第15話 惚れてもいいのよ?

 街についた。どうやらそこまで街からは離れていなかったらしい。


「結構……活気のある街やな」


 大通りは人も多かった。露店や買い物客で賑わっていた。建物もかなり頑丈そうなものが並んでいて、どこか海外の観光名所のようだった。


 道もしっかり舗装されているし……なかなかの大都市なのだろうか。


「大通りは街の顔なのよ。だから精一杯化粧するの」パラエナは大通りを外れて、「こっちよ」


 智介ともすけは言われるがままについていく。他に行く場所もないし、なによりパラエナの話に興味を惹かれていた。


 さて大通りを外れてしばらく歩くと、


「なるほど……こっちがスッピンってわけか」

「酷いものでしょう?」

「ワシは好きやで」


 その場所には木造のボロっちい建物が並んでいた。今にも倒れそうな家が多数あり、地面も砂がむき出し。人も少なくて、活気というものは感じない。


 だが……何よりもピリピリする空気があった。すれ違う人は少ないが、すべての人間が野望を持った目をしていた。


 若手芸人の集まりに似ている気がした。絶対に売れてやるという信念を持った人間たちの集まり。それに似ていた。


 大舞台のような華やかさはないけれど、智介ともすけはその手の熱気が好きだった。情熱や夢を感じる場所だった。


「ポジティブなのねぇ……」パラエナはつぶやいてから、「ここがワタシのお店」

「……『便利屋パッちゃん』……?」思っていたよりも可愛らしい名前だった。「パラエナ、でパッちゃんか?」

「そういうこと」


 なるほど。『まっちゃん』と同じか。


 便利屋パッちゃん。その外観はお世辞にもキレイとは言えなかった。木造でボロっちい。


 しかし2階建ての立派な建物だ。駆け出しの便利屋の根城としてはイメージ通りである。


 パラエナのイメージとは似ても似つかないけれど。もっと高級な家に住んでいるイメージだった。


 ともあれパラエナは扉を開けて、その建物の中に入った。


「どうぞ。適当に座って、トモスケくん」


 くん、と呼ばれるのは久しぶりのことだった。小学生以来だろうか。なんか変な気分になった。


 智介ともすけは部屋の中を見回して、大きめのソファに少年を寝かせた。


 ……落ち着いてから気づいたが、少年は見かけより重たかった。自分が疲れているからそう感じるのだろうか?


 それを見てパラエナが、


「眠っているの?」

「そうみたいやな。そりゃ疲れとるやろ」

「医者に見せたほうがいいのかもしれないけれど……あいにく、そんなお金はないわ」


 仕方がないだろう。見るからに儲かっていなさそうな便利屋だ。病院代まで出してもらうのは気が引ける


 智介ともすけは水だけ借りて、少年の傷の応急手当をした。といっても水で砂やらを洗い流しただけだが。


 それから気がついた。


「あ……ソファになんか敷いたほうが良かったかな……」


 少年の血と泥がソファに軽くついてしまった。


「大丈夫よ。もう血なんてたくさん付いてるわ」言われてソファを見ると……たしかに少年以外の血も散見された。「一応は拭いているのだけれど……血の跡って、なかなか落ちないのよねぇ……」

「そ、そうか……」


 この話題は深く突っ込まないことにしよう。便利屋という職業柄、荒事にも発展するのだろう。


 それから智介ともすけは適当なソファに腰掛けた。上座だとか下座だとか言われる場面でもあるまい。


 そして智介ともすけは1つ息を吐く。


 ……


 思ったよりも疲労を感じた。座った瞬間に体がズシッと重かった。少年は智介ともすけ以上に疲れているのだろう。しばらく寝かせておこう。


「紅茶とコーヒー、どっちがお好き?」

「……どっちかというと紅茶やな」

「残念。水しか出せないわ」

「なんで聞いてん……」2択の意味とは。「水でもありがたい。ホンマありがとう」

「どういたしまして」


 その笑顔に、不覚にもドキッとしてしまった。冷静に見たら顔は似てないハズなのに、なぜかマキの姿がちらついてしまう。


 その心境は見透かされたようで、


「惚れてもいいのよ?」

「……なにを言うとんねん。ワシには彼女が――」言いかけて、踏みとどまる。「ああ……おらんかったわ」

「あら……フラれたの?」

「そういうこと」……なんだか口が軽くなってしまった。「ワシといても、笑顔になれないって言われた」

「ふぅん……お笑い芸人なら、笑わせるのは得意じゃないの?」

「そう思っとったんやけど……どうやら苦手やったらしい」


 得意なら売れている。得意ならマキは離れていかなかった。


 ……


 結局すべての元凶は、自分が面白くないということだ。すべてそれに集約されている。


 ……


 お笑い芸人としては致命的だ。

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