第17話 安い女じゃないの

 この便利屋、どうやら儲かっていないらしい。


「お客さんなんて何ヶ月ぶりかしら……」パラエナは立ち上がって、「話の途中にごめんなさいね」

「いやいや……当然お客さん優先やろ。なんか手伝おか?」

「ありがとう。一緒に話を聞いてくれるとありがたいわ。女一人だと舐められることも多くてね」


 そのままパラエナはお店の扉を開けて、


「いらっしゃいませ」営業スマイルで対応する。「便利屋パッちゃんへようこそ」

「ああ……失礼する」


 便利屋の中に入ってきたのは、勇者風の男だった。


 細身だが筋肉質。動きやすそうな服装に身を包んで、腰には高級そうな剣。


 見かけは強そうだが……なんだろう。あまり迫力を感じない。修羅場はあまりくぐってなさそうに見える。


 まぁ智介ともすけの直感など、あまりアテにはならないが。

 

 パラエナはさっきまで自分が座っていたソファに勇者風の男を座らせて、


「ごめんなさいね。今は水しかないの」

「……紅茶も出せないのか?」勇者風の男は鼻で笑って、「ボロい店だと思っていたが……この様子だと実力も期待できそうにないな」

「手厳しいわねぇ……」パラエナは笑顔を崩さずに、「信じてもらえないかもしれないけれど、実力には自信があるわ。大抵の依頼ならこなして見せる」

「口だけならなんとでも言える」

「その通りね」


 パラエナは勇者風の男の挑発も軽く受け流していた。大したものだ。智介ともすけならもう2回はツッコんでいる。


 パラエナが水を用意している間、勇者風の男は店内を見回していた。


 そして最後に智介ともすけを見て、


「フッ……」鼻で笑っていた。「ずいぶんとレベルの低い便利屋のようだな……」


 誰を見て判断したんだよ。言うまでもなく智介ともすけだろう。


 ……文句の一つでも言ってやりたいところだが、相手はパラエナの客だ。智介ともすけが口を出して商談を破綻させることはできない。


 ここは我慢だ。


「レベルの低い男を連れていると、女の価値も下がるぞ? こんな目立たない男なんて、すぐに追い出すべきだ」……我慢だ……「こんな男より……俺はどうだ? お前は貧乏そうではあるが、それほどの美貌があれば連れ歩く価値はある。俺の女にしてやってもいい」


 ……


 なんでコイツ、こんなに偉そうなんだ? そこまで強そうには見えない。智介ともすけでも問題なく取り押さえられそうなレベルに見えた。


「知ってると思うが、俺はS級パーティのリーダーであるガジーナだ」ガジーナさん、ね。「俺についてくれば金には困らない。名声も地位も与えてやる」

「いらないわ」パラエナはまだ笑顔のまま答えた。「それくらい自分で勝ち取ってみせるから」

「女のお前にはできないだろう? 女の価値は連れている男で決まるからな」どんな価値観やねん。「こんなみすぼらしい男を連れていたら、お前自身の価値も下がるぞ? 若い美貌を保っているうちに、俺についてこい」


 ……


 ああ、コイツはナンパしに来たのか。パラエナという美人がいることを知って、この店に来たわけだ。


 ナンパならナンパと言えばいいのに。一目惚れしました、と言えばパラエナだって多少は好意的に接してくれるだろうに。


 ガジーナは智介ともすけを指さして、


「この男をよく見ろ。冴えない顔つきに、だらしない表情。背もそこまで高くない。お前のような美人とはまったく釣り合わない」それはそう思う。「こんなレベルの低い男……目にするだけで気分が悪くなる。こんなやつは野良犬にでも食われて死ねばいいんだ。こういう男が生きているだけで、男という生物の価値が――」


 その瞬間、高い音が鳴り響いた。


 パラエナが持っていたガラスのコップを、ガジーナの頭に叩きつけたのだった。


 ガチャン、と軽い音がして……ガラスのコップは粉々に砕け散った。中に入っていた水が、滑稽な様子でガジーナに降り掛かっていた。


「あら、ごめんなさい」パラエナが悪びれた様子もなく、「手が滑ったわ」

「な……!」ガジーナは立ち上がって、「なんのマネだ……! 客に向かって……!」

「無礼者に払う礼儀はないわ」パラエナは1歩ガジーナに近づいて、「今すぐここから消えなさい」


 ……


 パラエナという人物は冷静そうに見えて、案外直情型らしい。


「俺を誰だと思ってる……!」ガジーナは激昂して、「俺はS級パーティの……!」

「だからなに?」

「俺がお前を連れて行ってやる、って言ってんだよ……!」

「アナタについて行ったら、ワタシの価値が下がるわ。ワタシ安い女じゃないの」

「ふざけやがって……!」ガジーナは出口まで移動して、「すぐに後悔させてやる……! 女風情が俺に逆らったらどうなるか、思い知らせてやる!」

「楽しみにしてるわ」


 パラエナはヒラヒラと手を振った。ガジーナは怒りを隠せない様子で、扉を乱暴に閉めて店を出ていった。


「騒がせて悪かったわね」


 パラエナはガラスの破片を掃除しながら、そう言った。


「ワシは構わへんけど……そっちはええんか?」

「なにが?」

「……客やろ?」

「ただの無礼者よ」


 それはそうだろうけれど……


 ともあれ済んだことは悔やんでも仕方がない。


「ありがとうな。ワシのために怒ってくれて」

「そんなつもりじゃないわよ。手が滑っただけ」

「……じゃあ、そういうことにしとく」


 まったく……素直じゃない人だ。


 それでも1つだけ言わせてくれ。


 こんなことしてるから客が来ないんだよ。

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