得意な依頼じゃないかしら

第5話 異世界転生法第9条

「死亡者番号1億8278番の井内いうち智介ともすけさん。あなたは死んだので異世界に行きます。はい次」

「ちょっと待って」


 急展開すぎるって。彼女にフラれてからのワシになにがあったんだよ。


 智介ともすけは疑問をそのまま口に出した。


「なんでワシ、死んでんの? なんで異世界? というかここどこ?」


 真っ白な部屋だった。清潔感というより潔癖感を感じる、真っ白な部屋。白い取調室、みたいなイメージの場所。


 そして眼の前には小さな女の子がいた。


 その女の子は面倒くさそうに、


「ああ……キミ、記憶混濁してるタイプ? 面倒だなぁ……」

「あ……なんかすいません……」


 なんでワシが謝らなアカンのやろ……


「早く思い出してよ。異世界に転生させる前に記憶のことは説明しないといけないの」

「……そうなん?」

「異世界転生法第9条で定められてるからね」

「法律あんの?」

「そうだよ」女の子はため息をついて、「昔はなかったんだけどねぇ……最近は転生希望者が増えたから。閻魔様が法整備したんだよ」


 ……閻魔様もなかなか大変らしい。


 女の子が言う。


「ともあれ……井内いうち智介ともすけ。アンタは死にました。ルーレットの結果、異世界に転生することになったよ」

「なんでルーレットやねん。そこは法整備しとけ」

「死人の分際でうるさいなぁ……」口悪いなぁ……「天国も地獄も入居者で溢れてるんだよ。待機魂もたくさんいるんだから、1人時間かけてられないの」

「保育園かよ……」


 なに待機魂って? 待機児童みたいに言うな。


 女の子は手元の資料をめくって、


井内いうち智介ともすけ。職業……お笑い芸人? それにしては面白くないね」

「……スマン……」それを言われると弱い。「それで……ワシはなんで死んでんの?」

「えーっと……情報によると、トラックにツッコまれて死んだらしいよ」

「なんか王道な死に方しとんな……」


 異世界転生初期の作品にあったやつやん。もうちょっと他になかった?


「ああ、ちょっと違うよ。お笑いコンビの【トラック】にツッコミを入れられて、その衝撃で死んだんだって」

「どんなツッコミやねん」


 そしてお笑いコンビのトラックって誰やねん。知らんぞ、そんなやつら。


「キミはツッコミを入れられて、3秒後に体が爆散したらしいよ」

「だからどんなツッコミ?」

「ツッコんだのはお笑いコンビ【トラック】のケンシロウ」

「北斗◯拳……?」


 北斗◯拳の伝承者おった? なんでお笑い芸人やっとんねん。せめて暗殺者してろよ。


 女の子は続ける。


「彼女にフラれた智介ともすけを慰めるために、友人数人が外食に誘う。そこでトラックにツッコまれ、体が爆散して死亡」

「どんな状況やねん……」


 意味がわからん……そこは普通に車とかにはねられるんでええやろ。


 女の子は大笑いして、


「しかし悲惨な人生だなぁ……舞台を干されて金もなくて彼女にフラれて、挙げ句爆散して死亡? バカじゃないの?」

「笑ってくれるなら何よりやな。バカみたいな死にかたして、良かったわ」


 智介ともすけが言うと、女の子は少し意外そうに、


「ふーん……大抵の人間は自分の人生バカにされると怒るんだけどね」

「ワシもバカにされるだけなら怒るよ。でも……キミが笑顔になってくれるんなら、まぁええわ」

「なに? 口説いてんの? バーカ。天使が人間と恋に落ちるかよ」この人は天使だったのか……「いや……ちょっと前に人間と恋人になった悪魔がいたな……アイツ、元気にしてるかなぁ……」


 女の子――天使は天井を見上げて、その悪魔とやらに思いを馳せていた。


 どうやらあの世にもいろいろな友人関係があるようだった。


 天使は気を取り直した様子で、


「ともあれキミは異世界に転生する権利を得た。行きたい世界とかある?」

「元の世界」智介ともすけは即答した。「許されるなら元の世界に戻りたい」

「……今どき珍しい男もいたもんだ」天使は少し智介ともすけのことを気に入ったようだった。「その男気に免じてチャンスをやろう」


 天使はなにもない空間にサイコロを生み出した。


 そのまま続ける。


「1から10までの数字に、それぞれキミが転生する世界が割り当てられてる。見事10を出せば、キミが元いた世界に蘇らせてあげるよ」

「……へぇ……結構運には自信があるで?」

「じゃあ振ってみなよ。キミに運があれば……現世に蘇ることができるだろう」

「なるほど……」智介ともすけはサイコロを受け取って、「しかしサイコロで決めんの? もっとさぁ……ないの?」


 智介ともすけの言葉に、天使様は微笑む。


「大まかなところは現世の行いによって決められる。でも最後はランダムなの」そういうものなのか……「悪人は転生のチャンスなんて与えられないよ。キミはある程度、人様に迷惑かけずに生きてきたからね。」

「……ちょっとした悪事を働いてた場合は?」

「転生の記憶を失ったり、転生する肉体が自由に選べなかったりする」

「肉体?」

「そうそう。クモになったり木になったり……他のヘンテコななにかに転生したりするんだ。まぁ人間になるのが幸せとも限らないけどな」


 それであの変な異世界転生モノが生まれるわけか……


 天使は続けた。


「たまに……この管轄を無視して異世界に行く人も行くんだよ」

「そうなん?」

「そうそう。例えば昏睡状態、意識不明の人とか、生死をさまよってる人は魂が不安定だからね。そのときは意味のわからないものに転生していたりする。意識が戻れば、その時のことは夢として覚えてるかもね」


 よくわからんが……まぁ天使の仕事とやらも大変なんだな。


「ともあれ、どうぞ」天使様は言う。「キミに運があれば生き返ることも可能だよ」


 10を出せば生き返れる、ということか。


 智介ともすけはサイコロに向かって念じる。


 ……


 まだ自分は夢を叶えていない。あの世界で成り上がると決めたのだ。ここで10を出して復帰して、それからマキの心も取り戻すのだ。


「よし、行け!」

「……え?」


 気合の掛け声とともに、智介ともすけはサイコロを放り投げた。なぜか天使が驚愕の表情を浮かべていたが、気にしていられない。


 6面体のサイコロはクルクルと回転した。焦らすように長い時間をかけてゆっくりと回転が弱まっていく。


 ……


 そして1の目が出る直前に思った。


「……6面体のサイコロって6までしか出ない――」

「さぁ1の目の世界に行ってらっしゃい!」

 

 その瞬間、目の前が暗転した。

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