第10話 ぶっ飛ばしたるわ

 智介ともすけが余計なことを言ったせいで、兵士の全員が柄のほうを握って刃を智介ともすけに向けていた。


 ……


 ヤバい……どないしよ? ここで殺されるのか……?


「キサマ」大物貴族様が言う。「この俺に逆らうとどうなるか……知らないわけではあるまい?」

「……ちょっと知らないです……」

「……なんと無知な男だ……」なんか呆れられた……「まさか俺のことを知らない、とは言うまいな?」


 ワン◯ースでいうところの天◯人みたいな人なのだろうか……? そんなに偉い人なのだろうか……?


「……申し訳ないですが……存じ上げないです……」

「無知とは恐ろしいものよのぉ……その無知のせいで、お前は死ぬことになる」


 ……やっぱり死ぬのか……異世界に来て1時間も経過してないのに。まだ意味不明な世界にツッコミを入れることしかしてないのに……


「土下座して謝れ」大物貴族様は嘲笑した笑みを浮かべたまま、「無様に命乞いをすれば、見逃してやらんでもない」「あ、ホンマに?」じゃあ命乞いしよ。「無礼なこと言って、スイマセンでした」


 智介ともすけはあっさり頭を地面にこすりつけて、謝罪の言葉を口にした。


 ……

 

 支配人にも、こうやって謝ればよかったのだろうか? しかしあのときは、なぜかプライドが邪魔して謝れなかった。

 

 なぜだろう。どちらも屈辱的な状況には違いないのに、なにが違うというのだろう。なぜ今回は躊躇なく頭を下げられたのだろう?


 大物貴族様は言う。


「3回転してから、ワンと鳴け」


 華麗に回転して見せて、「ワン」と鳴いた。


 それを見て大物貴族様は鼻で笑って、


「無様な男だ。プライドがないのか?」

「そうかもしれませんねぇ……とにかく、笑ってもらえたのなら何より」


 兵士たちまでクスクス笑っている。自分の土下座と鳴き真似で笑ってもらえたのなら嬉しい。たとえ笑いものにされていたとしても、笑顔は笑顔だ。


「品性の低い男だな……」それはそうかもしれない。「いいだろう……その無様っぷりに免じて、今回だけは見逃してやろう。だが次はないぞ」

「ありがとうございます」智介ともすけは頭を下げたまま、「一つ聞きますけど……その少年は?」


 大物貴族様が馬代わりにしている少年である。


「コイツか? コイツは奴隷だ」

「奴隷……?」

「ああ。コイツもバカなガキだ。母親を人質にしているわけだが……、それに数年も気が付かずに、こうやって奴隷として働いているんだ」


 その言葉を聞いて、少年が息を呑んだ。


「ウソ……そんなこと……」

「ウソじゃない。証拠を見せてやろう」

 

 大物貴族様はポケットから1枚の写真を取り出した。


 それを少年の眼の前に掲げる。


 少年は写真を見て、


「……ウソだ……」愕然とした表情を浮かべて、「お母さん……!」


 そのまま少年は地面に倒れた。もう限界だった体に、精神的な追い打ちが加えられたのだろう。


「おい……危ないだろうが……!」大物貴族様が少年を蹴りつけて、「早く動け! 今すぐにでも殺されたいか!」


 ……


 ……


 少年が見せられた写真は、どんな写真だったのだろう。おそらく……少年の母親の死体が写っていたのだろう。


 ……生きていると信じていた母親の死体。それを突然見せつけられた少年の心……無事な訳が無い。


「やめろ」智介ともすけは立ち上がりながら、言った。「それ以上は見逃されへん。お前みたいなクズ野郎……ワシがぶっ飛ばしたるわ」

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