第6話 特典

 目の前が暗転して、空中に浮いたような感覚。


 そのまま尻餅をついて、智介ともすけは呆然とつぶやく。


「……なんや……? ここは……」


 気がつけば見通しのいい道にいた。建物も人も見当たらない、そんな原っぱだった。今の日本にこんな場所があるだろうか?


 ……


 なかなか気持ちい風だった。そして空気もいい。


 ……


「なるほど……」智介ともすけは得意技の独り言を発動する。「ここが異世界かぁ……せっかく異世界に来たところやけど、ワシは元の世界に戻りたいからなぁ…………戻れるかなぁ。方法を探さなアカンな」

『キミ、独り言が多いやつだなぁ……』


 どこからともなく声が聞こえてきた。


 その声は、


「……さっきの天使様……?」

『そうだよ』


 だとしたら文句を言いたい。


「……6面体のサイコロで10を出すのって不可能やんな?」

『振る前にツッコんでくれると思ってたんだよぉ……』弱々しい声だった。『なのに当然のようにサイコロを振るからさぁ……』


 だからあのときの天使様は驚いていたのか……


「……なんかスンマセン……」

『……キミ、お笑い芸人の前にアホなんだな……』返す言葉もない。『あぁ……また始末書だよぉ……今回の場合は私が悪いんだけどさぁ……いや、キミの頭も悪いけどさぁ……』


 どっちも悪かった。仕事で悪ふざけをした天使様も悪いし、智介ともすけの頭も悪かった。


 ……


 ちょっと前の自分よ……どうやって6面体のサイコロで10を出すつもりでいたんだ? アホなのか? アホだった。


「振り直しとか……」

『それはできない決まり。一度でも振り直しを認めたら、何度でも振りたいって言い出すからね』それもそうだ。『ともあれ……今回はこっちの手違いだからね。今回はキミにを1つだけあげるよ』

「特典?」

『そうそう。「は」とかに付いたら「ば」になるやつ』

「それは濁点や」

『今のはボケが悪かった。ゴメン』


 謝られたほうが辛い。たしかにボケはつまらなかったが。


 しょーもないボケを挟んでから、


「で……特典ってのは?」

『それは私にもわからない。閻魔様に申請しただけだから……どんな特典が送られるかは不明だよ』

「ふむ……」智介ともすけは自分の体を見て、「なんかチート能力とか?」

『そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。すぐに把握できるものかもしれないし、死ぬ間際になって判明するものかもしれない』


 なるほど……特典の内容はまだわからない可能性があるわけだ。


 外れスキルの可能性もあるし、チートスキルの可能性もある。


『スキルじゃない可能性もあるよ』心を読まないでくれ。『天使だもん。心くらい読むよ』


 じゃあサイコロを振る前に止めてくれよ……


『それを言われると弱いけど……まぁとにかく、スキル以外の特典の可能性もある。なんなのかは私にもわからないから、自分で確かめてね』

「了解」長い期間で考えよう。「ちなみに……元の世界に戻る方法は?」

『さぁ? その世界にあるのならあるし、 ないのならないよ』

「それも自分で探せってことか……」

『そういうこと』それくらいのほうがやる気が出るというものだ。『じゃあ……そろそろ通話を切るね。これ以上天使が世界に干渉するのは法律違反だから』


 だからどんな法律なんだよ……


「天使様とは二度と会話できない、と思っておいたほうがいいってことか?」

『そういうこと。寂しい?』

「……若干、寂しいかな」


 出会った人と分かれるのは寂しい。智介ともすけは寂しがり屋なのだ。


『キミと世界を旅するのも面白そうだけれど、天使には天使の生活があるから。悪いけど一緒にはいけないよ』

「了解。いろいろありがとう」

『おうよ。今度は死ぬなよ。せいぜい頑張りな』


 それきり天使様の声は聞こえなくなった。

 

 さて……


 これから本格的な異世界生活のスタートである。

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