第16話 珍しいわね
便利屋パッちゃんの店内で、パラエナが水を用意してくれた。
それを一口飲むだけで生き返ったような感覚だった。一応は緊張から解き放たれて、なんとか落ち着きを取り戻してきた。
「さぁて」パラエナは
「ええよ。協力する」
「それはお笑い芸人としてのプライド?」
「人の笑顔が好きってだけや」というわけで、言ってみる。「アンタにも、心の底から笑ってほしいもんやな」
パラエナの笑顔は明らかに作り物だ。妖艶で美しい……完璧な笑顔だ。楽しくて笑っているわけじゃなさそうだった。
「それはアナタ次第でしょう? 笑わせてくれるの、楽しみにしてるわ」
「努力する」人の笑顔が好き、というのは本当だ。「じゃあ……いくつか質問をする」
「どうぞ」
……
さて何から質問をしようか。これがゲームなら、ここで選択肢が出てるだろうな。
「アバウトな質問になるが……この世界は、なんや?」
「……どういうこと?」
「あぁ……ワシは、どうやら別の世界から来たらしい。せやから、この世界のことは知らんねん」
「へぇ……別の世界から……」信じてもらえたのだろうか。「……この世界のことを説明することは難しいわね。この世界の人々にとって、世界という言葉はこの世界だけを指す。だから個体を区別するための名称なんてないもの」
世界というのは自分たちが住んでる世界のこと。それが世界の常識。
星ならば他にも星があるから名称をつける。だが世界はそんなことをする必要がない。だって1つしかないのだから。
いや実際には他の世界も存在しているようだが、認識できないのなら存在しないのと同じだ。
世界のことについては自分で調べるしかなさそうだな……
「じゃあ、この街は?」
「ディアーチル」それがこの街の名前らしい。「王宮から少し離れた場所にある街よ。適度に都会で、適度に田舎。少し治安は悪いけれど……ワタシにとっては住みやすい街よ」
ディアーチル……次に話題に出たときには忘れてそうだな。まぁいいか。
「あの偉そうな貴族様は?」
「ああ……」パラエナは苦笑いで、「レグルス・ドリュオプス」
「発音しづらい名前やなぁ……」
「そうねぇ……フルネームで呼ぶのは大変なのよ。ドリュオプス家は、簡単に言えば……この街を牛耳る貴族様よ。王宮にも影響力があるくらいの、偉い貴族様」
「……なるほど……」
「この街の人間は、誰もアレに逆らえない。逆らったら殺されるから。悔しくても頭を下げて、我慢するしかないの」
一瞬、パラエナの笑顔が消えた。その表情がどんな感情を表しているのか、
すぐにパラエナは笑顔に戻って、
「まぁ見かけたら逃げるのがいいわよ。関わっても得なんてないから」
「……そうみたいやな……」
話し合っても意味はなさそうだ。そして殴り合ったところで勝ち目はないのだろう。悔しいが見逃すしかない。
さらに質問。
「兵士さんたちとケンカしたときに思ったんやけど……なんかイメージ通りに体が動かへん」
「……」パラエナは少し考えてから、「アナタのイメージより、ステータスが低いんじゃないかしら」
「ステータス……」
「そうよ。記憶喪失の人とかで起こる現象なんだけど……自分のイメージにある動きよりステータスが低いと、イメージ通りに体が動かないみたいよ。似たような原理じゃないかしら」
なるほど……
「元の世界の頃のイメージで動くには、ステータスが足りないってことか……」
ならばステータスを確認してみようか……
そう思ってステータスを出現させようとすると、
「ちょっと待って」パラエナに止められた。「アナタ……またステータスウィンドウを出すつもり?」
「そうやけど?」
「うちの店を壊されると困るのだけれど……」
「え……ああ、そうか」またあのバカでかいウィンドウが出ても困るな……「スマン……今度、人の少ない場所で試すよ」
「そうしてくれるとありがたいわ」
危ない危ない。もう少しでパラエナの店を破壊するところだった。
パラエナは頬杖をついて、
「……不思議ねぇ……本来ステータスウィンドウなんて、他人には見えないハズなのだけれど」
「ああ……そうらしいな」少年も言っていた。「なんでワシのだけ見えるんやろ……」
しかもデカくなったりオーブンになったりする。意味がわからん。
これが転生のときに授かった特典なのだろうか? 使い方によっては強そうだが、今のところ制御できていない。
「他に質問は?」
「ファレーナってのは?」
パラエナはニッコリと微笑んでから、
「さぁ? 知らないわ」
「……了解」
やはり聞かれたくないことらしい。
パラエナは水を飲み干してから、
「じゃあ今度はこっちから質問――」言葉の途中で、便利屋パッちゃんの扉がノックされた。「……お客さん……? 珍しいわね……」
……
珍しかったらアカンやろ……
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