異世界ならそんなもの、で済ませていい場所だろう。リアルとリアリティは違うのだから。


 馬が喋ったり、刀を反対に持つサムライがいたり……ならば異常に力の強い少年がいても不思議ではない。


「アナタの世界にはいないの? 狼男」

「伝説上の生き物やな。実際には見たことない」


 いないとは限らない。智介ともすけの知らない場所で狼男は存在しているのかもしれない。


「アナタの世界に興味が湧いてきたわ」パラエナはソファに座り直して、「どんな世界なのかしら」

「こっちの世界よりは、つまらん世界やで」

「へぇ……じゃあ、最近あったニュースは?」


 ニュース……


 真っ先に思いついたのはコレだった。


「とあるお笑い芸人が海外の番組で大絶賛された」

「へぇ……よほど面白いのね。なにをしたの?」

「……小太りの男が全裸に見えるポーズを披露した」

「……は……?」

「それで爆笑をさらって……英雄になった」


 パラエナがしばらくポカンとした表情になって、


「……ずいぶん愉快な世界なのね……」

「……言われてみれば、そうやな……」


 異世界がご都合主義だとかツッコミどころ満載だと言われているが、よく考えれば現実世界もツッコミどころだらけだ。


 全裸ポーズが海外で大ウケ? 誰がそんなこと予想できるんだよ。リアリティなさすぎだろ。


「他には?」


 ……パラエナは、どうやら好奇心旺盛な女性であるらしい。智介ともすけから別世界の話を聞く彼女は、かなり楽しそうだった。取り繕った笑顔よりも魅力的だ。


 そんな顔をされたら、こちらも話すのが楽しくなってくるというものだ。


「せやなぁ……最近はAIの技術が発達しとるな」

「AI?」

「人工知能ってやつや。ワシもよう知らんけど、なんかすごいらしいで」智介ともすけよりも大喜利が強いだろう。「イラスト書いたり、小説書いたり……うまく使えば人間の生活を豊かにしてくれるやろな」

「へぇ……それはこの世界でも使えそう?」

「……どうやろ……見た感じ厳しそうやけど……」そんなに電気系統が発達しているようには見えない。「……そもそもワシはAIなんて作られへんし……」


 世の中の賢い方々が作ってくれただけだ。しかもその人達が使いやすくしてくれたから、なんとなく使えているだけ。


 ……


 考えてみれば、自分がもともと過ごしていた世界。それも結構やるものだ。


 大事なものは失って初めて気がつくと言うが、まさに今の智介ともすけはそれだった。


 ……


 もっと世の中にあるものを体験しておけばよかった。それが……結構な後悔だ。

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